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銀剣のルフィナⅧ

「少し御休みをいただいてたの。これ、おみやげ」


 マキナはそう言ってイールに異なる世界の果実を渡した。


 イールが渡るどの世界にも存在しない果実だ。確かに珍しく目を見張るものがあるが、イールにとってそれは重要ではない。


「シックが【破壊】のやつの攻撃を受けて死んだ」


「そう、あの子死んだの」


 マキナは関心なくそう言ったが、イールにとっては大きなことだ。


「シックが居なければボクはどうすればいいのか分からない」


「一応、代わりがいるのでしょう?アレに聞けばいいじゃない」


「代わり?」


 ルセナが【創造】の力を使って無意識下に産み出した個体のことだが、イールにとってはあれは別人だ。


「それに冒険者はあの子だけではなく他の子も居るのだからいいじゃない」


「シック以外の人間に助言が務まるとでも?」


「甘えないでイール」


 マキナはそう言ってイールを睨み付ける。


「そもそも私は管理者で、管理下に起きる様々な事象はいずれも私の手から離れて起きたこと。人一人の命が散ったところでとるに足らない不変たる自然の摂理でしかない」


「だけど」


「イール、貴方が一番分かってるはずでしょう?」


 イールは何も言えなくなってしまった。


「はあ、貴方がそこまで感情的になるなんて・・・・・彼はそれほどの大人物でもないでしょうに」


 マキナはそう言ってシックのデータを見直そうとしているが、それらはどれも【破壊】の特異による影響を受けていて閲覧さえも出来ない。


「うーん、データも破壊されてるわね」


「・・・・・・」


 イールはマキナにシックのデータを見せてもらうが、マキナの言うとおりに破壊されていて閲覧できない。


「今の乗り手はあの女の子でしょう?」


「うん・・・・・」


「それなら前の乗り手に頼っちゃだめじゃない」


「む、むぅ」


 イールは何も言えない、やはり甘えていたのだろうかと自分自身でも考え出した。


「・・・・・・・・」


 マキナは少し黙り込み、少し考えて去ろうとするイールに言う。


「今回の休暇は上から偶然打診されたもので単に有給休暇が余ってたから。【破壊】が動いたのも単に理由があってのこと。全部偶然ね、偶然起きたことのように見えるわね」


 イールはそれを聞いて何も言わずにおみやげを持ってマキナがいる部屋から出て行った。


 一人、部屋に残されたマキナが壊れたシックのデータを見つめながら独り言のように呟いた。


「偶然よね」





 帰ってきたイールから事情を聞くリックと【転移】の黒い鳥と騎士、そしてルフィナ。


 結局はどこも異常がなく、恙無く平常だ。


 騎士は鎧を脱ぎ、リックを新しく家主とする旧シック家に居候している。


 行くあてがないために、リックが空いている部屋と鳥小屋を騎士と黒い鳥に貸したのだ。


 騎士の名前はアルメス、鎧甲冑を脱ぐと線の細い女性が出てきたのでリックとルフィナは驚いていた。


 黒い鳥にも名前があり、名をルールーという。イールと似通った鳥だ。


 同じところに特異【最強】【増幅】【創造】【転移】と四つも集中していることになるが、イールはマキナからちゃんと許可を貰っている。


 マキナ曰く「特異点がどんなに集中しても【最強】のイールには敵わないだろうから」とのことだ。


 イールは【創造】【増幅】【転移】を寄せ付けない力を持っている。それは変わらない事実だ。


 騎士アルメスはただの生身の女性でしかない、細い首筋と細い腕だが愛用している大剣を軽々と振り回すような筋肉を持つ人間だ。


 アルメスはリックとルフィナに試合を毎日のように申し入れる。


 リックもルフィナも腕に自身があるので快く試合の申し入れを受けるのだが、二人は連日アルメスに勝てないままだ。


 アルメスは片手で身の丈を越える鉄の塊である大剣を振るう、細い腕で悠々とそれが行える。


 単純に質量と威力のある大剣を双短剣や刺突剣では受けきれないのだ。


 びゅんびゅん大剣を振るアルメスに対してルフィナは受けて下がるだけが精一杯。


 同じ攻撃をアルメスがリックに行ってもリックはそれを受けて下がるだけ、もしくは利き手ではない短剣を弾き飛ばすだけだ。


「ふう、ありがとうございました」


 そう言ったアルメスが汗をじわりとかく頃にはリックとルフィナは地面に転がって肩で息をしている。


「アルメスさん、相変わらず強い……」


 ルフィナはそう言うが、対照的にリックは何も言わない。


 リックの想定であるのならば、アルメスに対してはまず真正面からは打ち合わないからだ。


 そもそもがリックの剣技は暗殺を是とするもの、対象の命を狩れればそれでいい。


「真正面から打ち合わなければいいだけよ」


 リックがルフィナにそう言うと、アルメスがそれを聞いて考えている。


「そりゃあ、リックさんには【封牢結界】があるから・・・・」


 ルフィナのその言葉を聞いてアルメスが口を開く。


「この世界はスキルとか技の概念があるみたいだけど、それって私にも習得出来るものなのでしょうか?」


「無理だね」


 イールがその質問に答えた。


「リックはこの世界の住人だからスキルを使用できる」


「私は?」


 ルフィナがイールにそう問うと、イールはじっとルフィナを見つめて言う。


「ルフィナは他の世界の住人だから違うね。似たような技を使っているけどまったく別の技術を使ってる」


「私の世界にもそういうものがあるのでしょうか」


 アルメスがイールにそう問うたが、イールは首を横に振って言う。


「分からない、伝承や記録が残ってればそこから使えたりするかもしれないけど・・・・」


「それは難しいですね」


 アルメスはそう言って気を落とした。


「私の【封牢結界】は見せないわよ」


 リックはそう言って両手の短剣を持つ手首をくるくると回す。


「そもそも技自体が秘中の秘、見破られたり突破されれば私の命にも関わることだから見せられない」


「ふむ」


 アルメスは悩んだ末にイールに問う。


「もしもリックが使えば勝負はどうなるのでしょうか」


「10対0でリックの圧勝だね」


 イールはそう言い切ってしまった。アルメスの実力はその程度なのだ。


 細身な女性にしては尋常ではない身体能力というだけで、スキルや技を持つリックやルフィナには遠く及ばない。


 シックが生きていたのなら彼よりも白兵戦闘がでは実力が上だろう、あくまで彼がまともに白兵戦闘を行えばの話だ。


「ふむ」


 考え込むアルメス。


 イールにとって彼女は驚異ではない、むしろルールーとかいう黒い鳥の特異【転移】の方が厄介だろうが、それも追うか追われるかという違いでしかない。


 追うならば厄介だが、追われるなら【転移】以上のことはイールに対して行使できないだろう。


「ま、パラドックスを相手にするには力不足だろうね。そもそもあれはボクと同じ実力を持っているから」


「そう言えばパラドックスってなに?」


 ルフィナがイールの話の途中で聞く、その質問を聞いて答えてなかったかとイールも咳払いをして皆に言う。


「あれはボクそのものだよ。違う次元のボクというか他の世界のボクというか、可能性の分岐、違う結果に辿り着いたもう1つのボク」


「イールが色んな世界にたくさんいるってこと?」


「詳しく言えば色んな“次元”に存在するボクなんだけど・・・・・まあ、そんな感じ」


「え、えーとそれは困らないの?」


 ルフィナに問われ、イールは考える。


「基本は同じボクだから、衝突することはないはずなんだけど・・・・・あちらにはあちらの理由があるみたいだ」


「私の世界を崩壊させる理由は何だったのでしょうか」


 アルメスがイールに問う、至極真っ当な問いかけだ。イールはそれに答えなければならない責任がある。


「その理由をボクに聞いても、ボク自身の憶測でしか答えられないけど」


「憶測でも構いません」


 イールはアルメスに恨まれるのを承知で渋々と言う。


「おそらくアルメスがいる世界は、放っておけば周囲の世界を巻き込んで大崩壊していたんだと思う。大崩壊は他の世界をも巻き込んだ大きな消滅、ボクもマキナもそれは見過ごすことが出来ないし、ボクのパラドックスがアルメスの崩壊した世界に居続けることで大崩壊を単なる一つの世界の小崩壊に留めているんだ」


「・・・・・・・・・それは間違いないのでしょうか」


 アルメスに問われ、イールは頷く。


「ボクとボク自身のパラドックスとの衝突という不可解なことはあるんだけど、ボクが間違えることはない」


 アルメスはイールのその言葉を聞いて深く溜息を吐いた。


「そう、ですか」


 リックとルフィナがその場を後にするアルメスの背中に声を掛けようとするが、溜息を吐いて顔を見合わせる。


「アルメスさん、これからどうするんだろう」


 ルフィナがリックにそう言うと、リックはルフィナに返答する。


「ルールーがいるならここじゃなくても何処へでもいけるし、一人じゃないのならきっと大丈夫よ」


「【転移】は不死だからねー」


 イールがそう言うと、リックとルフィナがそれを聞いて首を傾げる。


「ルールーという黒い鳥は【転移】という特異の特性上、不死なんだ。不老ではなく、不死。【転移】という能力は魂というものを他の生物へと転移することが出来る」


 リックとルフィナはそれを聞いて驚いている。


「まるで転生ね」


 リックがそう言うとイールは頷き、答えるように言う。


「近いものだと思う、あちこちに行くから探し出すだけでも一苦労だよ」


「遭遇しないと見つけられなかったのよ」


 ルフィナがリックにそう言うと、リックは不満そうにイールを見つめて言う。


「特異点は好き勝手出来ていいわね」


 リックは諦めるような顔をしてその場を去って行った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ルフィナは沈黙するイールの顔を覗き込んで表情の変わらない鳥の顔と、リックの背中を見比べる。


「リックさん怒ってそう」


「ボクはボクの意志決定に殉じるだけだからね、リックも頭では分かってるはずだよ」


 ルフィナの母ルセナが特異【創造】で無意識に作り出したシックの影はイールの裁量で違う世界に飛ばしたが、イールはその世界のことを一片たりともリックには教えていない。


「おししょーの顔、もう一度観たいな」


 ルフィナにも同じく教えることはない。


「あれはシックじゃない、同じ顔と同じ声をした“何か”だよ」


「むぅ」


「どこで何してるんだろうね」





 狭い個室、端末を目の前にしたマキナがそこには居た。


 マキナはイールの報告を受け、見つめるその先の異端に頭を抱えて言う。


「前代未聞だわ」


『何が前代未聞なんだ』


 マキナが発言するその先にはシックと瓜二つの顔をした男が端末に映っていた。


「こうして会話出来ていることにも驚きを隠せないわよ」


『見られれば視線に気付くのが普通じゃないのか?』


「異常よ、こちらはただの確認のつもりで貴方の動向を見ていたのに、まさか声を掛けられるなんて思ってもみなかったわ」


『・・・・・・俺はどうなる?』


 問われたマキナはつまらなそうに頬杖をし、端末に映る男に言う。


「どうもしないわ。【創造】の子があなたを作ったのだし、こちらから干渉することはない。あなた自身は管理者マキナに従順だしね」


『そうか』


 端末に映る男は肉を捌いて焼いていた。


「これからどうするの?」


『ん?肉を焼いて食うだけだが?』


「その先のことよ」


『山に住むかな、幸いここは人里から離れているし、一人だけなら食うものに困りはしなさそうだ』


「そう」


 管理者マキナはシックと瓜二つの人間を見て何かを考えている。


『何か問題でも起きたか?』


「問題は貴方自身かな」


『・・・・・そうか』


 そう言った男はそれを聞いて何かを考えている。


「貴方がもし良かったらだけど、仕事をいくつかやってみない?」


『報酬は?』


「名前と許可、この二つ」


 それを聞いて男は考えている、創られた身でありながら他者を殺すほど生への執着は強い。


『退屈してたところだしな、構わない』


「そう、それなら―」


 マキナはそう言って男に仕事の内容を伝えた。


 男はその内容を聞いて困惑するのだろうが、マキナにとっては使える男には間違いがないのだろう。


 



 イールのパラドックスの件について、マキナから保留の報せがイールに届いた。


 やはりあの世界にパラドックスが訪れた理由はその他の世界を巻き込むほどの理由があったのだという、事前にパラドックスはそれを止めたのだ。もはや功労者だ。


 【転移】の特異点である黒い鳥と、崩壊した世界の生き残りであるアイリスには自由が与えられた。


 マキナはアイリスに「どこへ行って好きなことをしてもいい」と言うが、アイリスはしばらくリックの所で彼女の手伝いをするみたいだ。マキナはそれを了承した。


 ルフィナはというと、既にイールと共に旅に出ていた。


 ここは海洋の世界、すべて一面が海と風だけに覆われた惑星だ。


 すぐに天候が荒れ、竜巻や嵐が頻繁に起こる人間にとっては陸地のない世界、その海上を船が往来する。


 イールは空を駆けられるために海洋世界を苦とはしないが、ルフィナにとっては陸地が無いというのは未経験の世界でしかない。


「酔った」


 船に乗った人間が一度は経験するものだが、ルフィナもまた同じように船酔いしていた。


「大丈夫?」


 イールがそれを心配する、ルフィナは今回色々とだめそうだ。


「海ってこんなに辛かったんだね・・・・・」


「うーん、ボクのバリアを使った足場は重力に対して平行に固定されてるはずだから揺れるはずはないんだけど、周囲の波が揺れたように錯覚させてるのかもね」


 イールは波に揺られているのではない、世界そのものが波に揺れているだけだ。


 波から離れて10メートルほどの空中でイールは滞空しているが、それでも稀に波にのまれて一瞬だけ海中に居たりする。バリアでルフィナもイールも濡れることはないが、人間は上下の感覚が分からずに錯覚するだろう。


 むしろ海中に居た方が酔わないまであるのだが、海中はとても危険がいっぱいだ。


 原始の生命が巨大な海洋生物を産んでいて、水竜があちらこちらに生息しているのだ。


 海上の船に住まう人間を襲うのは水竜しかいない、理由は邪魔だったか泳いでいたら当たったという些細なものだが、それだけで人間が何人も海に投げ出されて中層まで飲み込まれ死んでしまう。


「それで、今回はどうするの?」


 弱々しくルフィナがイールにそう聞いた、イールは波の届かない高さまで移動して海を見下ろしながら背に乗るルフィナに言う。


「新しく生まれる特異点の可能性があって、観測した特異能力次第では対応しないといけないみたい」


「対応って、倒しちゃうの?」


「それも含まれるね、この世界にも他の世界にも訪れる被害を最小限にしないと」


 特異点と呼ばれる存在は、管理者マキナが処分を保留しなければその存在を許すことはできない。


 【最強】の特異点であるイールは他の特異点を葬ることができる。


 対象に悪意や善意、意志があろうが対応することに変わりはなく、例外はあまりにも少ない。


 例外を与えられる数多くの特異点にはそれぞれに共通項がある。


 高い知性を持ち、他の特異点に対しての抑制に成り得るかどうかだ。


「くる」


 イールが上空から海を見下ろして観測する。


 急に空模様が雨模様へと変わり、次に雪が降り、雹が雷とともに海をつんざく。


 竜巻が幾重にも重なり、そうしてその中心から得体の知れない何かが顔を出した。


「かに?」


「カニだね、かなりデカい!」


 イールは観測して冷静に嵐の中でルフィナに続けて言う。


「【天候】だ。【天候】の特異点。しかもカニだからなんでも食う、この世界の生態系のすべて滅ぼしかねない習性がある。際限がなく成長するし、天敵はもはや存在しないだろうな」


 空中に浮く珍しい生き物を見て食べようとしたのかもしれないが【天候】はイールに通じない。


「いくよ、ルフィナ」


「いこう、イール!」


 雷撃の如く、もしくは隕石の如きイールの蹴りが真下の巨大なカニに対して放たれる。


 海を貫き、海底を露わにする威力のものだが、イールの蹴りが当たる瞬間に巨大なカニは霧のように四散してしまった。


 イールの蹴りが海底の陸地を作った後、その周囲の海が陸地の存在を許さずに押し寄せて来る。


「霧か」


 上空の霧雲を見上げるイール、直前まであった実体を霧に変えてイールの蹴りを逃れたのだろうが無傷にはならない。


 キシキシと周囲をつんざくような悲鳴が轟く、雷鳴の様だ。


「当たったの?」


「当たったけど避けられた。次はもう、ない」


 イールはそう言って片足を上げ、更地になった海底を踏む。


 その爆風が押し寄せる波を掻き消し、周囲の天候を晴らすと頭上に逃げたカニの姿が映った。


 姿を確認したイールが次の瞬間にも移動する。


 巨大なカニだったそれは拳ほどの大きさしかなく、イールの蹴りがそれを消滅させた。


 地上から放たれた蹴りが特異点【天候】のカニを貫き、雲を消し飛ばして蒼い空を割る。


 一瞬その場所が真っ暗になり、イールはその闇夜の中でマキナに言う。


「特異点【天候】を確認、対象はカニだったので対応した。元の世界に帰還する」


『か、かに?どうして?・・・・・ごほん。ありがとうイール、ルフィナ、御苦労様』


「うん」


 イールとルフィナは闇夜と共にその場で姿を消した。


 この時、海洋世界に唯一の大陸が産まれたのはイールの蹴りのお陰なのだが、それはまた別のお話だ。



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