第0話 プロローグ
薄暗い裏路地にある建物の中で、懐中電灯を持った警備員が廊下を歩いていた。
夜間の見回りゆえに、眠い目を擦って巡回する警備員。何事もなく業務を進める彼の顔が、
次の瞬間、驚きの表情に変化する。
警備員の背後から、何者かの気配が近づいてきたからだ。
気配を察知した警備員が後方を振り向く刹那、彼の首に掌の感触が静かに伝わった。
首という急所を握られた警備員が冷や汗をかく中、背後を取った男が小声で警備員に呟く。
「動くな、そして喋るな。俺の言う事を聞いてくれれば、手荒な真似はしない。
いいか?俺はここのボスに会いにきた。奴の居所を教えてくれれば、穏便に済ます事を約束しよう」
急所を確実に押さえつつ、口を開いた男は警備員に問いかける。
警備員が次なるアクションを取る前に、男は問答無用で彼に続けた。
「聞いた方が身のためだぜ、俺は能力者だ。もし抵抗するならお前に能力を叩き込んでやってもいい。
選択はお前次第だが、どうだ?従ってくれないか?」
その言葉を聞いた瞬間、警備員は息を呑み、観念したかのように男の指示を従った。
「ボ、ボスはここ最上階にいる。そこのエレベーターから行けるはずだ」
警備員は廊下にあるエレベーターに視線を移しつつ、男にそう答えた。
目的の情報を入手した男は、首から手を離しながら、警備員に礼を述べる。
「そうか、教えてくれてどうも」
すると男は警備員の元を離れ、エレベーターに乗り込む。
廊下から再び静寂が戻る中、警備員は懐から通信機を取り出し、仲間に侵入者の存在を伝えようとする。
しかし彼が取り出した通信機は、以前彼が見た様子とは明らかに違っていた。
その通信機…いや機械とも呼べるか怪しい見た目をした物体は、深く錆つき、表面はボロボロに剥がれ、
もはやガラクタの域をとうに超えた鉄屑になっていた。
警備員は目を丸くして驚き、ゴミと化した通信機を握りしめて、ゴクリと息を呑みこむ。
「く、くそ!いつの間にこんな…ま、まさかアイツの能力か!?」
なす術が無くなった警備員は、上階へと登っていくエレベーターをただ一人眺めることしか出来なかった。
「この通信機、ボロボロに朽ちてやがる。こんな能力持ってるやつなんて、一人しか思い浮かばねえ。
もしさっきアイツの言う事を聞いていなかったら、俺は今頃…」
警備員は再び、登っていくエレベーターに視線を移し、声を震わせて口を開く。
「恐ろしいやつだ、自警団筆頭”二階堂達“
まさかあんなやつが、ここまで攻め込んでるなんて…」
上階へと上がるエレベーターの中で、二階堂は瞳をゆっくりと閉じ、目的の人物との激戦を覚悟する。
彼は闘志を静かに燃やし、決意の眼差しを目に宿らせた。
「待ってろよ自警団の皆、必ず“奴”を仕留めて帰ってくるぜ」
エレベーターが最上階に着き、扉が開くと共に二階堂は、急いだ足取りで廊下へと繰り出した。
しばらくして奥に扉を見つけた彼は、思い切り扉を蹴破り、中の様子を視界に捉える。
すると部屋の中から、椅子に座った一人の男が、二階堂に向かって言葉を送った。
「なんだ?こんな真夜中に来客か?それも随分荒っぽい入室だな」
扉の向こうに立つ二階堂に向かって、中に居る男が鋭い視線を送る。
同時に二階堂もまた、眼光を鋭く尖らせ、語りかけてきた男へ睨み返した。
この男こそ、二階堂が追い求めていた“ボス”である。
「ついにその面を拝むことができたぜ、野郎…人攫いの仕事は順調みたいだな?おい」
「これはこれは自警団の筆頭サマじゃないか、どうかしたんだ?
俺ら組織の行いには、慈善集団の君らは耐えきれなかったのかな?」
男がニヤリと口角を上げると、二階堂は拳を硬く握りしめる。
「お前らの悪行はこれまでだ、ここでぶちのめして終わらせてやる」
「へえ、やってみろよ。この俺を見事倒してみな、もっともやれるならの話だが」
二階堂は男と直接対峙するため、扉を潜って部屋の中へと足を踏み入れる。
警戒しながら男との距離を着実に詰める二階堂、そんな彼に対し男は、急に不敵な笑みを浮かべた。
「…フッ」
「なんだ、何かおかしいことでもあったか?」
「いや?ただ狙い通りの展開になると、思わず笑みがこぼれちまうもんだ。分かるだろ?」
「狙い通りだと?一体何の話を…」
次の瞬間、部屋全体が激しい光に包まれ、中に居た二階堂の視界を眩さで奪った。
「ぐっ!?こ、これは!?」
「フハハハ!!引っかかったな!!俺の能力を知らずにここまで来たのが、お前の運の尽きだ!」
「き、貴様!!一体何を!?」
「俺の能力は【指定した部屋にいる人間を異世界にぶっ飛ばす能力】!!!
気づいた時にはもう遅いぜ!!お前をこの世界から消してやるよ!!」
部屋の光がさらに眩しさを増し、男の笑い声が部屋の四方に響き渡る。
二階堂はすぐさま入ってきた扉に飛び込み、部屋への脱出を試みる。
「くっ!くそ!!飛ばされてたまるか!!奴とはまだ戦ってすらいねえんだ!!」
「フハハハハ!!!戦う気なんかねえよ!!俺はハナから邪魔者さえ消せればそれでいいんだ。
早いとこ“むこう”へ行っちまうな!!」
二階堂の体が徐々に光に飲まれ消えていく、
視界が眩しさに覆われる中、彼は無念の思いで頭を埋め尽くした。
「くそっ!!こんなところで終わってたまるか!!クソ!!クソオオオ!!!」
部屋の光が極限にまで達し、大きな音を立てて周囲に明かりを照らし始める。
二階堂の姿を完全に光で隠し、中の様子が確認できないほど発光するその部屋は、
次の瞬間、何事もなかったかのように光を失い、薄暗い真夜中の闇を部屋全体に漂わせた。
しかし部屋の中に二階堂の姿はなく、あるのは勝ち誇ったかのように、椅子へ座り込む男の姿だけだった。
「じゃあな、哀れな異能力者さんよ。せいぜい異世界を満喫するがいいさ」
こうして二階堂は、この世界から姿を消したのだった。
~これより始まる物語は、異能力者を持つ主人公“二階堂達“が、
元の世界の敵を打ち破るために、異世界で冒険を繰り広げる、異色の冒険譚である~




