020 黄花はどこだ(6)医者としての本願
月夜、紅丸、黄庵は、町から離れた広い草原にいた。
月夜 ルナ
「どう、紅丸、まわりに人影はないよね。」
紅丸
「ええ、気配を消している者もいません。」
月夜
「じゃあ、もう大丈夫だね。」
黄庵
「大丈夫って、なにが?
はっ、まさか、あなたたちは?
信じたわたしが馬鹿でした。」
黄庵は悲痛そうに顔をゆがめて身構えた。
月夜、紅丸
「「ママ、ただいま。」」
なにもないところに、扉があらわれた。
黄庵
「これは?
なんなのですか?」
月夜
「今夜は泊めてあげるから、入って来てください。」
黄庵
「こ、これは。」
黄庵は、とびらの中に入って、部屋の明るさにおどろきを隠せなかった。
月夜
「黄庵さん、とびらを閉じてください。
あれ? ぼーぜんとしているな。
紅丸、とびらを閉めてくれる?
ありがとう。」
紅丸が扉を閉じると、草原から扉が消えた。
黄庵
「こ、このお屋敷はなんなのですか?
夜なのに、昼のように明るいなんて。」
月夜
「ボクの家だよ。
紅丸はボクの同居人だよ。
ところで、黄花について聞きたいんだけれど・・・」
黄庵は、震えていた。
月夜
「ああ、夜風で冷えたんだね。
紅丸、お風呂の使い方を教えてあげてよ。
ボクは、その間に、温まる食事の用意をしておくよ。」
紅丸
「わかりました。 黄庵殿、案内します。」
月夜
「紅丸も汗をかいただろうから、黄庵殿の次に入って、あせを流しておいで。」
紅丸
「かたじけない。 お言葉に甘えます。
黄庵殿、こちらへ。」
◇
紅丸に案内されて、黄庵は風呂で身体を洗って、湯船に浸かっていた。
黄庵
「月夜様の屋敷はすごいわね。
こんなに大きな風呂場をお持ちだなんて。
しかも、光元国では手に入らないはずのシャボン、シャンプー、リンスまであるなんて。
こうやって使用しても信じられないわ。
さらに、信じられないのは、この棚よね。
月夜、紅姫、黄花、青紫と4人分が別々《べつべつ》の香りで揃えられているなんてね。
黄花の棚にあるものを使わせてもらったけれど、いいわよね。
ひさしぶりにしあわせなお風呂ね。」
紅丸
「黄庵殿、静かでござるが、風呂で溺れてはいませんか?」
黄庵
「大丈夫です。 起きています。
次に入られるのですよね。
もう出ますから、少々お待ちください。」
紅丸
「いやいや、ゆっくりと風呂に浸かってください。
この風呂場は広いので、ふたりでも問題ありませんから。」
黄庵
「えっ? それは、どういう意味ですか?」
紅丸が風呂場に入ってきた。
黄庵
「えっ? 紅丸様、出てってください。
言っていませんでしたが、わたしは女性なのです。
ですから、殿方の紅丸様といっしょに入るわけには行きません。」
紅丸
「ああ、それなら、気にしなくていいですよ。
わたしも気にしませんから。」
黄庵
「なにを言っているのですか?
ああ、そういうことですか?
わたしの命を助けた礼として、この身をささげよとおっしゃるのですか?
そういうことであれば、拒否できませんが、せめて夜這いから始めるべきではありませんか?
わたしだって、身づくろいしてからにして欲しいです。」
紅丸
「黄庵殿、なにを言っておられるか分かりません。
まずは、こちらを見てください。」
黄庵
「そんな、生娘の私にいきなり殿方の刀を目に焼き付けろというのですか?
仕方ありませんね。
正直に言えば、紅丸様のたくましい胸板を見たい気持ちもないわけではありません。」
黄庵は、紅丸の方を見た。
そこには、たくましい胸板はなく、スイカのように大きい胸が2つあった。
黄庵
「えっ? 紅丸様は女性ですか?」
紅丸 紅姫
「そうです。 お気づきだと思っていました。」
◇
黄庵
「もう、それなら、そうと言って欲しいですわ。
あんなに強い剣士様が女性だと想像できる者がいるわけないじゃないですか?」
紅丸 紅姫
「ごめんなさい。 外では男装して、紅丸と名乗っています。
お医者様だから、においで女性だとお分かりだと思っていました。」
黄庵
「ひどい目に遭わされるに違いないという恐怖と緊張で、においを感じる余裕が無かったのです。
紅丸様は、いつ気付かれたのですか?」
紅丸 紅姫
「家の中では、紅姫と呼んでください。」
黄庵
「紅姫さん、わたしは、黄花と申します。
黄花と御呼びください。」
紅姫
「では、わたしのことも紅姫と御呼びください。
ただし、外では、紅丸でお願いします。」
黄庵 黄花
「それでは、わたしも外では黄庵と御呼びください。」
紅姫
「かしこまりました。
黄花。」
黄花
「紅姫。
あー、なんだかホッとしたら眠くなってきそうです。」
紅姫
「眠ったらダメです。 この風呂は広いため、土座衛門になって、おぼれてしまいますからね。」
黄花
「気を付けます。
それにしても、月夜様は、紅姫の御主君ですよね。
御主君よりも先にお風呂を頂いても良かったのでしょうか?」
紅姫
「月夜様は、いつも最後にお風呂に入られます。
そして、風呂のお湯を流して、清掃してからお眠りになります。」
黄花
「そうなのですね。
紅姫、質問してもいいですか?
どうして、わたしの名前が書かれているのですか?」
紅姫
「驚きますよね。
わたしも、それはそれは驚きました。
理由は教えてもらえなかったのですが、月夜様がいっしょに済む予定の女性の名前なのだそうです。
黄花の部屋もあります。
わたしのときは、一度空けたときは、何もない部屋でしたが、一度部屋のとびらを閉めてから開けると、故郷に残してきた荷物が並んでいました。
黄花の部屋も同じだと思います。」
黄花
「それは、楽しみですね。」
紅姫
「ただ、月夜様は黄庵様を男性と思っておられます。
今夜は泊めてもらえるでしょうが、明日の朝には出ていくように言われるはずです。」
黄花
「どうしてですか?」
紅姫
「月夜様は、男性がお嫌いのようです。
いじめられたとか、仲間外れにされたことがあるそうです。」
黄花
「まあ、それは、おかわいそうに。」
紅姫
「月夜様のように、ご立派な姫君をいじめるなんて、ひととして許せません。」
黄花
「その通りですわ。 月夜様もいっしょに入られたら良いのに。
あっ、わたしの食事を用意してくださっているのでしたね。」
コンコンと音がした。
月夜
「紅姫、お風呂に入っているの?
黄庵さんの姿が見えないんだ。
もしかしたら、風呂を出て家からも出たかもしれない。
だから、お風呂を切り上げて、いっしょに探してくれないか?
男性とは言え、夜は危険だから。」
紅姫
「分かりました。
すぐに出ます。
衣服を整える時間をください。」
紅姫は、黄花のくちを手で押さえていた。
紅姫
「すまない。
いま、黄庵が女性だと知ったら、驚きすぎて気絶されるかもしれません。
トイレにいたことにしてくれますか?」
黄花
「そうですね。
では、出ましょうか?
その前に、お背中を流させてください。
すぐに済ませます。」
紅姫
「ありがとう。 黄花。」
◇
月夜がいる部屋に紅姫がもどった。
月夜
「紅姫、すまないね。
湯冷めして冷えるといけないから厚着をしてください。」
紅姫
「お心遣い、ありがとうございます。」
遅れて、黄花が入ってきた。
黄花 黄庵
「いいお湯でした。 ありがとうございます。」
月夜
「黄庵さん、家の中にいたんだね。 良かった。
どこにいたの。」
黄花
「その、おなかが冷えてしまったようで、厠※にいました。」
※トイレ、お手洗いのことです。
月夜
「そうだったんだ。 家の中に居てくれて、ホッとしたよ。
紅姫、ごめんね。 お風呂に入り直しますか?」
紅姫
「大丈夫です。
安心したら、お腹が減りました。」
月夜
「そう、じゃあ、用意するね。
ボクもお腹がすいてきたよ。
夜だから、白菜とお揚げをたっぷりと入れた、蕎麦にしたよ。
さあ、紅姫、黄庵さん、食べてください。」
美味しそうなにおいと湯気が立ち込めた。
月夜
「いただきます。」
紅姫、黄花
「「いただきます。」」
3人は、おなかがふくれて、人心地がついた。
◇
月夜
「さてと、黄庵さん、夜寝ている間に、黄庵さんの服を洗濯しておくから、寝間着に着替えたら、ボクに渡してね。」
黄庵 黄花
「月夜様、ありがとうございます。」
紅姫
「月夜様は料理だけでなく、洗濯もできるのです。」
黄庵 黄花
「まあ、月夜様は家庭的なのですね。」
月夜
「まあね。 じゃあ、当初の約束通り、黄花さんの居所について知っていることを教えてください。」
黄庵 黄花
「目の前にいます。」
月夜
「えっ? ここには、ボクと紅姫と黄庵さんしかいないよね。」
黄庵 黄花
「ですから、わたしの医者としての名前が黄庵で、本当の名前は黄花です。
それから、わたしは男性ではなく女性です。」
月夜
「女性にしては髪の長さが短くすぎませんか?
多くの女性は、肩にかかるくらいの長さにしますよね。」
黄花
「医術の研究に多くの時間を割きたいので、髪の毛を洗ったり乾かす時間を短縮するために、髪の毛を短くしているのです。」
月夜
「へえ、黄花さんって、頑張り屋さんなんだね。」
黄花
「ありがとうございます。
ところで、私の名前「黄花」という表札がかかった部屋なのですが・・・」
月夜
「紅姫、ボクはびっくりしているので、代わりに説明してくれますか?」
紅姫
「かしこまりました。 黄花、こちらへ。」
黄花の部屋の扉は開いた。
そして、黄花の荷物も不思議な力で、部屋の中にテレポートしてきた。
黄花
「月夜様、紅姫様、わたしもいっしょに住ませてもらえませんか?」
月夜
「どうぞ。 いいよね。 紅姫。」
紅姫
「もちろんです。 ようこそ、黄花。」
月夜
「もうボクより、仲いいんだね。
うらやましいよ。」
黄花
「月夜様、紅姫様、ありがとうございます。
おふたりと一緒ならば、わたしの本願も叶いそうです。」
月夜
「黄花の本願って、なにですか?」
黄花
「ひとりでも多くの患者を治療することです。」
月夜
「素晴らしい本願だね。
協力しようか? ね、紅姫。」
紅姫
「もちろんです。」
ボクの二人目の美女である黄花が仲間になった夜でした。
◇
イウラ《ガイド音声》
「ルウナ、おめでとう。」
月夜 ルナ
「ありがとう、イウラ。」
ボクは久しぶりに夢の中でイウラとおしゃべりした。
イウラはボクの最初の友達だ。
つづく
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