光る海 (19チハルの決断)
「ねェ、ママ。」とチハルがミチルと祝勝会を終えて、家に帰ってから二人きりになった時に聞いた。「ん?なァに。」とミチルが聞いた。「チハルはこれからどうすればいいの?」とチハルが言った。(ああ・・例の件ね・・)とピン、ときたミチルだった。「明日、ママの友達に色々連絡を取ってみるから、もう少し待って頂戴ね。」とミチルが言った。・・・そして次の日。・・・
「・・と、言うわけで、里子。チハルのレッスンお願い出来ない?」と早速友人である、もとプロゴルファーの里子に電話をしているミチルがいた。「ミチルの娘って、今いくつだっけ?」とミチルの友人の里子が聞いた。「今年、18歳になるのよ。来年は大学生なる。」とミチルが答えた。「ふ~ん。花の盛りね。でも今時の子にしちゃァ~珍しいんじゃない?自分から光り輝こうなんて。」と里子が言った。「そうかなァ?まァでも、今まで生活が乱れていた事にやっと、自分で気づいてきたみたい。まァ、起爆剤がよかったからね。」とミチルが言った。「あら?そんなにいい、起爆剤あるなら私にも教えて頂戴よ。」と里子が笑いながら言った。「フフフ・・それは、後々教えてあげる。で、コーチには、いつから、なってくれるの?」とミチルが聞いた。「そうねェ~木曜日の午後7時から9時までで一回目の研修してみるわ。スポーツウエアとシューズは用意しておくわ。授業料は特別受講と言う事で高いですからね。」と里子が言った。「ハイハイ。分かりました。それでお願いをいたします。じゃあ、娘は今度の木曜日午後の7時までに連れて行くから宜しくね」と言って電話を切った。そして、その木曜日の当日。ミチルの友達の所に向かうチハルがいた。「ここですね、お嬢様。」と言って運転手の後藤が車内からビルの看板を見上げながら言った。看板には霧島スポーツジムと書いてあった。(スポーツジムかァ・・・)と思いながらチハルはジムの扉を開けた。「いらっしゃい。」と明るい笑顔でチハルに声を掛けるミチルの友人の里子がいた。「チハルさん。?・・お母さんの友人の霧島里子です。よろしくね。」と霧島がチハルに言った。「はい。これから、よろしくお願いをします。」とチハルが軽く会釈をしながら挨拶をした。「そうね、大体の事はママから聞いているわ。厳しくコーチするつもりなので音を上げないで頑張って頂戴ね。」と言いながら左手でチハルの顎に手をあてて、くいっ!と持ち上げた。「若いから、張りのある顔立ちだけど、肌は大分荒れているわね。取り敢えず今日は、ロッカールームで、着替えてから、上の階にあるサーキットトレーニングで汗を流して頂戴」と言うと「木村さん。」とスタッフに声を掛ける里子だった。木村と呼ばれた女性のスタッフが二人の傍にくると、「彼女をロッカールームで着替えさせてから、トレーニングルームで、ランニング30分。スローでいいわ。お願いね。」と里子が言った。」「わかりました。」と木村と呼ばれた女性が答えてチハルをロッカールームへと案内した。ランニングマシーンのスイッチを入れるとジョギング程度のスピードでコンベアーが動き出した。合わせてチハルも走り始めた。「30分すると、自動でストップしますが途中で苦しかったり、具合悪い時にはここの、赤い停止ボタンを押してください。」そう言って木村と呼ばれたインストラクターは赤いボタンを指差した。「わかった。」とチハルが答えた。30分走ると汗が滴り落ちた。「どう?結構、気持ちいいでしょ?」と、あとから現れた霧島に言われた。はァはァと息をあげながら心で、(ぜ~んぜん、気持ち良くないんですけど。)と思いながらも「ハイ」と答えるチハルだった。「木村くんか、私があなたに付くようにするので、学校の空いた時間に、何時でもいいから、事前に予約確認してから、いらしゃい。なるべく間隔を開けないで体を絞っていかないとダメ。炭水化物も、なるべく避けて、夜9時以降の飲食は禁止。11時には就寝すること。絶対夜更かしはだめ。夜9時以降の飲食は禁止。お酒、喫煙は、もちろんだけど、絶対にダメ。今言える、最低の条件は以上だけれど、これ位、守れない様では、光り輝くなんて、到底無理だから・・自分と戦うんでしょ?わかったわね?」と霧島に念を押されたチハルがいた。
「ふ~ゥ!!」と言いながら運転手の後藤が待つ車に乗り込んだチハル。「お疲れさまでした。お嬢様。」と運転手の後藤が言った。「まっすぐ、お屋敷に戻られますか?」と後藤が続けて聞いた。「お願いします。」とチハルが答えた。家に帰るとミチルがニコニコしながらチハルを迎え入れた。「どう?結構、大変だったでしょう?」とミチルが言った。「足腰、ガタガタ。お腹、ペコペコ。今、何時?」とチハル言った。「9時20分になるわ。急いで食事の用意をしてあげる。」とミチルが言うのを遮る様に「9時以降なら、食べない。我慢する。その代わり朝食を食べるから7時には起こして頂戴。シャワー浴びて寝る。」と言って2階に上がって行った。(あらあら、朝食を食べるなんて・・もしかしたら高校に入ってから初めてなんじゃァないかしら?)とミチルは嬉しそうに思った。そんな、規則正しい生活を送り始めたチハルだった。5月の大分県にあるオートポリスでの一樹のレースが始まるためミチルと、一樹、チハルの3人は羽田空港から大分空港に向かった。どうしても、付いて行くというチハルも一緒だった。3人を出迎える様に大分の空はまさに、五月晴れだった。空港には一足先に陸路で到着していたマサミツヘッドとヤストモが3人を出迎えてくれた。「お嬢さん、お疲れさまでした。」とヘッドが言った。「ヘッドもね、お疲れさまでした。陸路大変だったでしょう?康友君もありがとうねェ~。」とミチルが労をねぎらいながら言った。「いやァ、大好きな仕事ですから・・。気にしないで下さい。」とヤストモが言った。ヘッドが「それじゃア、ホテルの方にご案内します。」と言って駐車場に向かった。駐車場には宿泊先のよろず屋の小型の送迎バスが止めてあって、それにオーナーとヘッドを含む5人全員が乗った。「一樹、大分県は初めてか?温かくてすごいだろ?」とマサミツヘッドが言った。「はい。九州地方は初めてです。本当にすごいですね、暑い位です。」と一樹が答えた。「明日から乗り込んでくれ。相変わらずの、ぶっつけ本番になるがしょうがない。まッ無理せず明日は体を慣らすことと、コースを覚える事だな・・。」とヘッドが言った。「はいッ!」と返事をする一樹。そんな会話をしているうちに、今日から三日間ロードランナーのチームが宿泊する新田温泉にあるよろず屋に着いた。ロードランナーの面々が宴会場にそろった所でミチルが言った。「今回で。ロードランナーがオートポリスサーキットに来るのは3度目になります。前回はモテギでみんなのお陰で優勝出来ました。当然、ここ。オートポリスサーキットも勝ちに行こうと思っています。みんなも楽しみながら頑張って下さい。今日から3日間、我々はプライベートチームなので楽しみましょう。・・・カンパ~いッ!!」とミチルが言った。それに続いて全員が「カンパ~いッ!!」とお互いに声を掛け合った。
明けて金曜日。午前9時から公式練習が始まった。「今までのデーターを解析して、多分、一番乗りやすいセッテイングにしたつもりだ。でも、何か違和感があったら言ってくれ。調整してみるから。」とマサミツヘッドが一樹に言った。「そういえば、ここのコースレコードを持っているの、お前と同じ名前で渡辺一樹って言うんだぞ。カワサキのZXに乗っていて、相当速いらしいぜ。」とヤストモが一樹に言った。「大丈夫よッ。!一樹は一樹。アンタには誰も勝てやしないわ。」と、一度一樹の方を見ながら、「余計なプレッシャーは掛けないでよね・・・。」とチハルがヤストモをキッ!!と睨め着けながら言った。「ォォ~ッ!!」とスタッフ達から歓声が上がった。「何よッ!!」と言いながらみんなの方に、キツイ視線を送りながらチハルが言った。するとまたみんなから「ォォ~ッ!!」と声が上がって更に追い打ちをかけた。「あれェ~ッチハルさん?何ムキになってんすかァ~」とヤストモが笑いながらチハルをからかった。更に、「あれェ~ッひょっとしてあれっすかァ~一樹の事、好きなんすかァ~ッ!」と別のスタッフが言った。「もうッ!知らないッ!!ママァ~ッ」とミチルに泣きつくチハルだった。そんな中「コンチワァッ!」と言ってスポーツワイドの記者、小林が入って来た。「相変わらずロードランナーの皆さんは活気があって、仲が良くて余裕がありますねェ。」と小林が言った。「余裕?・・ねえ~よ、そんなもん。」とマサミツヘッドがぶっきらぼうに応えた。「まァたァ、今回もブッチギリの優勝候補ッすよ。ここ、ロードランナーさんは。」と小林が言った。「何、あおっているんだかッ?・・全てが初めてのドライバーには大変だってことくらい、解ってるんでしょうに。」とマサミツヘッドが言った。「でも、今までも全部、クリアーしてきたじゃァないですか。今回も私を始めほとんどの人が海原選手の断トツのトップを期待しているんですけどねェ~。」と小林が言った。「言うのは簡単だが、まァ~全力は尽くしますよ、なァ、一樹。」とヘッドが言った。「ハイ。がんばります。」とそのやり取りを聞いていた一樹が言った。「で、どうなんですか?調子の方は?」と一樹に向かって小林が聞いてきた。「体調は絶好調ですよ。レースに向けてはこれから、乗って見るので、乗ってみてから考えます。」と一樹が答えた。「体調が万全なら海原選手、余裕で大丈夫でしょう?」と小林が言った。「いやァ~今まで余裕を感じた事、一度もないっすよ。だって、いつコケてもおかしくない走りでしか走ってないですもん。」と一樹が答えた。「確かにワークス相手のレースですから致し方ないとは思いますが・・。応援してますので頑張ってください。それじゃア、お忙しい所ありがとうございました。」と小林が言った。「はい。がんばります。」と一樹が答えた。「あれが、海原?」とカワサキのワークスドライバーに今季から、なった渡辺一樹が公式練習に出て来た一樹を見て言った。「ゼッケン27だから、そうだろうな」と渡辺のメカニックが答えた。「俺と同じ名前って、意識しちゃうんだよね。」と渡辺が言う。「まァ、でもここではお前には適わないだろう。いくら、アイツが天才と言われてもさ。」とメカニック担当が言った。「どうかなァ?相手は天才だからなァ・・」と渡辺が言った。「まァたァ。とぼけちゃって。お前カワサキのワークスになって、更に速くなってんだから、自信もっていいよ。でも、意識しすぎてコケんなよ。」とメカニックが笑いなが言った。(前半はスピードコースで第二ヘアピンからテクニカルコースに。最終コーナーは倒れっぱなしのアクセルオン、つうことで行ってみッカァッ!)とサーキットのレイアウトを思い浮かべながら一樹が呟いて出て行く。(頼むぜ。俺のRC213V!!)クイッ!!とアクセルをオンにすると反応良く立ち上がる。(今日も、お前調子よさそうだなァ)と思いながら左手でポンポンとガソリンタンクを軽く叩いて挨拶を交わす一樹だった。「へェ~ッ綺麗で、無駄のない走りをするなァ、アイツ。」と渡辺が一樹の走りをモニターで見ながら言った。「でも、アイツ本気で走り出すと全然違う走りをするらしい・・。」と渡辺のメカニックが言う。「全然違う?って?」どういう事?と言った表情で渡辺がスタッフに聞いた。「なんでもマシンが転倒しながら走るそうだよ。」とスタッフが言った。「なんだ?それ?転倒したら、コースアウトじゃん?走れないじゃん。」と渡辺が言った。「でも、アイツはそこから起き上がって走り始めるんだって、話。」とスタッフも困惑気味に話した。「そんなの、幽霊じゃん。お化けじゃん。」と渡辺が呆れた表情で言った。「でも、お前もビデオでアイツの走り見たんだろ?」とメカニックが言った。「ビデオで写した角度では倒れてる様には見えなかった。確かに皆より、バンク角は深いと思うけど、まさか転倒は、オーバーでしょ?だって、転倒したら走れないっしょッ?まッ!アイツに、くっついて、走ればわかる事さ。俺もチョッと走ってくるワ。」そう言って渡辺はピットアウトして行った。少しして、一樹のマシンの後ろに渡辺が張り付いた。(別に何もかわらないな。普通の走りだぜ。本気走りじゃァ、ないって事か。・・・)渡辺は一樹の走りを見ながら思った。(しかし、こいつ・・・コーナーリングうめェ~わ。)と、一樹の走り方を観察しながら渡辺は思った。(さっきから、ぴったりと付いている一台のバイク。誰なんだろ?同じラインを走って来るこの人、うめェし、速いわ。)と一樹も又。渡辺の走りを見て思った。(でも、こんな走りなら、何時でも抜ける。)渡辺は思った。(んじゃ。・・・お先。ついて来れるなら付いて来ていいよ。))第二ヘアピン前で軽く倒し込むと一樹のインをあっさりと取ってそのまま、抜き去って行った。(どッひゃァ~!!何?あのカワサキ。インのインに入って来たァ。思わずバイク起こしちゃったし、アクセルも緩めちゃったよ。しかし?嫌がらせ?まァだ、公式練習中なのに明らかに挑発行為だよなァ。)一樹は思った。(まァだ、コースレイアウトも分からないから、けつに付い走って、教えてもらおうかな?)と一樹は思い、渡辺の後ろに、ついて走り始めた。(フフ、そう、ケツに付いて走って、最速ラインを教えてやるから・・・)と渡辺は思った。(ストレートはもちろん、全開ねェ~!)とクオーンッ!!とマシンを全開にして第1コーナーに向かって行く。一樹も同じく全開にして渡辺に付いて行く。少しアクセルを抜くだけでほぼ、全開のままで第1コーナーを抜けていく渡辺。(くうゥ!!ほぼ、全開かァ~!!)と一樹も全開にしながら同様にコーナーに入って行く。曲者はこの第一ヘアピンの前のコーナー、右に直角、少しすると左に緩いカーブ、そして第一ヘアピン。スピード殺すとダラダラしながらのコーナーを抜けて第一ヘアピンに入るけど・・・・俺は・・)そう、自分に言い聞かせると渡辺は、直角コーナー手前で3速まで減速・・そのままアクセルオフで直角に進入。立ち上がり重視で綺麗なラインをキープして抜けていった。(なるほどね、・・・やっぱり速い人だ。・・この人。)自分の進入速度と、立ち上がり速度が全然違う事に気が付いた一樹は思った。一瞬で3mほど一樹を離して行った渡辺は、(ふふん・・、やっぱりまだ、慣れていないんだろうなァ。)と思いながら少しずつ、しかし確実に一樹を離し始めていッた。(まだ、ダメだな。付いて行こうと思ったけど、無理っぽい。もう少し慣れたらもう一度チャレンジしてみっかァ・・・。)と一樹は思った。(なんだァ?余裕じゃん、俺。海原が離れて行ってるジャン!!。大した事ないぜ、余裕ジャン!)と渡辺は思った。「どうだ?一樹?」とピットインした一樹にヘッドが聞いてきた。「大体のコースレイアウトはインプット出来ました。後は乗せるだけです。」と、一樹が答えた。「ふふん・・、そうか・・・」と苦笑いを浮かべながらマサミツヘッドが言った。通常の状態なら、もう少し乗らないと乗せていくなんて言葉すら言えないはずなんだが、コイツはさすがだ。とヘッドは思った。「どうだった?アイツ?」と一方の渡辺一樹のスタッフが渡辺に聞いてきた。「いやァ~やっぱ、天才だよ!!・・アイツ・・・、じゃなくて、俺の方が・・・天才のアイツより速かったんだから俺が天才。だッぺ!!」と渡辺が言った。「マジ?」と渡辺のスタッフが聞いてきた。「ん~、コースに慣れてないと言うより、スピードが乗ってないよ、アイツ。」と、渡辺が言った。「マシンのセッテイングミス?」とスタッフが聞いた。「それもあるだろうけど…、思ってたほど、大した奴ではない感じ、だった。」と言う渡辺。「ははは・・・それは、お前がバカッ速い、からだろ?」とスタッフが言った。「ちげェ~ねェ~ッ。ハハハ・・俺の方がぜってェ~速ェ~ッ」と渡辺が言って、スタッフと二人で笑った。