銀剣のルフィナⅨ
ルフィナの師であるシックには多くの友人がいる。
その多くには共通項がある。
「シッ」
弓を一射するだけで波動で構成された複数の矢がルフィナに放たれる。
ルフィナはその放たれた矢を回避するが、その矢はルフィナに追尾して真っ直ぐ身体に向かっていく。
矢がルフィナを貫いた瞬間にルフィナの身体がその場から幻影のように消えた。
「【私の幻影】」
「っ!?」
そう呟いたルフィナが銀剣を矢を射た者の背に向けるが、気付いた射手が咄嗟に手甲で背中の銀剣を弾いて樹上から逃げるように落下する。
銀剣を弾かれて驚いたルフィナの頭上からレイラが剣で大上段からルフィナに斬りかかるが、ルフィナは咄嗟に樹上から離れて避けた。
先に落下していた射手が後から落ちるルフィナに対して矢を射る。
ルフィナはその矢に対して身を捩って銀剣を振り打ち消した。
射手が地面に着地し、そのまま横に飛んで更にルフィナに対して矢を射る。
ルフィナの着地点に合わせて雷が迸る、ショコラが魔法による雷撃をルフィナに向けて放っていた。
土煙を巻き起こして炸裂し、ルフィナはその土煙の中から立ち上がる。
それと同時にルフィナに放たれた矢も雷撃もそのままの威力で打ち返された。
「【私の結界】」
ルフィナを囲む結界が土煙の中から見える。
レイラはその結界に対して剣で払うとすぐに結界が切り裂かれ、そのままルフィナに距離を詰めて斬りかかる。
ルフィナはそのレイラの剣を受けつつ後ろに下がる、重いレイラの剣をルフィナの細い銀剣で受けるには力の向きを逸らして後ろに下がるしかない。
レイラはそのルフィナを見て笑って言う。
「【幻影身】」
ルフィナの【私の幻影】は対象を自身に対して攻撃を行った対象に絞り、攻撃者の背後に幻影を作り出して位置を移し替えるという条件を追加した【幻影身】を強化した技だ。
対してレイラの【幻影身】は自身の数を増やすだけだ。本体は確実に存在し、幻影は本体と瓜二つの能力を持つがどの幻影も致命となる一撃を受ければそこで消失してしまう。
ルフィナにとってレイラの【幻影身】はそれだけで弱点になる。
ただ数が増えるだけだ。一体の幻影が数体ほど片手で数えるほどに分かれ、更にそこから十、二十とルフィナに対してただの剣圧で圧倒できるレイラが増える。
ルフィナは複数体の幻影に致命的な攻撃をどうにか打ち込んで思いっきり後退するしかない、距離を取るしかない。
その距離は弓の射手にとって好都合な追撃、さらに見せなかった拘束術でルフィナの両足をその場に鎖で縛り動けなくしてしまう。
頭上から落ちる雷撃はショコラの魔法だ。
「くっ!」
ルフィナは周囲にイールの展開するバリアとよく似た結界術を発動させる。
展開した結界術は他者の攻撃を全て防ぐ強力なものだ、それこそ木々の陰でにこにこと隠れ潜んでいたエウリュアレを挑発するほどのもの。
「【醒竜の咆哮】」
咄嗟に放たれたエウリュアレの【醒竜の咆哮】は、ルフィナの周囲を囲んでいた射手やレイラの幻影を下がらせるほどの熱光線だ。
エウリュアレとしては彼らには避けられて当然のものだと思っているみたいだが、割と必死で下がっている。
狙われたルフィナは動けず、展開した結界術で【醒竜の咆哮】に対応しなければならない。
放たれた熱光線が地面を焼き溶かし、結界術に当たって飛散した余波がルフィナの周囲の木々を吹き飛ばし、尋常な破壊を産んでいる。
「ええっと、これは・・・・」
結界術の中のルフィナは数秒悩む時間がある。その様子を察してエウリュアレが杖を握り直し、熱光線を収束させてか細い線へと切り替えた。
「わっ!」
結界術が剥がれそうになり、ルフィナは咄嗟に自身の周囲に展開していたバリアを一点に重ねて対応する。
数秒の放射が続いたが、エウリュアレは突破を諦めて杖を下ろした。
か細くも貫通力を持った熱光線が止み、ルフィナが一呼吸する。
その瞬間を狙って傍観していた暗殺者が一言を発する。
「【封牢結界】」
ルフィナの周囲をリックの結界が取り囲み、そうしてルフィナは身動きの一つも出来なくなった。
瞬きすら出来ないルフィナを見て、周囲の者は一様に構えた武器を下ろす。
「流石にリックの【封牢結界】は無理か」
レイラがそう言って結界の中のルフィナに近づいて結界を剣先で突く、内外問わず尋常ではない硬度で刃先は絶対に通らなければ音も伝えない。
「何なの、これ」
弓を持った長耳の射手が目の前の不思議な現象に呆れている。
「リックの結界術じゃな、それもイールを数秒押し止めるほどの強力なものじゃ」
ショコラがそう言って顎に手を置いて感心している。
「・・・・・・・・・・・・」
エウリュアレはその場から離れず、木々の陰からじっとこちらを見ている。リックと目が合って軽く手を振っている。
「終わったかしら」
遠くから見ていたマミがイールにそう聞くと、イールは何も言わずに結界内のルフィナを見つめている。
「・・・・・・・・・・・・・」
ピシ、とリックの【封牢結界】が中から音を立てた。
その瞬間に周囲に居たレイラ、ショコラ、リックが距離を取った。
パリ、と次の瞬間には【封牢結界】にヒビが入った。
「んぅ!」
中からルフィナの気合いの掛け声が聞こえ、結界を破ってルフィナが現れた。
明らかに異常な力と、異様な様子だ。
ルフィナは全身が発光しており、その場に居るだけで鳴動するような音を立てている。
「あらあら」
そう呟いたマミが驚きに開く口を隠していると、その隣にいたイールがマミに言う。
「じゃあ、ボクが行くよ」
ジャリ、と自分自身でも異様な自分の様子に驚いてるルフィナの目の前にイールが歩み寄った。
「イール」
首を傾げているルフィナに対してイールは言う。
「おそらく【増幅】の特異の力だろうね。込められた力はそのままだと行き場を失くして臨界に達するだろうから、放散させないといけない」
そう説明したイールが空間から刃のない巨大な剣を取り出して片足でそれを掴み、引き抜いた。
「イールの手加減用の剣・・・・・」
リックがそう呟いてイールとルフィナを見ている。
直後にルフィナとイールがぶつかり合い、凄まじい風圧を産んで周囲の砂を吹き飛ばした。
イールの剣とルフィナの銀剣が幾度も衝突し合う、それだけで激しい衝突音で耳が痛い。
しばらくするとルフィナが先に片膝をついた。
慣れない【増幅】の特異の力に身体が追い付かなかったのだろう、全身がボロボロで肉が裂けて右腕がヘンな方向に曲がっている。
イールのイグドラシルフィールドが周囲の状態を元に戻し、ルフィナの身体を怪我一つない身体に戻した。
「あー、ありがとうイール」
そう言ったルフィナは痛みを感じていなかったみたいだ。
「つ、疲れたー」
ルフィナは大きな溜息を吐いてその場に倒れてしまった。
イールは持っている剣を見つめている。
レイラはそのイールの剣を見てイールに言う。
「曲がったな」
「うん」
僅かだがイールの剣が曲がっていて重心が傾いている。対してルフィナの銀剣は曲がりもしなければ刃の一つも欠けていない。
ルフィナは周囲を見渡していつも忙しく家事をしている母、ルセナを探す。
「お母さんは?」
物陰から観ていたエウリュアレが杖を構えて咄嗟に極めて細い【醒竜の咆哮】をこちらに向けて放った。
その場にいる全員が発動に対して反応するが、一人だけ反応出来ずに貫通力を高めた【醒竜の咆哮】をその手に受けてしまう。
「くっ」
ルフィナの首元を狙った短剣ごと手が吹き飛び、そうしてリックは吹き飛んだ手を見て周囲を見渡した。
「エウ、邪魔しないで」
リックの吹き飛んだ手が元に戻る、その現象を見てルフィナは言う。
「お母さんの【創造】の力・・・・・リックさん?」
リックは周囲の人間から一歩下がり、そうして武器を下ろして皆を一瞥する。
「バレちゃったなら説明しとかないとね、私とルセナさんはここにはいないの」
エウリュアレはそれを聞いて物陰から怪訝そうな顔で出てくる。
「私とルセナさんは、お父さんを探してくる」
「あれはシックではないよ」
イールがリックに対してそう言うが、リックは頷いてイールに言う。
「分かってる、分かってるけど、私はお父さんと一緒に居たいの。それはルセナさんも一緒」
「あきれた」
イールがそう言うと、リックはクスクスと笑んで皆に言う。
「さよならイール、さよならみんな」
リックはその場から煙のように消えていなくなった。
「お姉ちゃん・・・・・」
エウリュアレがぽつりとそう呟く、ルフィナの首元を狙った分身体であるリックの一撃は対応されやすいものだった。
「困った、どうしよう」
イールがリックとルセナの思わぬ暴走に身の振り方を考えている。
「二人を連れ戻すです」
エウリュアレがルフィナとイールにそう言うと、その状況を観ていたマキナがその場にいる全員に対して言う。
『イール、この件はあなたに任せるわ』
「・・・・・・・」
イールは反応こそするが何も言わない、二人の処遇について決めかねているようだ。
「ルフィナ!」
レイラの剣による突きがルフィナの首元目掛けて鋭く穿たれるが、気を張ったエウリュアレがそれを杖先で受けて阻んだ。
ルフィナはエウリュアレに引っ張られてその背に守られている。
イールはその状況を見て動こうとするが、それをマミが止める。
「みんな、どういうことです?」
エウリュアレが周囲を見渡して問い質すと、マミがイールに対してもエウリュアレに対しても言う。
「ルセナさんの【創造】はゼロから本人そのものを創り出すことができるの、これはイールも分かってるはずだよね?」
「・・・・・・・・・」
それを聞いたイールは沈黙している。
「俺達はリックの考えを支持する、それだけだ」
そう言ったレイラは剣を肩に担いでルフィナと、そしてイールを一瞥する。
「そう」
エウリュアレがレイラのその言葉を聞いてその場で自分自身の魔力を解放する。
「私が、おししょーの何なのか、もう一度教えてあげる、です」
イールが咄嗟にイグドラシルフィールドを展開し、次の瞬間にエウリュアレを中心とする爆発が周囲を飲み込んだ。
その場にいる全員がその爆発に対して対応を取るが、どんなに熟練の手練れだとしても爆風を防ぐ術を持たない。
迸る光が周囲の人間を全て飲み込み、吹き飛ばした後にエウリュアレはその中心で【私の結界】で身を守るルフィナとその場でバリアを張っていたイールを見渡して言う。
「イール、そしてルフィナ、これは私からの依頼です。お姉ちゃんを止めるです」
小規模な爆発だが、周囲の人間を吹き飛ばしたエウリュアレの技にルフィナは目を丸くしていた。
「わかった」
イールがそう言い、ルフィナの傍に立つとルフィナも立ち上がって応答する。
「分かりました」
エウリュアレは軽いため息を吐き、そうしてルフィナを見て言う。
「貴女には苦労をかけるです」
イールが爪先で空間を裂いて次元を開き、ルフィナがイールの背に乗る。その瞬間に矢と落雷、そしてレイラがあっと言う間に距離を詰めて来る。
そうしてエウリュアレを置いてイールはルフィナを背に乗せたまま他世界へと移動した。
矢も、落雷も、レイラの攻撃も虚空を穿つだけだ。
その場に残ったエウリュアレはそれらを見ているだけで沈黙している。
「まあ、止められないか」
そう呟いたレイラが剣を鞘に納め、明後日の方向に歩き始めた。
「どこに行くです?」
そう問われて歩みを止めたレイラがエウリュアレを見る。
「あ?」
「イールとルフィナが居なくなった以上、ここには私しかいないです」
エウリュアレがそう淡々とレイラ達に説明するが、レイラはエウリュアレに呆れたように言う。
「だから?」
「みんなには私からお灸を据えてやるです・・・・・!」
エウリュアレの魔力が周囲に発散され、杖を振るうだけで魔力は集約し、近くにいたレイラに対して魔力によって矢として構成された魔力の欠片が飛んでいく。
その攻撃は恐ろしいほどに速く、避けたレイラに向かって追尾する性質のため、レイラは避けて距離を作った先で全て斬り落とした。
「中身なしのくせにえぐい攻撃しやがる」
レイラがそう呟いた瞬間にエウリュアレが更に激昂する。
「二人ともストップ!」
マミがエウリュアレとレイラの間に入り、エウリュアレとレイラを制止させる。
「今回の件は私達に非があるわ、でもリックは彼に会いたがってるの」
エウリュアレは攻撃を止めたが杖を下ろさない、その場にいる全員を相手にするつもりのようだ。
「エウ、あなたも彼に」
「あれはシックじゃないです」
そう言ったエウリュアレは杖を下ろさない。
「リックが納得できないのならそうさせるしかないじゃない」
「・・・・・もういいです、みんな二度とここには来ないで欲しいです。シックはもうここにはいないです」
そう言ってエウリュアレは杖を下げた。
「【破壊】の特異の力は事象そのものを壊してしまう力、シックがそれを受ければ二度と復活することは出来ない。例えこの世界に復活させる力があったとしても記憶が残ってなければ復活そのものは行えないです」
エウリュアレはマミを見やって続ける。
「僧侶の蘇生はイールのイグドラシルフィールドよりも下位互換、死者を蘇らせることはできても失ったものは復元できないです」
そう言ったエウリュアレは皆に背を向けて家の中へと入って行った。
シックの友人達が二度とこの場所を訪れることはないだろう。
▼
イールとルフィナは空間を越えて管理者マキナの元へと現れた。
マキナは全て知っている、そう考えたイールに対してマキナは現れた一匹と一人に対して口を開いた。
「イール、あらゆる可能性があなたにはある。一匹が二匹や複数になることだってあり得るの」
「それは・・・・・」
元々、イール自体は曖昧な存在だ、パラドックスと言ってもいい。【最強】の特異点を持つ黄金の鳥はあらゆる可能性を数匹あるいは数十匹といつの間にか分かつこともある。
それはイールという鳥の以前の特異点として呼称されていた【移動】が関係している。
イールはあらゆる世界を行き来でき、あらゆる時空をも移動できる。
今現在は行き来していないだけだが、実は過去も未来も渡り歩くことが出来るのだ。
「【創造】で作られたシックという男についてはこちらで“対処”するわ」
「“対処”?」
イールがマキナにそう聞き返すと、マキナは溜め息を吐いて言う。
「彼は【破壊】によって壊されたために復活は二度と行えない」
「だから?」
そう言った怒り口調のイールに対してマキナは頭を抱えて言う。
「だから“異なる人生を歩んでいる特異点【創造】の創造物”はこちらが預かるわ」
そのマキナの言葉を聞いたイールはしばらく沈黙を続ける。
何も言わないイールに対してルフィナは双方の様子を伺っている。
沈黙から開口したイールはマキナに言う。
「特異点【創造】とリックはこちらが預かる」
その言葉を聞いたマキナが苛立ちを見せながらイールに対して言う。
「一度だけよ、本来なら」
「わかってる」
イールはマキナの言葉を遮るように言った。
そう、本来なら暴走した特異点は討伐もしくは消去の対象、娘のルフィナの目の前で母親のルセナを文字通り消さなければならない。
そうなれば次に暴走するであろうルフィナを止めなければならなくなる。
更にはルセナに同行していたリックも漏れ無く討伐対象だ。
それらはイールにとって好ましい行動ではないが、放っておけばマキナが自ずと現在の環境維持と保全のために行動を起こすだろう。
イールはマキナと自分の会話を聞いているルフィナを横目でチラリと見やる。
怪訝そうな、心配そうな顔でルフィナはマキナとイールを見つめている。聡明な子だ、おそらく最悪な結果がどうなるかくらいは想像出来ているのだろう。
「ボクとルフィナは、ルセナとリックを連れ戻す、もしくはルセナの暴走を現状で留めてマキナの監視下に置く。ボク達がやらなくちゃならないのはそれだけだろう?」
「そ」
イールの問い掛けに頷いたマキナが応答する、聞くだけでは簡単なことだ。
「も、もしも、お母さんとリックさんがそれを拒んだら・・・・?」
そのルフィナの問い掛けにマキナが答えようと口を開いたが、それを遮るようにイールは言う。
「なんとかするさ」
言葉を遮られたマキナが何かを言おうとしたが、溜息を吐いて頭を抱えながらイールとルフィナに言う。
「それじゃ行きなさい、行ってどうにかしてきなさい」
イールは頷いてルフィナを背中に乗せたまま何もないところに空間の裂け目を作り上げる。
移動しようとするイールとルフィナに対して、マキナは伝え忘れていたように言葉を掛けた。
「ああ、別に監視はイールじゃなくてもいいから」
その言葉を聞いたイールがマキナの顔を見て片足立ちで固まっていると、マキナは頭を抱えながらイールから顔を逸らして一匹と一人を追い出すように手を払っている。
空間の裂け目から別の世界へと移動したイールとルフィナ。
そのイールに対してルフィナは首を傾げて問う。
「どういう意味?」
「・・・・・・・・さあ?まあ、なるようにならなかったらなるようにすればいいのさ」
そう会話をしたイールとルフィナの目の前には、くすんだ黄金の羽根を持つみすぼらしくも雄々しい鳥と、蒼い髪の男が大自然の森を眼下に崖の上に佇んでいた。