王宮女官採用試験浪人 ミーナの合格体験記
ここは、王宮女官採用試験を受験する子女が通う受験予備校。
桜の咲き始める季節に、長く苦しい戦いを終えた受験生たちが喜びの報告に予備校を訪れる。
そして、見事に合格を勝ち取った受験生の合格体験記は、予備校にとって何よりの財産であり、また次の有望な生徒を集める説得力と広報的価値を生み出すものだ。
今日も、予備校の女塾長は、少々遅い合格の報告に来た受講生を捕まえて、空き教室でインタビューを行っているところだ。
名前:ミーナ・イェーツ
家格:下級貴族
出身校:サルビア女学校
浪人回数:3回
受験した職種:王宮女官採用試験一種
内定先:離宮
Q1 まずは内定先と内定した感想についてお聞かせください。
A1
私、ミーナ・イェーツは離宮に行くことが無事に決まりました。
模試では一度もB判定以上が取れなかったので、今年もダメなんだろうなと思っていたので、望外の結果に驚きを隠せませんでした。
Q2 ミーナさんは三浪とのことですが苦しかったですか?
A2
辛かったですね……
何が辛いかって、家族から蔑むような視線を向けられてたことです。
一浪目の時はまだ、家族も優しくて励ましてくれてたんですけど、これが三浪にもなると厳しい目が向けられて家に居づらかったです。
Q3 それは辛いですね。
A3
家に居づらいから外出して飲み屋さんで飲んだくれていたら、それを家族に見られまして……
その目はより厳しさを増して、汚物を見るような目になっていましたね。
Q4 浪人中に心がけた事は何でしょうか?
A4
遅寝遅起きですね。
前述の通り家族とは気まずい関係になっていましたので、出来る限り顔を合わせないようにしていました。
Q5 浪人中のタイムスケジュールはどのような?
A5
昼過ぎに起きて、ちょこちょこっと勉強して、日が落ちたら飲み屋さんに行って飲んだくれて、家族がまだ寝ている時間に朝帰りって感じですね。
Q6 1日の勉強時間は?
A6
やって1日3時間くらいでしたかね。現役と1浪目の頃は、ちゃんと倍以上の時間勉強していたんですが、浪人の年数を重ねるごとに勉強時間は減っていきましたね。
Q7 何故勉強時間が減っていったんでしょう?
A7
単純に勉強に飽きたんでしょうね。予備校の授業も同じことの繰り返しだし。
Q8 これ予備校のインタビューなのを忘れないでくださいね。
A8
す、すいません。謝礼の分はちゃんと真面目に答えます。
Q9 話を戻します。浪人したにも関わらず勉強時間が減ったのは、やはり飲み屋さんに通っていたのが原因なのでは?
A9
そうなんでしょうね。
けど、飲み屋さんの常連として通った時間については悔いはありません。
Q10 常連と言えるくらい飲み屋に通っていたんですか?
A10
はい。最初は家族と一緒に居る時間を減らすために行ってみたらドップリとはまってしまいました。
Q11 ドップリとは具体的にどれくらい?
A11
週5…… いや、6ですかね。流石に、週1で休肝日は設けないとと思いまして。
Q13 よくお金が続きましたね?
A13
お小遣いじゃ流石に賄いきれないですよ。常連の人によく奢って貰ってました
Q14 また話が脱線してきてますね。話を勉強に戻します。じゃあ、少なくとも週1では終日勉強する日があったんですね?
A14
いいえ。その週1の日は、常連の仲の良い人と遊んでました。
Q15 遊んでいた⁉
A15
はい。休肝日やスポーツトレーニングと一緒で、完全休養日を週に1日は設けるべきだと聞きましたので。
Q16 それは日頃ハードに追い込んでいる人たちのためのものです。
A16
私も、肝臓をハードに追い込んでいましたよ。
Q17 ミーナさんはともかく、受験生には息抜きは必要ですね。ミーナさんはともかく。
A17
なんで同じこと2回言ったんですか?
あ、強調構文ですね。勉強していた頃がもはや懐かしいです。
Q18 息抜きで具体的に何をして遊んでいたのですか?
A18
色々です。
外でスポーツをしたり、公園を散歩したり、剣闘士競技を観戦したり、乗馬に連れて行ってもらったり、普段とは違うお店に連れて行ってもらったり。
Q19 最後の、お酒飲んでないですか?
A19
お酒に合うお料理のお店だった時は……
Q20 じゃあ週7で飲んでたんじゃないですか。
A20
結果、そういう週もあったってことです。
Q21 常連で通っていたお店はどんなところだったんですか?
A21
通っていたお店は大衆居酒屋さんなのですが、お店の大将は王宮の厨房で働いていたこともある方で、凄く料理が美味しいんですよね。
Q22 そのお店で同じ常連さんと知り合ったと?
A22
ええ。メガネをかけて金髪の長髪を後ろで縛った素敵な方です。
店主の大将には失礼ですが、大衆居酒屋には似つかわしくない上品な人だなというのが第一印象でした。
Q23 素敵な方って…… もしかして殿方なんですか?
A23
はい、そうなんですよ。
お店では『アーさん』って呼ばれてました。
あ、お店ではあだ名で呼び合うんですよ。
私はミーナだから『ミーちゃん』と呼ばれてました。
Q24 もしかしてアーさんとは男女の仲に……
A24
それは誓ってなかったですよ。これでも、浪人生の身の上でしたから。
Q25 そ、そうですよね。受験生に恋愛はご法度ですよね。
A25
はい。
Q26 あれ?先ほど、仲の良い常連の方と遊んでいたというのは……
A26
アーさんとですね。
Q27 殿方とうら若き乙女が2人きりで?
A27
はい。
Q28 デートじゃないですか‼
A28
定義は人それぞれだと思います
けど、いつもデートの終わりの時に…… あ、結局デートって言っちゃった。
アーさんったら、毎回デートの時にちょっとドキドキするようなことを言ってくれて、照れ臭かったです。
Q29 ド、ドキドキすることって具体的にどんな?
A29
私の事を抱き寄せて、
『ミーちゃんが世界一可愛いよ』とか『このまま家に連れ帰って一生飼いたい』とか
私の耳元で囁くんですよ。
Q29 あ、あれでしょ? 素敵な殿方って言っても、アーさんって結構歳の差があるオジサマとかなんでしょ? そうなんでしょ? そうであってくれ!
A29
いいえ。20代前半の方です。イケメンでお金払いも良くて。
Q30 ガンッ!(インタビュー机を拳で殴る音)
A30
どうしました? 虫でもいましたか?
Q31 もう面倒なので、試験本番の時を教えてください。
A31
なんか投げやりになってませんか?
Q32 気のせいです。で、どうだったんです?
A32
3浪目の試験の時は、最早達観してましたね。
妙に落ち着いていたというか。
Q33 今までの話を聞いてる限り、合格する可能性ゼロですよね。
A33
それが、奇跡が起きたんですよ。
Q34 奇跡? いいですね。予備校の合格体験記はそういった逆転劇が大好きですからね。
A34
面接試験の時です。
面接の部屋に入ると、何とビックリ!
アーさんが面接官としていたんですよ。
Q35 え⁉
A35
あの時はビックリし過ぎて、結局面接試験では何を話したのか、よく覚えていません。
けど、アーさん以外の面接官である王宮女官の人たちがソワソワしていたので、アーさんって実はすごく偉い人だったんだっていうのは解りました。
Q36 なるほど。あなたのような飲んだくれで、殿方にうつつを抜かしていた人が何故、王宮女官採用試験に合格できたのかと不思議でしたが、合点が行きました。採用担当の偉い人と強力なコネがあった訳ですね
A36
いえ、試験は不合格でした。
Q37 え?
A37
え?
Q38 不合格だったんですか?
A38
はい。
Q39 3浪目の受験も失敗に終わったと?
A39
はい。
Q40 っしゃ‼ ざまぁあああああ‼ じゃないです‼ これ合格体験記ですよ⁉ 何、落ちてるのに取材受けてるんですか!
A40
内定先の報告に来たら、是非に合格体験記の取材をと受付の方に引き留められて、あれよあれよと、この席に座らされました。
Q41 ああ。じゃあ王宮女官採用試験はようやく諦めて、他のお仕事に就くことになった報告をしにきたのを、受付の事務方が勘違いしたってことですか。
A41
どうやらそのようですね。
Q42 じゃあインタビューはこれで終わりでいっすね。お疲れっした~。
A42
あ、もう終わりですか? 話にはまだ続きがあって……
Q43 お互い無駄な時間でしたね。こちらの手違いなので、インタビューに付き合っていただいた謝礼はお支払いしますから。
A43
あの……仕事は王宮女官じゃないんですけど、内定先は離宮なんです。
これって、予備校の合格実績になりますかね?
Q44 ん? 王宮女官採用試験に不合格になったのに離宮に内定? どういう意味です?
A44
話は王宮女官採用試験の不合格通知が来た日にさかのぼります。
私は、アーさんが面接官にいた事で、
『これ確実に合格でしょ』と浮かれていました。
家族にも今回は行けたと自信満々で報告して、少し家族が優しくなったのを覚えています。
Q45 まぁ、流れ的にそうでしょうね。
A45
けど、結果は不合格でした。
私は、頭が真っ白になって、気付いたらいつもの飲み屋さんにいました。
Q46 無意識で飲み屋さんに行ってるって、もはや病気の域ですね。
A46
私はお店のカウンターで泣きじゃくって大将に大迷惑をおかけしていました。
すると、アーさんがお店に来たんです。
Q47 ほぉ……
A47
私はアーさんに思わず、聞いてしまいました。
『なぜ私を不合格にしたのか?』と
するとアーさんから
『君は王宮女官にはふさわしくないからだ』と言われました。
Q48 っしゃ!ざま っと失礼。それでそれで?
A48
なんで今日一の続きが気になるって顔してるんです?
さっきはインタビュー終わらせようとしてたのに。
Q49 気のせいですよ。それより早く続きを。カタルシスを。
A49
は、はい。私はアーさんの言葉を聞いて、膝から崩れて泣きじゃくりました。
すると、アーさんが跪いて私の目の前で何かを開きました。
Q50 不採用通知ですか?(ワクワク)
A50
いいえ。涙でぼやけた視界に映ったのは、大きな宝石のついた指輪の入った宝石箱でした。
Q51 は?
A51
『ミーちゃん。君は王宮女官ではなく、将来の王妃として私の横にいて欲しい』とアーさんが跪きながら私に哀願していました。
Q52 はぁぁ?(強め)
A52
『こんなに私の心の中をグチャグチャしたアーさんの事なんて嫌いです!』
と、泣きじゃくりながら私は言いました。
Q53 はぁぁぁぁぁあああ⁉(かなり強め)
A53
『それは申し訳ない。僕が一生をかけてミーちゃんの傷ついた心を癒すよ。君は僕のお嫁さんとして花丸合格だから』
とアーさんは…… いえ、アルヴィン王太子殿下は仰って、私のことを抱きしめました。
私は、また涙で視界がぼやけながら、殿下を抱きしめ返しました。
Q54 アーさんの正体は、アルヴィン王太子殿下だったと⁉
A54
変装して素性を隠して、夜の町に繰り出すのが好きだったみたいで。
Q55 じゃ、じゃあ……内定先の離宮っていうのは……
A55
はい。離宮で王太子妃として内定しました♪
Q56 …………
A56
あれ?
あの…… インタビュー終わりですかね?
じゃあ、合格体験記のチラシ出るの楽しみにしてまーす。
「はっ‼」
ミーナが予備校を後にしてからしばらくして再起動した塾長は、慌てて建物の窓から外を見た。
ちょうど、仰々しい馬車が予備校の前から王宮に向かって走り出した所であった。
どうやら、先ほどの話は妄想ではなく事実のようだ。
ここで、塾長はインタビュー中にメモした、ミーナの合格体験記の下書きメモに視線を移し、しばらく考え込んだが。
「こんな夢物語、予備校のチラシに載せられるか!」
塾長は、下書きメモを床に叩きつけた。
しかし後日、王宮女官採用試験予備校のチラシの合格実績の欄には、ちゃっかりと以下の大見出しが踊っていた。
『今年度合格実績 王太子妃 1名』
と。
登場人物紹介
○ミーナ・イェーツ (ミーちゃん)
本作の主人公
王太子妃になって離宮で暮らす。
なお、将来の王妃候補としてベテラン女官からスパルタ教育をされて、ヒーヒー言っている模様。
人生はそんなに甘くない。
○アルヴィン王太子殿下 (アーさん)
ちょっとヤンデレ気味。
今でも度々、変装して町に繰り出している模様。
○常連の大衆居酒屋の大将
元王宮の副料理長
当然、アーさんの正体は最初から知っていた。
仲人として2人の結婚披露宴でスピーチしたのが、人生で一番緊張した出来事。
○女官採用試験予備校の塾長
本作の準主人公
王宮女官採用試験予備校は講師も生徒も女性ばかりのため出会いが無く、独身アラサー。
本作で一番幸せになって欲しいと作者が勝手に願っている人。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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