銀剣のルフィナⅣ
ルフィナとイールが聖国の都市を拠点にして一月経とうとしていた。
イールはあの騎士と黒い鳥に遭遇してからというもの機嫌が良く、ルフィナを聖国のどこにでも連れて行ってくれた。
そんな折に訪れた聖国でも秘境とされる氷洞で、ルフィナとイールは苦戦を強いられていた。
イールがルフィナを背に乗せたまま回避しつつ説明する。
「冒険者には中身が居た冒険者と、そうでない冒険者もいるんだけど、あれは後者だね」
「中身がいない・・・?」
「それだけ人間味がなく野蛮で獰猛ってこと」
轟音と共に放たれた弾丸がルフィナの左肩目掛けて飛んで来る。ルフィナではその弾丸を察知も出来なければ回避することは難しい、そのためにイールが飛んできた弾丸を一蹴する。
バリアを使ってイールはルフィナを完全に防護しているが、同じ場所に居ると狙われるためにその場から去る選択肢を取らざる負えない。
「ルフィナ、この依頼は失敗だ。相手が想像以上に厄介すぎる」
「・・・・・逃げよう、イール!」
イールが氷洞の入り口から飛び出して、そのまま戦闘からも離脱する。
離脱し、逃げ切った先の荒野で誰も追跡してこないことを確認しつつ、イールはルフィナに言う。
「あれはおそらく、銃士だね」
「銃?ということは超長距離からの射撃かあ」
ルフィナはそう呟いて溜息を吐いた。
剣術を得意とするルフィナにとって、超長距離からの一方的な攻撃には対応できない。
「どうしたらいいんだろう」
困っているルフィナに対してイールは悩みながらも選択肢を与える。
「シックだったら【波動剣】を伸ばして斬り進んだりとか、レイラは【幻影身】で背後から強襲したりとか、リックなら【封牢結界】で強行突破するけど・・・・・」
「うーん、お師匠様みたいな精度の【波動剣】が私に使えるとは思えないし、【幻影身】も【封牢結界】もそんなに上手く使えない」
悩むルフィナの姿を見上げるイール。
あの巨赤狼を倒した時からルフィナは見違えるほどに急成長を見せている。
高い精度は伴わないがイールの目の前で【波動剣】【幻影身】【封牢結界】を見様見真似で繰り出すことに成功しているのだ。
これらはルフィナがこの世界に来て経験したことで身に付けたものだが、真似ができるというだけで使い手が使うような高い技術と精度は持たない。
イールの見立てではこれはおそらくルフィナが持つ特異【増幅】と何らかの関係がある。
ルフィナが元々持っている天性の剣才に感応している、そんな感覚をイールは覚えている。
「エウリュアレが使う【醒竜の咆哮】があれば遠距離でも対応できるけど」
イールがそう言うと、ルフィナは首を横に振ってしょんぼりしたように言う。
「見たことがないからさっぱり・・・・」
「エウリュアレは強いんだけど訓練に参加したがらないからなぁ」
イールはあることに気付いてルフィナに問う。
「ん?ボクの技はどう?」
「私、鳥じゃないし。それにイールがどうやって技を出してるのか原理がさっぱり分からない」
「うーん」
イール自身に技と呼称するものはあるが、バリアやイグドラシルフィールドを除いた技は単なる自力に過ぎないところがある。それらはどのぐらいの力を込めるかどうかで威力が変わるだけだ。
ルフィナにイールの真似は到底出来ないだろう。
「イール、こういう時はどうすればいいの」
問う、ルフィナ。無理もない、ルフィナの容姿は大人びて見えていてもまだ幼いのだから。
「ボクがやればまあ」
「それじゃ私の冒険にならない」
ルフィナにとっては命の駆け引きや技の比べ合いは冒険だ。困ったことにイールと似た戦闘狂、そして冒険狂でもある。
理解するように頷き、イールは打開の提案を行う。
「ふむ、それじゃまずはボクの知ってる相手の情報を」
「え、なんで先に教えてくれないの」
「教える暇がなかったし、それにボクが言ってしまえばルフィナの分析能力の成長を害するかもしれないと思って」
イールの考えを聞いて「むう」と押し黙るルフィナ、自身に遠距離戦闘を制する力も分析能力もないことを自覚しているからこそ押し黙るのだ。
「ふふん、それじゃまずは銃士についての詳細を話そうか」
知り得る限りの情報をイールはルフィナに伝える。
「一方的な遠距離物理攻撃の質量弾と、設置型の罠、居場所を知らせないために同じ場所には居続けないし、基本的には引きながら相手との距離を空ける。ただし近づいてしまえばそこまで脅威ではない、要は相手に発見されなければいいわけさ」
それを聞いてルフィナは難しい顔をしてイールに問う。
「どうやって?」
「・・・・・・・・・・」
問われたイールは自ら答える気がないようだ、ルフィナから答えが出るまで沈黙している。
イールの意地が悪いわけではない。
「あ」
ルフィナは思い出してイールの答えに合わせるように言う。
「お師匠の気配遮断か」
「そう」
イールはルフィナ自身が師であるシックに気配遮断を教わっていることを知っている。
「どうして気付かなかったんだろう、イールと一緒にいるから出来ないのかな」
そのルフィナの言葉を聞いてイールは鼻をならして言う。
「シックは高位の暗殺職だから、気配遮断はボクごと使えたよ」
「イールごと・・・・?」
ルフィナの起源は暗殺職ではない、騎士職や剣士職に大きく適性を持つ人間だ。
だけど見様見真似でシックの【波動剣】を真似て繰り出せていた。
やれば出来る程度まで技量はある、とイールの見立てがある。
「ただ今回は気配遮断だけじゃ通用しないかもしれない」
イールはそう言って更にルフィナに課題を積み上げる。
「看破持ちだったらいくら気配を消してもすぐに見抜いてしまう」
これらはイールにとっても難題だ、現状のルフィナに出来ることはないに等しい。
それもそのはずだろう、とイールは内心で理解している。
冒険者の中でも更に高位の冒険者は皆、ヒトの形をした化け物のようなものだ。
この世界に入門したばかりのルフィナにとって、いくら腕が立つからといって易々と倒されるような存在ではない。
それは「特異【最強】を持つイールを除いて」ではあるだろう、イールにとって遠距離物理攻撃の質量弾はただのそよ風に過ぎないのだから。
「うーん」
唸ったルフィナが荒野の岩の影で考えている。
イールが言っていることはルフィナに現状を打破する何かを考えろ、という意味もある。
ルフィナには他の冒険者にはない素質があるからだ。
彼ら冒険者の【波動剣】や【封牢結界】【幻影身】などの技は本来この世界において設定された現存する職業から派生する技を素材にして更に練り上げられたもの。
ルフィナの剣術はそれら職業の技や型を模倣したものに過ぎない、そのために模倣は多岐に渡って展開することが出来る。
練度は使用するルフィナ自身の技量に左右されるが、持ちうる感覚だけは天性のものだ。
「リックお姉ちゃんの【封牢結界】って非効率じゃない?」
「え、それは本人にも言えないなぁ」
イールがそう言って濁した後、咳ばらいをしてルフィナに言う。
「どうぞ続けて」
うん、と言って冷や汗と不味そうな笑顔をしながらもルフィナはそれに続けて言う。
「なんで弾いたものを返せないんだろう?」
「それは【封牢結界】の硬度が並大抵のものではないからだと思うけど、あれは硬質化した結界が外からの影響も内からの影響も拒絶してるからそうなるのであって」
イールの説明を受けて、ルフィナは模倣した【封牢結界】を目の前に一枚展開して黙り込む。
「吸収と反発、それに自動追尾も付けよう。何なら気配遮断も」
さすがのイールもルフィナの発言を聞いて難しく思う、困難だろうと。
「【私の結界】」
ルフィナが呟いて自身の周囲に展開した結界は、リックのそれとは違うものだった。
「イール、これをちょっと攻撃してみて」
ルフィナがイールにそう声をかけると、イールは呆れながらも少し距離を空けて足元にある石をルフィナに当たらないよう結界に向けて蹴ってみた。
石が当たり、そのまま同じ速度でイールに向けて石が跳ね返ってくる。
バリアを展開したイールにその石は当たらず、バリアに弾かれて明後日の方向に飛んでいく。
「これならイケるんじゃない?」
ルフィナがその結界を見て喜んでいる。
「うーむ」
イールは唸って黙り込んでしまった。イールがあの結界を壊すにはおそらく解析しないといけないのだろう。
ルフィナは末恐ろしいほどの天性の素質に満ち溢れている、困ったことに特異【増幅】の片鱗すら伺えない。
特異の力を使えば、自身の立場や母親の立場を危うくすることを理解している。
この能力は管理者の目に留まらないわけがないが、管理者は未だに沈黙を貫いている。
「マキナはどういうつもりだろう?」
イールがそう呟いていると、ルフィナが手を振って離れた場所からイールに声をかける。
「イール?もう一度お願い」
ルフィナは更に距離を取ったようだ、ここからが威力と防御性能の確認というわけだろう。
イールは考え事をしながらも周囲の石を足の爪先でぴんとルフィナに向けて弾く、石の速度はもはや弾速のようでもある。
ルフィナがそれらを難なく跳ね返してくる、困ったものだとイールはルフィナを見やる。
同じ速度で蹴った石がイール自身に跳ね返ってくる、それをイールはバリアで弾き逸らしていく。
イールは考え事をしながら次は大岩を蹴ってみることにした。
「ちょっ」
驚くルフィナとは裏腹に、大岩もイールが蹴り飛ばした速度、威力のままでイールに跳ね返ってくる。
ルフィナの頭上に落としてみても、高速移動してルフィナの背後に石を蹴ってもそれらはイールのバリアに必ず当たってどこかへ飛んでいく。
「ふむ」
「イール、ちょっとは手加減して」
ルフィナが展開した結界はとても良い、今は投石物で試しているだけだが近接攻撃すらも弾き返してくるだろう。
「【私の結界】だっけ、これは悪くないね」
イールがルフィナにそう言うと、ルフィナは自慢げな顔をしている。
「本気のイールの攻撃も返すかも」
そう言ったルフィナの言葉に反応して、イールは爪先で空間を切り裂いて結界そのものを引き裂いた。
「ふむ、空間には対応してないか」
イールが引き裂いた空間を元に戻すと、結界も元通りに展開されたままになっていた。
「えぇ」
いともたやすく結界を破られてルフィナがどん引きしている。
「よし、ルフィナ。これならあの冒険者もどきでも大丈夫だろう」
イールはそう言ってルフィナを背に乗せるべく、体勢を低くする。
「そ、そうね」
動揺しながらもイールに騎乗するルフィナ、彼女はイールに対して底が知れない異質さを感じ始めている。
「ルフィナ、気にすることはないよ。状況を打開できるなら十分さ」
「うん」
敵わないとは理解しながらも、その事実はルフィナにとって重い。
どうすればイールを倒すことができるのか、その日からルフィナにはそれが課題になった。
▼
氷洞窟にて、ルフィナの発現した結界は銃士の冒険者に対して十全たる能力を発揮する。
ルフィナはイールに騎乗したままに、全ての銃弾を反射させて相手に自動追尾で返す。
「・・・・・・・・・」
イールは沈黙する相手に対してその場から咄嗟に移動する。
ルフィナは分からないままにイールに連れられて、そのイールの判断を問う。
「え、なに?」
「遠距離攻撃系の冒険者が、肝心の遠距離攻撃を封じられたんだ。やってくることは他にもある。例えばこの氷洞窟を」
イールの予感は的中する。
ルフィナとイールに対して遠距離攻撃が通用しないのであれば、それ以外を攻撃するしかない。
氷洞窟の岩盤が崩壊し、イールはバリアを展開して岩や石を弾きながら氷洞窟の入り口まで辿り着いた。
「洞窟を・・・・まさかここまでするなんて・・・・」
「あいつら冒険者もどきは野蛮で獰猛だ、それでいて巧妙に生き延びようとする」
イールとルフィナが氷洞窟から抜け出すと同時に氷洞窟の入り口は完璧に崩落してしまった。
「これじゃ依頼が・・・・」
「このまま蹴り進むこともできるけど、奴がどこに行ったのかまでは把握できないな」
聖国に来て初めてルフィナとイールは依頼に失敗した。
イールとルフィナ、個々の実力は十分だが、冒険者もどきは他の依頼よりも難度が高い。特に生存戦略を賭けた戦いでは遅れを取る。
「依頼失敗しちゃった・・・・・」
「そんなこともある、シックも最初は失敗が多かったよ」
イールが落ち込むルフィナにリックにも言わない秘密を打ち明ける。
「お師匠様が?」
「失敗を重ねて次に繋げればいい、とかなんとか言ってたような」
冒険に出てからというもの、ルフィナの成長は目まぐるしいものだとイールは今のルフィナを見て思い、そうして言う。
「まあ、しばらくは休んでもいいんじゃない?」
聖国はどの都市にも神殿があり、偶像崇拝が各所で行われている。
街路は切り分けた石が並べられて綺麗に舗装されており、どの建物も石造りとなって整えられている。
伝統の石工と偶像、それを信仰する国民によって支えられた聖国では街並みが美しい。
「しばらく滞在しようか、イール」
「そうしよう」
少し、ルフィナは急ぎ過ぎたのだ。ここで休みを得なければいくら冒険好きのルフィナと言えども長くは続かない。
幸い、ルフィナが依頼を達成し続けていて蓄えはある方だ。
それとは別にイールはある程度の資財を保有しているが、それを今のところ使う機会はなさそうだ。
ルフィナは馬小屋のある宿を滞在先に選ぶ、しばらくの間はルフィナとイールは別行動だ。
▼
イールは馬小屋の藁の中に座り、そうして独り言のように言う。
「それでマキナ、何があったの」
『・・・・・・・・・・・・』
世界の管理者であるマキナからの応答がない、特異点たるイールの動向は監視されているはずだ。
「マキナ?」
イールは立ち上がって爪先で時空間を開き、マキナの居る空間へと繋げて所在を確認する。
そこには何もない部屋だけが広がっており、それはマキナの留守を告げていた。
「どういうこと?」
▼
気分転換に買い物に出掛けていた最中、ルフィナの側頭部に一発の弾丸が命中する。
その場でルフィナは倒れ、そのまま動かなくなってしまった。
距離にして約300m、建物の上からの狙撃でイールと別行動した矢先を狙ったものだ。
銃を分解して痕跡を残さずその場から立ち去ろうと男が立ち上がった瞬間、背後からの一刀で男の胴と下半身が分かたれた。
「なるほど、こういうやり方でもいいのか」
そこにはルフィナが立っており、そうして消えゆく冒険者もどきをそのままに眼前の頭を撃たれた自分を眺めている。
【幻影身】の真似事である【私の影】たるルフィナの技だ。
精巧に作られたルフィナと見分けのつかない幻影、攻撃されれば攻撃した相手の背後に移動することが出来る。
イールと別行動する際に、確実に攻撃を仕掛けて来ることをイールから忠告されていたルフィナは対策を織り込んでいたのだ。
「これで心置きなく買い物ができる」
撃たれた幻影の自分は陽炎のように消え、ルフィナは鼻歌交じりに建物から飛び降りた。
本日はお日柄も良く、晴天。
春のような心地良さだ。
▼
イールは何もない部屋で立ち竦んでいた。
その部屋はマキナの部屋、複数の世界を統合し、管理するための部屋だ。
不在はあり得ない。
しかし、イールから何度か呼び出しをしているのにも関わらず応答がなかったのは不在が理由だ。
『ちょっとしたバグというか』
「バグね」
イールはマキナが呟いていた言葉を思い出して考える。
管理者、これは重大な役割だ。
星の数ほどあるそれぞれの世界は一つの管理者であるマキナによって管理されている。
例えて言うなら大小ある様々な銀河で起きる大事から小事までの現象一つ一つの法則、その全ての管理と処理だろう、これは法則から抜け落ちた存在である特異点のイールにも出来ないことだ。
「うーん」
出来ないことを出来ないからといって無理に行動しようとしても訪れるのは更なる悲劇ととりかえしのつかない失敗だ。
イールはそそくさとその場を後にし、元居た世界の聖国の宿屋にある馬小屋へと戻って来た。
「あれ、これ結構やばいんじゃない?」
特異点として存在を許されたイールにとってマキナという管理者は、言わば鎖のようなものだ。
常軌を逸脱した存在が偶発する可能性のある銀河にそれらが誕生するとして、その存在を処理する役割がいない。
全身鎧の騎士と黒い鳥はまだ良識がある方だが、そもそも特異点と呼ばれる存在に善悪など関係もない、完全な無秩序だ。
「・・・・・・・・・・・・・・」
慌てても仕様がないイールは、とりあえずルフィナの帰りを待つことにした。