幽閉されし塔の中での生活1
ティーの1日は非常に忙しい。
特に「外」へ出かける時は。
そんなティーのある一日のことである。
まずは朝6時には起床。
ティーの銀のまつ毛に縁取られた、海を閉じ込めたような色の目がゆっくりと開かれる。
窓から差し込む光を浴びた彼女は驚くほど美しかった。
そしてそのままゆっくりと起き上がり、しばらくぼんやりと過ごす。
彼女は低血圧で起きてすぐは上手く頭が回転しないのだ。
たっぷり10分ほど経ち、ようやくベッドからモゾモゾと這い出た。
洗面所へ行き、顔を洗う。
そして身支度をする前にお湯を沸かして温かい飲み物をいれた。
今日はココア。
本当は牛乳で作りたいところ、牛乳は日持ちしないので頻繁には飲むことはできない。
幸いにも今日は買い出しの日。
夜には牛乳で作ったココアが飲めるはずだ。
そのココアをふたくち、みくちと飲んでやっとティーの頭は覚醒したのだった。
ココアを片手にティーは再び洗面所へ行き身支度の続きを行う。
長くて美しい天の川のような銀の髪をブラシで梳き、雪のように白い肌に化粧水を薄く塗る。
そしてかつては素晴らしく豪奢だったのであろう、刺繍とレースがふんだんに施された古いネグリジェを脱いで、外
出用の簡素な街娘のような服を着た。
今日の身支度はこれで完了。
次は、ティーに配給される1日の食事を受け取り、ゴミや洗濯物を指定の場所に置きにいかなければならない。
ティーはさっさと用事を済ませるために自室を出たのだった。
ティーはある王国の王女であった。
ただし幽閉されている、がつく。
現国王の前妻の子がティーで、本名はティファナという。
彼女の母親はティーがまだ12の時に亡くなった。
その後はよくある話ではあるが、継母が自分の息子を即位させるためにティーをなんだかんだいって閉じ込めたのだ。
本当によくある話(?)である。
しかし、そのような話は是非とも自分の身以外のところで起きてほしかった。
ティーは自分の身の上を考えるといつもため息をつきたくなるがそうは言ってられない。
だからティーは自分の知識と力でその状況でも強く生きていかざるを得なかった。
彼女が幽閉されている場所は、かつての王の愛人とその子どもが住んでいた塔である。
すっかり老朽化が進んだので使われていなかった。
一応水回りは使える。
しかし、隙間風は酷く、石畳の床は底冷えしてしまう。
それにも関わらず、現王妃が「古いけど家具は揃っているし、あの子は静かな場所が好きだし、丁度いいわ。」と、
ティーをそこへ押し込めたのだった。
そこから始まった監禁生活。
当たり前のように外へは出られないし、お付きの侍女たちはいなくなってしまった。
以前は王女として、次期国王としての教育を受けていたが、先生もいなくなってしまった。
母親と先生、頼れる大人がが急にいなくなり、呆然としているうちにティーは寂しい塔に閉じ込められていたのだった。
さっさと部屋のゴミと洗濯物をまとめ、自室にしている部屋から出た。
長い螺旋階段を下へ下へと降りて行き、塔の出入り口の前まで来るといつもの場所に持ってきたものを置く。
そして床に直に置いてある、1日分の食事等が入っているお盆と洗濯済の衣服を受け取った。
もちろん人とは出会わない。
現王妃はティーを人と接触させずに精神を病むのを待っているのだ。
そのほうが殺した後の言い訳がしやすいから。
そのため王女であるのにお付きの侍女や護衛の兵士はいない。
代わりに塔の出入り口に見張を置いていて、ティーがそこから出ると逆戻りさせられるということだ。
もしかしたらその場で殺されるのかもしれないが。
しかし、それはティーにとって好都合だった。
なんせ、塔の出入り口は一箇所だけではない。
もう一つあるのだから。
だから彼女は今日も元気に生活できる。
よっこいせと、彼女のか弱そうな腕には不釣り合いな重さの物を持ち上げ、また長い階段を上るのだった。
やれやれ、と自室に戻ると早速支給されたものを検分し始める。
以前は石けんやリネン類などの日用品ももらっていたが、ここ数ヶ月はそれすらない。
洗濯はしてくれるが、それもいつなくなるかわからなかった。
トレーの覆いを外すと、昨日よりも少なくなった粗末な食事が入っていた。
食事というよりむしろ残飯に近い。
1週間は放置してたのでは?と思えるほどカチカチのパン。
薄いスープには野菜の切れ端と肉のかけらが入っている。
そしてメインの川魚のソテーに使われている魚は腐る寸前で、しかも内臓は処理されていないので嫌な匂いがし始めている。
とてもじゃないが王女様どころか、その辺の平民の食事よりも酷いメニューだ。
むしろ平民に失礼である。
「うわぁ…。」
と、思わず引き気味に呟いてしまった。
なんせちょっと匂う。
痛む寸前というか、もう食べたらお腹壊す匂いがする。
しかもたったのこれだけの量が1日分だというのだから。
じわじわと飢え死にさせるつもりだろうな、とティーは他人事のように思った。
どうせ食べないが、ついでにティーは食事に毒が混入されていないかを確認することにした。
食事に手をかざし、魔力を巡らせる。
ティーは魔法が使えるのだ。
目を閉じ、集中して探ると昨日よりも薬の量が増えていることがわかった。
軽く調べただけなので詳しくはわからないが、恐らく精神に作用するものだろう。
「私を廃人にして殺そうってわけね。」
ぽつりと呟いた。
その時の表情があまりにも悲しげで、儚げな容姿も相まって、消えてしまうのではないかというほどだった。
しかし、彼女は強かった。
まあ、王妃が自分をどのように始末しようとしているのかを把握しておかないとだし。
別に悲しくないし。
と、すぐにベテラン戦士のような顔に切り替え、配給された食事の処理をした。
本当は悲しいくせに。
まあ、やれやれ。
さてちゃんとした食事をしようとティーは準備を始めた。
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