光る海 (18 チハルの決断)
「ねェ?みんなは?」と、学校が休校日の為、休みだったチハルが2階から降りてきながら、女中の佐竹に聞いた。「みなさん、レースの為に居ませんけど・・」とチハルに佐竹が言った。「そうかァ、そうだったね。いつ帰ってくるの?」とチハルが佐竹に聞いた。「今日は金曜日ですから、あさって、日曜日の夜には帰って来ると思いますよ。どうされましたか?」どこにもお出かけにならないなんて、めずらしいと思いながら佐竹が答えた。「どこに行ったのかわかる?」とチハルが聞いた。「はい。わかりますよ。今日はモテギサーキットに行かれていますよ。」と佐竹が答えた。「それってどこにあるの?」チハルが聞いた。「確か栃木県ですかね?」佐竹が答えた。「じゃア、チョッと行ってくる。」とチハルが言った。「行くって!どこにですか?」慌てて佐竹が言った。「モテギサーキット。」と簡単に言うチハル。「駄目ですよ、お嬢様。勝手に見ず知らずの所に行くなんて。私めが、奥様に叱られてしまいます。」と慌てて佐竹が止めに入った。「大丈夫だって。今はスマホがあってモテギサーキットって入れれば、・・ほら、この通り・・・」と言って佐竹にチハルの携帯を見せながら説明をした。「確かに、そうでしょうが、もし何らかの事があって奥様と行き違いになったら・・・やっぱりダメですよ。知ってる所ならいざ知らず、知らない土地では何かあったら・・・奥様に申し訳がたちません。」と、がんとして折れない佐竹がいた。「わかった、わかった。ママに今から電話するから・・・」そういってチハルがミチルに電話を入れた。「あッ!ママ・・ん、私だけど、今から私もそっちに行くから。そう、ツインリンクもてぎでしょ?。大丈夫もう、携帯で調べたから。オッケイ。大丈夫、高速バスで行くから。」とチハルが言った。「女の一人旅って賛成しないけど、まッ、いいわ。可愛い子には旅をさせよって言うしね、何かわからない事があったら電話するのよ。」と言って電話を切った。「OK。ママの了解も貰ったから、佐竹さん行ってくるわね。」そう言ってチハルは喜んだ表情で家を後にした。(まったく、来るなら最初から一緒に来ればいいのに。)とミチルはそう思いながらも若い娘が一人で知らない土地に来ることを内心、心配をしていた。(なんで?今まで一度も来たいなんて言ったことがない娘が・・急に?)と考えながら、一樹の顔が思い浮かんだ。(そっかァ、彼に会いたかったんだァ。)と内心可愛くも、やるせない女心がわかる気がしたミチルだった。東京駅から高速バスでツインリンクもてぎまでの直行の便があったらしくて無事にチハルが母親と再会できたのはミチルとチハルの二人が電話をかけ終えた、おおよそ5時間後であった。次の日の土曜日の予備予選も順当に勝ち上がった一樹が最初から他を圧倒し無事にポールポジションを獲得した。あけて、日曜日。決勝の日。
場内アナウンスが言った。『さァ、いよいよ始まりました。全日本ロードレース選手権の第一戦。ポールポジションを取ったのは海原一樹選手。ロードランナー所属、マシンはホンダのRC213V若干18歳の若手です。セカンドポジションはヤマハの斎藤真司選手3位に着けたのは同じくヤマハの千葉陽介、4位にはホンダの田中春樹、5番手スズキの石神選手。6番手同じくスズキの小林卓斗、7番手ヤマハの石橋純次選手、8番手にヤマハの大黒正勝9番手カワサキの山崎卓、10番手ヤマハの安藤ケイスケ、11番手スズキの台正樹、12番手ホンダの大野翔平・・・・13番手・・・』と最後尾までの28選手の紹介をする場内アナウンス。『さァ、いよいよ28台の火ぶたが切って落とされようとしています。・・・今スタートが切って落とされました。第一コーナーに,全車がなだれ込んで・・・・ヤマハの斎藤が、トップに出る。2番手に海原、そして3番手にヤマハの千葉。4番手にホンダの田中。おおっとッ!ここで海原が再び抜き返してトップにでたァッ!』と実況の宮部アナウンサーが言った。「一樹ッ!!」とチハルが思わず声を上げた。ミチルがその様子を見てチハルの肩を抱きしめながら「彼は大丈夫よ。断トツに速いもの」そう言ってチハルを安心させようとしていた。モニターを食い入るように見つめるミチルと、チハル。しかし、二人の心配をよそに、一樹はジワジワと後続を引き離して行く。『黒沢さん、やはり海原選手速いですね』と実況中継をする場内アナウンスが流れる。『ねェ~、異次元の走りと速さですからね、彼には誰も付いて行けませんね。』と黒沢が言った。『いやァ~、本当に驚きです。初コース、初マシン。全日本選手権2戦目でこの速さです。海原、他をまったく寄せ付けません。』と場内アナウンサーの宮部が言った。「本当に、すごいわね、彼」とミチルが言った。「ですねェ~。ヤストモとも話していたんですが全9戦で1勝でも、したらすげェ~なァ~って。でも、全勝利あるかもしれませんね。未だかつて無いパーフェクトウィン、あるかも知れませんな。」と満面の笑みを浮かべてヘッドが言った。「パーフェクト勝利・・・ですか・・・。」と、言いながら、あるかも知れないとミチルは思った。『いやァ、すげェ~よなァ~アイツ。バイクのレースやるために生まれて来た天才なんだな、恐怖心とか全然関係ないんだなァ、気持ちよさそうに走っているもんなァ』と観客の一人が呟いた。そしてその声はやがて観客席に大きな歓声とウエ~ブを巻き起こして行った。一樹の走るところが一緒になってスタンディングオベーション現象が大歓声と、ともに巻き起こった。チハルは次第にこの大歓声に興奮してきていた。(凄いね、一樹!あなたってこんなに皆に応援されているんだね。みんなに、愛され始めているんだね。カッコいいよ一樹。私もアンタみたいにカッコよくなりたい。でも、今のままじゃダメだね。自分を変えないと、今日から、たった今から、今までの自分を悔い改めて直すわ。もっと、もっといい女に、魅力的な女になって見せる。この、大観衆のみんなを私の方に向けるいい女になってやる。一樹も光輝いていて。私も光輝いてみせるから。)そう心に決めたチハルだった。「あら?どうしたのチハル。」ミチルが、涙目になっているチハルに気付いて言った。「ううん。・・・一樹って、すごいなァって思って。ここで見ている人たちの気持ちを虜にして、応援してもらって、カッコいいなって・・・・ねェ~ママ。」とチハルが何かを訪ねるような口調でミチルに言った。「ん?なァに?」とミチルが聞いた。「チハルも一樹みたいになりたい。どうすればいいの?」とチハルがミチルに聞いた。(あらあら、すっかり一樹君に感化されちゃったのね)そう思いながら「そうねェ・・・色々あるわよ。スポーツ選手で活躍するとか。芸能界で有名になるとか。取り敢えず少しずつ試してみたら?何でもママの言う通りにする?」とミチルがチハルに聞いた。「うん。なんでもママの言う通りにする。だから。魅力的な、いい女の子にして頂戴。」と頼み込むチハルがいた。(おおッ!スゴイ変化だ。一樹君のおかげで一石二鳥どころか、一石三鳥にも四鳥にもなったわ。)と、ふふふと含み笑いを浮かべながらミチルは思った。
『さァ、海原残り一周となりました。しかし、まったく危なげなく全日本選手権の第一戦,モテギでのレースをまもなく終えようとしています。今、最終コーナーを断トツのトップで・・クリアーして、余裕すら伺える走りで・・・今・・チェッカーフラッグを、受けましたァ!!おめでとう!!海原選手・・・まずは、初戦を優勝で25ポイントゲットしました。2位にはヤマハの千葉。3位には同じくヤマハの斎藤真司選手、4位にホンダの菅原が入りました。いやァ、黒沢さん、終わってみれば海原選手、断トツのトップでした。いかがですか?振り返ってみて?』と実況の宮部が言った。『そうですねェ・・・我々色々な憶測の中で、例えばニューマシーンだの、初コースだの・・・色々言って、しまいましたが、彼には、まったく関係なかったですね。与えられたマシンで戦うだけ。という印象と、どこでも通用するというドライビングテクニックが強く感じられました。今までにない感覚で走っている彼の今後が非常に楽しみですね。』と解説の黒沢が言った。ウィニングランを終えて帰って来た一樹を「ヨォ~しッ!!よくやった!!」と一樹のヘルメットをポンポンッと軽く叩きながらマサミツヘッドが言った。一樹はこの瞬間がたまらなく好きだ。チームが一丸となって戦い、チームに貢献しているという充実感。上位にいればいるほど気持ちがいい。いや、やはり1位、トップでなければ気分は良くない、2位はやはり2位でしかない。やはり断トツのトップじゃなければ嫌だ。勝負事はなんでも1位じゃなきゃ意味がない。それぞれが頑張った証が1位となる瞬間がとても一樹には気持ちがよかった。『海原選手、インタビュールームの方にお願いを致します。』と係員に言われてインタビュールームに向かう一樹に、「一樹ィーッ!!スゲーッぞォ~!!」「おめェが、ニッポン1だァ~ッ!!」「一番ハエ~ぞォ~」「次もがんばれよう!!」とファンからの、物凄い声援が送られた。(うひゃァ~ッスゲーッ!!)と一樹は心の中で思いながら声援を送ってくれた方に向けて手を振って応えた。インタビュアーの男性が『海原選手、まずは第一戦、優勝おめでとうございます。』と言って来た。『ありがとう、ございます。』と一樹が答えた。『勝因は、ずばり何でしょう?』インタビュアーが聞いた『それは、やはりチームのおかげです。』と一樹が答えた。『ご自身の、走りが際立っていたからとは思われませんか?』とインタビュアーが聞く。『それは、特別感じていません、マシンがとても乗りやすかったから、優勝できたと思っています。』と一樹が答えた。『海原選手、タイムトライアルからとんでもないコースレコードを叩き出しましたが、それについては?』とインタビュアーが聞いてきた。『たまたま、偶然に出たタイムだと思っています。タイムを意識して走った事、一度もないです。ただ、走りやすい様に、マシンと相談してますけど。』と一樹が言った。『マシンと相談?と言いますと?』とインタビュアーが聞いてきた。『チームのデーターをインプットしたマシンですから自分ではセッテイングを変えません、マシンに合わせて乗ってます。マシンが嫌がるコーナリングとか走りはしないように気を付けて走っています。』と一樹が答えた。『あるんですか?マシンが嫌がる走り?』インタビュアーが聞く。『乗ってみればわかると思いますけど?』と一樹が答えた。『いやいや、無理ですから・・ハハハ・』と笑いながらインタビュアーが言った。『具体的にどういう事か、説明していただけますか。』とインタビュアーが一樹に聞いた。『説明しろと言われても困るんですが上手く言えないんです。ただ、一例をあげるなら、ハイサイドを起こしてしまう事もマシンが嫌がっている結果と思ってくれれば、わかりやすいかなァ?』と一樹が言った。『なるほど、嫌われると振り落とされる。ですかね?』インタビュアーが答えた。『そんな、感じですかね?ハイサイドを起こさないように、自分はなるべく、スムースな走りをするように心がけています。』と一樹が答えた。(ふふん。アイツらしい答え方だわい。しかし、それが難しいんだ。スムースな走り方が簡単ではないんだ。それこそがお前の天才たる走りなんだよ。そんな走りが出来るからこそ、お前は天才と呼ばれるんだ。・・・・)とインタビューを聞きながらマサミツヘッドは思っていた。『さて、本日2位に入賞いたしましたヤマハの千葉選手にお話お伺いいたします。いかがでしたか、本日のレースを振り返って・・・。』とインタビュアーが聞いた。『いやァ、今回は自信あったんですけどねェ~、ニューマシンでタイムも良かったし・・・プライベート参戦の海原君に負けたことはワークスドライバーとしては恥ずかしい、はずなんですが海原君は特別ですね。別格です。完敗ですわ。今回は何を言っても言い訳になりそうなのでここまでで、勘弁してください。』と言って悔しさを露わにした千葉がいた。『ワークスドライバーの千葉選手も兜を脱いだ感じの海原選手でしたが、本日3位に入った、同じヤマハの斎藤選手はいかがでしょうか?今日のレースを振り返って』とインタビュアーが聞いた。『いやァ、俺のコメントは千葉選手の言葉通りで海原選手に次回は負けないように、もう少し走り込んで来ますワ。』と斎藤が言った。『ぜひッ!次回のレースも頑張って下さい。お三方、今日はお疲れ様でした。以上、インタビュールームからお送りいたしました。』と、もうこれ以上、聞くに堪えないと思ったインタビュアーが言った。レース終了後、東京に戻ったロードランナーの面々は都内の飲食店、ダルマ屋を貸し切って祝勝会が行われた。ミチルオーナーが「みんな、今日まで3日間、お疲れ様でした。みんなのお陰で今年の第一戦を勝利することが出来ました。今まで祝勝会なんて、できなかったけれど、やっとこうしてみんなで優勝を味わうことが出来て、本当に嬉しいです。次回は5月13日から大分県のオートポリスで行われます。プライベートチームですので。仕事の関係上、来られない人もいるかもしれませんが、なるべく参加のほう、よろしくお願いします。当然ですが、日当と宿泊代金は風間建設より支給されますので、よろしくお願いをします。金曜日から今日まで、本当にご苦労様でした。それでは乾杯の音頭を取らせて頂きます。これより先は無礼講といたします。では・・・ロードランナー第一戦優勝おめでとう!!~カンパァ~ィイ!!」とミチルが言った。「おめでとう・・・カンパ~い!」とチーム全員が歓喜の声を上げてそれぞれを、祝福しあった。その、輪の中にはチハルも参加していた。お酒が飲めない一樹と、チハルはオレンジジュースで乾杯をした。「一樹、おめェ~本当にすげェ~わ。」とヤストモが一樹とチハルの所に割り込んで来て言った。「前の、ドライバーだった仁志と違って、性格もいいしなァ。」とヤストモが言った。それを聞いた別のスタッフから「そうそう、前のドライバー仁志は、大して速くもないくせに、態度悪いし、口も悪い、性格悪いし・・・もう、大変だったんだから。・・・」と別のスタッフが付け加えて言った。(ヒトシってそんなに、嫌われていたんだァ・・・)と脇で聞いていたチハルが思った。ヒトシは例の3人組の頭的存在でチハルと昔、付き合っていた。例の最終戦菅生のレースの時にもチハルと遊んでいてレースをボイコットした人物である。そのお陰で一樹がスカウトされたわけだが。「そういえば、アイツこの頃全然みねェ~けど・・・どうしてるんだ?」と誰かが言った。(アイツ、今保護観察処分を受けて熊本のおじさんの所にいってるはず。口が裂けても言えないけど)と、チハルは思った。「まァ、今日は一樹の祝勝会みたいなもんだから、ケチ臭い話は無だッ!所で一樹さァ、おめェ~女にもてそうだけど、彼女は?いねェ~のか?」と誰からともなく一樹に聞いてきた。「いねェ~っスよ!!俺、もてね~っスよ。マジで。全然。」一樹が慌てて否定した。「マジッ?マジで、もてねェ?うっそゥッ!!レース場であんなに騒がれてんのに?かわいい子、一杯おめェに声かけてだべ。・・・あれッ?ひょっとして・・・おめェ~あれか?もしかしてチェリーかァ~ッ?」と酔っぱらって来たヤストモが言った。一樹は飲んでいたジュースを吹き出しそうになりながら「ちょッ!何を言い出すンスか、ヤストモさん。やめて下さいよッ!・・・」と赤くなりながら一樹が言った。「あいやァ~ッ!コイツほんと~にチェリーボーイだわ。!!」ヤストモが更にけしかけた。周りからドッと笑い声が上がった。(やっぱり・・。)とチハルは思った。「や、やめて下さいヨ、ヤストモさん。」と一樹は酔った勢いで、からかうヤストモを必死になって止めた。「こら、ヤス。もうその辺で勘弁してやれ。」と、マサミツヘッドが言った。「はァ~い。」と言ってヤストモはふざけるのをやめた。そして「一樹、おめェ~さァあんな走り方して怖くねェ~のか?」とガラッと変わってぼそっと一樹に聞いた。「全然怖くねェっすよ。こんなに走れるマシンなんだといつも、感心して、しまいます。すげ~なァ、ロードランナーのメカニック。と走る度にいつもおもいます。ヤストモさん実はあの走りですが。実はもっと速く走れると思っています。あれ、まだ全開スピードじゃァないんです。」と一樹が言った。「なにイッ~!!,まじか?」「はい。もっと走り込めば・・・タイム上がると思っています。本当の全開走行ってヤツやってみたいと思っていますが。いつになるかは・・まだ分からないです。」と一樹が言った。 (ぐゥ~ッ!あれで、全開走行じゃないって言うのか?それが本当だとしたら、お前って化け物だナ)と、二人の会話を聞いたマサミツヘッドが思った。