黙する老兵は語らない
男は未知の世界へ飛ばされ、森の中でただ独り頭を抱えていた。
考えていたよりも特異点【創造】の力は強く、元の本体の過去の記憶と能力、更には装備品などの在庫も所有していた。
支配する中身のいない脱け殻が意思を持って動き出したと思えば、その脱け殻が創造されるなど元々の中身だった男すら想像もできないことだ。
イールは躊躇なく男を複数体葬った様子だったが、男が育てた娘は感情を露にし、そうもいかなかったらしい。
男は、娘に会うわけにはいかない。
考えるべきは特異点【創造】で作られた人間は、元となった人間たりえるのか?ということだ。
かなり厄介なことだ。
とある世界には「哲学的ゾンビ」と呼ばれる思考実験がある。
自分と全く同じ人間が居たとして、その人間は自分だと言えるのかどうかだ。
作られた人間である男はクオリアと呼ばれる経験を持っていない。
しかしながらそもそもが脱け殻で、本体は既に亡くなっていて脱け殻だけが一人歩きして、更に創造されたという不思議な話だ。
男は苦悩する。
これまでの事と、これからの事に。
どんな世界とも分からない森の中の静けさだけが男に考える時間を与えてくれていた。
しばらくこの森で生活するのもいい。
自分を飛ばしたイールのことだ、自給自足が出来る危険のない森なのだろう。
幸いにも出現する生物にあまり危険な傾向は見られない、探しきれていない可能性も考慮したいが今のところは見つかっていない。
元々本体が所持していた隠蔽の能力は自分以外の他の生物には有効らしい。
男は自分自身を特異点【創造】から作られた存在というのは理解できる。
その命に終わりがあるのかどうかすら分からない。
「・・・・・・・・・・・」
答えを得るまでは黙することにしよう。
ここで生きて暮らしてみよう。
いつの日か、その終わりを待つために。