銀剣のルフィナⅥ
シックが他世界の特異点である赤鳥の特異【破壊】を受けて死亡してから数日が経過した。
その数日でイールが亀裂一つ一つの修復を行い、全ての亀裂を漏らさず閉じてしまった。
未だに管理者であるマキナは不在のようだ。
リックは父親の家業を引き継ぐのだという、ルフィナの母ルセナはこのままリックが家政婦として雇い入れるみたいだ。
ふらっといなくなったのはエウリュアレ。
一応はリックの了承を得て外出、ということだそうだ。
ルフィナはというと。
めちゃくちゃ引きこもっていた。
色々あって、戸惑いと混乱の中で師は帰らぬ人となってしまった。
自責の念に囚われて、どうしたらいいのか分からなくなったのだ。
「お師匠様・・・・」
独り個室で丸くなるルフィナ。
ルフィナの責任はどこにもない、あえて責任を追及するならイールに責はあるのかもしれない。
空飛ぶ船も赤鳥も、目的はイールにあったのだと本人、いや本鳥は口にしていた。
イールはこの世界だけではなく他の世界をも悠々と飛び越えることのできる特異点たる存在だ。
特異【最強】の名を冠する人語を話す鳥獣、魔獣の類だとルフィナはこの世界に来て知らされた。
ルフィナがこの世界を観て回って見識を広げてみたところ、イールは野生の飛べない鳥が人間と共生するために人間の手によって作り出された鳥の種類の中で一匹だけ、あらゆる世界において稀な現象によって現れた特異点そのものなのだ。
ただし最強といってもイールに出来ることは限りがある。
おそらく全ての特異点を集めた中で必ずイールは一番になるのだろう、だがそれは強さだけの話だ。
イールは赤鳥の特異【破壊】の影響を受けてもその状態を弾き、無傷だった。
展開できるバリアは特異【破壊】の前には意味を為さず、一度目のシックに対する攻撃は不意を突かれ、二度目の攻撃は被害を広がらせないよう真正面から受けてしまった。
無傷だという結果はイールが特異点であり、特異【最強】である所以なのだ。
それならば同じ特異点であるルフィナの特異【増幅】は、あの場面で何が出来たのだろうか。
ルフィナはまだ自分の力の片鱗すら理解できていない。
「イールに聞こう」
そう呟いたルフィナがイールの居住である鳥小屋を訪れた。
「イール」
「ルフィナ」
そう言葉を返したイールはおよそ野性味のない仰向けの恰好で横になっていて、首だけが起きてルフィナに応答した。
「この前、特異の力を使った」
ルフィナがそう言うと、イールは起き上がって言う。
「うん、知ってる」
「私の【増幅】で出来ることはなかったの?」
イールはルフィナのその言葉を聞いて、不思議に思いながらも答える。
「ルフィナ、【増幅】は持ちうる力を人間の限界を超えて際限なく増やすとても危険な特異だよ。あの状況ではあの赤いのを退けるか、もしくは留める選択をしただけで十分さ」
「・・・・・・・・・」
俯くルフィナ、その様子を見てイールは言う。
「シックに赤鳥の攻撃を被弾させたボクに全て責任がある。ルフィナがもし【増幅】で力を解放させ過ぎていたら惑星そのものが消滅していたかもしれないし、シックとボクはむしろそれが無くて安心したぐらいさ」
「惑星を?私が?」
頷き応答するイールに対してルフィナは自覚なく首を傾げる。
「もし【破壊】が際限なく行われていたなら、もし【増幅】が暴走していたなら、ボクはそれらを全力で止めていただろうね。まあ、今のルフィナなら上手く扱えているし暴走の心配もなさそうで良かったよ」
「本気で力を出せばどうなるかくらい私にも分かるよ」
そう言ったルフィナ、彼女にしか分からない自分自身の特異【増幅】の力、こればかりは他者に伝えようがない感覚だ。
「ボクが本気を出し過ぎていたら、乗っていたシックだって危なかった。【破壊】の前にボクの影響でその身が耐えられなかったはずだ」
イールが言っていることは正しい、ただその理解は特異の力を持つ存在とそうでない存在とでは異なる。
「イール、これからどうしよう?」
俯いてルフィナはイールに問う、イールにとっては乗り手であるルフィナが決める道筋ではあるのだが、この先に限ってはルフィナを巻き込んでしまう理由がある。
「管理者不在が続くようなら、この世界だけじゃなく他の世界の秩序にも乱れが生じる。もしかしたらしばらくこの世界に居られないかもしれない」
「他の世界・・・・」
「ルフィナが行きたくないならそれも選択肢の一つだと思う」
その場合はおそらくイール自身が不在になる、とはイールは言わない。
決めるのはルフィナの意志を聞いてからだとイールは考える。
猶予はあるかどうかも分からない、既に手遅れかもしれない。
「私もついて行く、これは私達の冒険だもの」
そう言ったルフィナの言葉を聞いてイールは静かに頷いた。
「今から準備するね!」
ルフィナはそう言い残して家に駆けていった。
準備するとは言っても一時間や二時間はかかるだろう。
「イール」
声を掛けられたイールが戦慄する。
そこに居たのは居るはずのない人物だ。
「シック」
次の瞬間、イールの右足がその男の顔を踏みつけ、右足は空気摩擦で熱を帯びて一瞬で燃やし灰にする。
「どこだ!……何でこんなことを……!!」
イールがそう叫ぶと男を踏みつけた右足の隣にシックと同じ顔、同じ背、同じ装備をした男が再び現れる。
「くそっ!」
燃え盛る後ろ回し蹴りで左足を男に当て、再び男を灰にする。
この感触にはイールも覚えがある。
首のない竜を蹴った感触と酷似していた。
剣と短剣で再び現れた男に切り込まれて、イールはそれらの攻撃を右足で受ける。
乾いた金属音が鳴り響く、イールの足は生身の鳥そのものなのだが非常に硬く負傷することはない。
異常事態だとイールは悟り、次に男を殺さず生かしたままに武器と両手を右足で掴んでその場に拘束する。
死んだ人間は生き返らない、ましてや特異【破壊】の攻撃を受けたシックが死なないはずがない。
「これはどういうことだ、ルセナ!」
声を荒く叫ぶイールだが、周囲にはルセナはいない。
ただし、もう一人は近くに居た。
「お父さん・・・・・・」
リックがイールの拘束したそれを見て泣いている。
「イール、その人は・・・・・」
「リック、ちょうど良かった。こいつを【封牢結界】で」
イールが言い終わる前に【封牢結界】で閉じ込められたのはイールだった。
より強固で堅牢な【封牢結界】はイールを少しの時間でも拘束出来うる。
しかし、イールはその結界を数秒とかからずに一蹴して破壊する。
「リック、聞くんだ」
「イール・・・・どうしよう、ねえ、どうしてお父さんを」
リックがすらりと両手に短剣を構えている。
「リック、そいつはシックじゃない」
「そんなの分かってる!!!」
「・・・・・その男はルセナの特異【創造】が作り出したシックの模造だ」
「分かってる、分かってる、けど!どうして殺すの!?私はこの人を殺させない!!」
武器を構えるリックに対し、イールは困惑する。
リックを殺すわけにもいかないし、この現状はルセナの特異の力の暴走とも言える。
一度死を迎えた者が創造される、この状況は管理者にとっては認められない、許されない問題だ。
対峙するリックとイール、そのリックの後ろの男とイールの目が合う。
「リック、冷静になるんだ。過程の話をしよう」
「聞きたくない」
そのリックの拒否に対して、イールは淡々と説明する。
「ルセナの特異【創造】で作られたシックだということは明白だ。だけどシック本人はこの状況を許すはずがない。もう一度言う、そこを退くんだ」
「何も聞きたくない!」
リックの背後に居たシックと瓜二つの男がそっとリックの肩に手を置く、振り返り見たリックはシックの用いた毒によって酩酊し、そして昏倒する。
「あ」
倒れ込むリックを優しく抱え、その場に寝かしてシックと似た男はイールに言う。
「大体の事情は察した」
「シック・・・・・」
「死んだんだな、俺は・・・・・今は何人目だ?」
男の問いにイールは戸惑いながらも諦めて答える。
「二人、いや三人目かな、本人を含めて三人だと思う」
「そうか」
男はしばらく熟考した後、溜息を吐いてイールに対して言う。
「俺を殺せばリックに恨まれて、ルセナを殺せばルフィナに恨まれるわけだ。ルセナはこのことを知っているのか?」
「・・・・・分からない、おそらく無自覚だと思う」
そのイールの言葉を聞いて男は頭を抱え込む、酩酊して意識がはっきりしていないリックを男は見下ろし、そうしてイールに言う。
「イール、俺を別の世界に飛ばせ」
「それは・・・・・・それでも許されない」
「時期が来ればイール、俺の後始末は任せる」
リックが男に手を伸ばす、その手を男は握り返し、そうして言う。
「リック、イールを恨むなよ」
「あ・・・・あ・・・・・・・」
イールは右足の爪先で何もない空間を引っ掻いて別世界への裂け目を作る、一度向こう側に行ってしまえばイール以外にその先の異世界を知る者はいない。
「ありがとう、リック」
男はそう言ってリックの手を放し、そのままイールの作った別世界への裂け目に飛び込んだ。
すぐに裂け目は閉じ、そうしてイールは周囲を見渡した。
ルセナの特異【創造】の無意識下における死者の創造は複数個体作れないようだ。だが、創造された個体は死を迎えることが出来ずに存在し続けてしまう、死者をも創造するというのはこの上なく厄介なことだ。
イールは足元の意識を失って眠るリックを見下ろし、そうして呟いた。
「ごめんね、リック」
その後、準備を整えて戻って来たルフィナに眠っているリックを抱えて貰い、イールが家までルフィナと一緒にリックを運んだ。
イールが事の顛末をルフィナに始終話すと、ルフィナはイールに言う。
「元々、お母さんと私はあそこで死ぬ運命だったんだと思う。だからイールとリックさんには感謝してるし、このままリックさんにお母さんのことを任せようかとも思う。本人は仕事すること以外は何も考えてないみたいだけど・・・・・そうかぁ、特異の力を使っちゃったかー」
ルフィナはそれについて察しているようだが、イールには何のことだか理解できない。
だが“乗り手”の彼女が納得してくれたのなら、イールはそれでいい。
イールという特殊極まりない例外の中の例外である鳥は“乗り手”という保険が必要なのだ。
【最強】の特異点、それはどこまでも強く、果てしなく強すぎることが問題である。
ただ存在するだけで惑星も、銀河も、宇宙でさえその一匹の鳥には敵わない。
イールは強すぎるのだ。
それは、世界を管理するマキナでさえどうすることも出来ないほどの脅威である。
「イール、準備は出来てるし、このまま旅を続けよう」
ルフィナがそう言ってイールに飛び乗って騎乗する。
「旅の目的は“管理者不在による代行”だね」
そう言ったルフィナに対し、イールは背中のルフィナを見上げて言う。
「大変だよ?」
「これは私達の冒険なんだから、イールには頑張って貰うからね」
ルフィナのその言葉を聞いてイールはすぐに次元の裂け目を開いて他世界へとルフィナを連れて移動する。
イールとルフィナが先ず最初に訪れないといけない世界は、赤銅の空が広がる赤鳥が居た世界だ。
「ここは・・・・あの赤い鳥の世界?」
ルフィナがイールにそう聞くと、イールは淡々とルフィナに説明する。
「まずはあの【破壊】のヤツに話を聞きに行く、こちらの世界が乱れたのはあいつが次元を破壊して裂け目を作ったからだ。事と次第によってはシメる」
そう言ったイールは本気のようだ、裂け目を修復してすぐに空中へとイールは移動する。
歩いたり走ったりするわけでもなく、ただの跳躍で上昇して滞空して眼下を見下ろした。
イールが赤鳥を蹴り飛ばした場所がクレーターとなっている、その中央にはまだ気を失っている赤鳥がいる。
すぐに赤鳥の近くに降り立ち、イールは左足を上げて地面に下ろす。
イールが与えた赤鳥へのダメージがみるみるうちに癒えていき、そうしてイールは赤鳥を見下ろした。
「起きろ、赤いの」
気付いた赤鳥が咄嗟に特異【破壊】の力を使って周囲を壊していく、しかしそれはイールに蹴り飛ばされて阻止され、再び赤鳥は気を失ってしまう。
それを二度、三度と繰り返していくと流石の赤鳥も何もしなくなっていく。
「むごい」
「こうでもしないと理解できるものも理解できない、まだ殺さないだけマシさ」
赤鳥はすっかり怯えてしまって抵抗する意志を持たなくなった、少し可哀想なくらいだが今までこの世界で行ってきた自由のツケなのだろう。
「おい、赤いの」
イールはそう言ってしばらく黙り込む。
言葉ではなく意志や身体の動き、呼吸だけで赤鳥と会話している。
ルフィナにはさっぱり分からないが、何かを話しているようではある。そうして時間が過ぎた後にイールはルフィナに対して口を開いた。
「『この世界は管理者によって統括され管理されていた世界、だが管理者が不在となった今、行われたのは権利を争うための戦争だった。私が行った破壊は必要なことだった』ってさ」
「・・・・・・・・・・・」
ルフィナは何も言えないでいる。現に赤鳥は破壊の限りを行って他世界に干渉し、イールという存在をこの世界に呼び寄せてしまった。
結果的にイールという更なる脅威が秩序を保ってしまったのだ。
「『私は巣に戻る、もはや【破壊】など意味を為さない』って」
イールはそう言ってルフィナと共にその場を離れた。
「あれで良かったの?」
ルフィナがイールにそう聞くと、イールは頷いて言う。
「赤いのはこの世界にとって必要なバランスの一部なんだろう。結果的に犠牲は出たけどそれを含めても可能な限り秩序が保たれたわけだ。わざと虎の尾を踏んだんだ、大局的に観ればこの混乱の渦中に於いて一番正しいやり方なのかもしれない」
そう言ったイールにルフィナは何も言ってやれなかった。
イールは感情的な言動も多いがちゃんと我慢している。
紛争が何の解決にもならないことを知っているのだ。
「次はどうする?」
気を取り直して聞いたルフィナ、イールは背中のルフィナを見上げて言う。
「ここからは異世界を見て回る。どんなところで何が起きてるのか知りたい、特に僕ら以外の管理者によって特定・保留されている特異点は監視したい」
「うん、わかった」
イールが空間を爪先で引き裂いて別の世界への入り口を作る。
特定され、管理者マキナから保留されている特異点は全部で七体。
【最強】
【創造】
【増幅】
【破壊】
【静寂】
【転移】
【解放】
いずれも特異の力が暴走すればその世界は崩壊するだろう。
イールがルフィナに発案した巡回ルートは【解放】【静寂】【転移】の順だ。
それらがどのような様相をしていて、どんな生き物なのかはイール自身も知るところではないが、その目で見た相手の特異の力を知ることができる。
【転移】はあの全身鎧の騎士が乗っていた黒鳥。
【破壊】は先ほどの赤鳥だ。
あの二体はそれぞれが考えを持っていて、およそ世界を崩壊させるような考えを持っていないことはイール自身も理解している。
能力が逸脱していて、それが乱暴な振る舞いだったとしても、管理者マキナによる管理を享受しているのならば大きな問題はない。
ただ【破壊】の赤鳥のやり方はイールにとっては気に入らないだけだ、おそらくそのイールの感情ですらも赤鳥の思惑の渦中にしかない。
「次は特異点【解放】の所持者のところ?」
ルフィナがイールにそう聞くと、イールは赤鳥に対しての感情を捨て去り切り替えて言う。
「【解放】のやつはかなりの引きこもりらしいから、すぐに見つかるよ」
「よし行こう、イール」
「うん」
イールが右足の爪先で空間を引っ掻いて他世界への穴を繋げて移動する。
空間を開いた穴からイールとルフィナが現れると、いきなり陰鬱としていて暗い場所に出た。
広さにして六畳(170㎝×85㎝=1.44㎡)、出現と同時にイールはルフィナの頭が天井に当たらないようにその場に座り込んだが、それでも頭が天井に近いためにルフィナは慌ててイールから下りた。
「ここは・・・・?」
「【解放】の住む、なんだっけ・・・・・・団地とかいう集合住宅の一室だよ」
「だんち・・・・?」
目の前で何かに向かって一所懸命にカタカタと音を立てている人間、少女がいる。
「・・・・・鳥くさい」
そう呟いた少女が振り返ると、一人と一匹と目が合い固まっている。
「え、えーと、はじめまして?」
ルフィナがそう声を掛けると、少女は一所懸命に向かっていた前を向いてしまう。何かの作業なのか何をしているのかルフィナとイールには分からない。
少女は頭に掛けていたヘッドホンを取り、そうして察したかのようにルフィナとイールには顔を背けて言う。
「何の用?」
「管理者マキナが不在なんだ」
イールがそう話すと少女はくるりとこちらを向き、興味津々に椅子ごとイールに近づいて言う。
「あなた、喋れるの!?」
「あ、ああ、まあ」
「なるほど、あなたがマキナの言っていた【最強】ね?」
その問い掛けにイールが頷くと、少女は急に押し黙って考え込み始めた。
「【解放】はこのままでいいかもしれない」
イールがルフィナにそう言うと、ルフィナは少女の足を見て言う。
「イール、この子歩けないみたい」
「ふむ」
イールが自身の内からイグドラシルフィールドを展開し、少女の足を人間として本来持ち得る正しい機能へと時間を戻した。
少女は気付いていないようだが、一所懸命に考えた先でイールに口を開いた。
「私は歩けないし、実のところ特異点と呼ばれる力の使い方も分からないのよね」
「使わないのならそれに越したことはないさ、ボク達は特異の力を乱用していないかマキナの代わりに様子を見に来たんだ」
イールのその言葉を聞き、少女は理解する。
特異の力が無くとも少女は理智的で聡明だ、マキナが保留にするのも頷ける。
少女がルフィナに目をやる。先程から少女はルフィナに対して話しかけていたのだが、イールが人語を話せることに驚いてそれどころではなかった。
「足は動かさないとまだ歩けなさそう」
ルフィナが少女にそう言うと、その言葉を聞いた少女が自らの足を確かめている。
「足が動くんだけど?」
「ボクが治した」「イールが治した」
イールは誇らしげに、ルフィナはイールを指差してほぼ同時に説明する。
少女は頭を抱えてイールという存在を理解する。
「これは・・・・確かに【最強】ね」
少女はまだ歩けはしないものの痩せ細った足を自由に動かせる自分に驚いている。
「よし、【解放】の様子は大丈夫そうだ。次に行こうかルフィナ」
そう言ったイールに対して少女は言う。
「もう行くのね。その、何て言うか、ありがとう」
イールはそれを聞いて頷くだけだ。
ルフィナ、イールの目から見ても【解放】の少女は驚異ではない。
「そういえば【解放】ってどういう能力なの?」
ルフィナがイールにそう聞くと、それを聞いていた少女がイールの代わりに口を開く。
「よく分からないけど管理者は『この世のあらゆる“壁”を取り除くことが出来る』とか言ってたような」
イールは少女の様子を見て沈黙していたが、この機会だからと少女に言う。
「そう、【解放】は『開く』ことができる。壁や扉なんかもそうだし、人間やその他生物の可能性すら開いてしまうことが出来る」
ルフィナはそれを聞いて納得したように頷いた。
少女も同じく頷いたが、その力に対して興味は無さそうだった。
「私は今のままでもいいんだけれど」
今までと違うことがあるとしたなら動かなかった足が動くことぐらいだ。
「足が動くなら歩いてみようかな」
イールとルフィナは少女のその言葉を聞いて頷く。折を見てイールは座ったまま空間を爪先で裂き、それを見たルフィナがイールに騎乗する。
「それじゃあ【解放】の。管理者からの言いつけはちゃんと守るように。ボクたちは他の特異点に会いに行ってくるよ」
「う、うん……!」
少女の言葉を聞いたイールは立ち上がるように亀裂へとルフィナと共に入ってその場から文字通り消えていった。
イールとルフィナが来訪していなくなるまで一瞬のような出来事だったが、今まで動かなかった少女の足は動くようになっている。
「・・・・・・・・」
少女はイールとルフィナが居た後ろを振り向いて部屋の外への扉を見つめていた。
動く足をぶらぶらさせたり、力を入れてみたり、車椅子から立ち上がろうとしてみたり。
なるほど【最強】の特異点だと、少女は自分自身の足を見て思う。
生涯二度と歩けないと医師に宣告されていたはずだったのだ。
少女は扉をただ眺めていただけだった。
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