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あなたの正体は

28日分、1回目


 決意を新たにしたイレーヌだったが、ハロルドの質問には答えを用意できずにいた。


 ハロルドに「精霊のイタズラなのでは?」と言ったら、どうなるのだろう。その場は騒然となり、最悪の場合取り押さえられるかもしれない。


 まるで恐怖政治ね。


 ウェンデル王国は穏やかな王国だ。そんな過激なことは起こらないと思うのに、どうしてか精霊の話をするのは憚られた。


 イレーヌにとって、精霊はイタズラもするかわいらしいイメージなのだが、ウェンデル王国の人々の考えは違っていた。


 精霊は自然の力に宿っていると、言い伝えの中に記されている。風の精霊、水の精霊、炎や、光にもそれぞれ精霊がいる。


 そして人間はある一定の条件を満たせば、精霊の力を借りられる。それは、力に見合うギフトを精霊に与えるのだ。


 借りる力が大きければ大きいほど、与えるギフトも大きくなければ精霊の加護は受けられない。


 昔話のかわいいお話の中ではクッキーやキャンディをギフトに、精霊の力を借りる逸話はある。


 しかし精霊の話を無闇にすることがタブーとされているのは、そのギフトにあった。


 与えるギフトの最たるもの。


 ーー己自身の魂。


 魂をギフトに凄まじい力を得た者が、最後は我が身を滅ぼす逸話は数多く残されており、精霊と関わる者は危険だと締め括る。


 だからなにかを失くしても"精霊のイタズラ"とは誰も言わない。精霊がギフトとして持って行ったのなら、なにか起きるかもしれないからだ。


 イレーヌはおとぎ話が好きで、よく読んでいた。子ども向けの精霊が出てくる話にも、魂をギフトにしてしまい破滅する話もあった。


 得体の知れないものに関わってはいけないという、子どもへの教えなのは理解しているが、イレーヌはその手の話が苦手だった。


 精霊が悪いんじゃなくて、欲望に目が眩んだ人間が悪いのに。


 水にも草木にも、花にも。全てに精霊が宿り、気づかないところで精霊たちが踊っている。そんな世界の方がずっとずっと素敵だ。




 四度目の顔合わせの日にちが迫ってきた頃、ハロルドは仕事で城を離れる必要に迫られた。王宮から離れたウェンデル王国の国境付近にあるアレクシス地方で、厄介な事態が勃発し、皇太子自らが赴き解決しなければならなくなった。


 前回のとき、イレーヌに出した宿題の回答は未だもらっていない。


 どういう解釈をして、どんな考えを述べるのか。


 期待半分、諦め半分の気持ちで、いつの日からか次に会える機会を心待ちにしている自分がいた。


 もう会う機会はないだろう、とまで思ったくせに笑えてしまう。


 思い出すだけで嫌な気持ちになる幼少期の頃の、ある断片的な記憶。

 

 始まりは、儚げな少女の微笑みに目を奪われたところから。


 彼女はハロルドに気が付かず、花を愛でているようだった。


 手にしている焼き菓子を花に差し出していて、花は菓子を食べないだろうと微笑ましく見つめていた。


 出来心で、少し驚かせようと半歩前に進み出る。


 しかし、幼いハロルドが計画したイタズラを実行する前に、思わぬ光景を目撃する。

 次の瞬間の出来事は、今でも目に焼き付いている。


 花に向けられていた焼き菓子はふわりと彼女の手を離れ、そして消えた。


 驚きに声を失い、微動だに出来ない。


 幼くとも、すぐに幾つかの逸話を思い出した。おそろしい精霊の話。


 おそろしいはずなのに、美しい少女から目が離せない。落ち着いたブロンドの髪を揺らし、楽しそうになにか話している。


 誰に? その場には少女以外、誰ひとりとして姿は見えない。


 気づいたときには、失禁していた。

 元々、トレイに行こうと茶会を抜けて来たところだった。


 恐怖に飲み込まれそうになる中、惨めな気持ちや羞恥心までにも襲われ、勝手に涙がこぼれた。

 

 すっかり忘れていた、忘れたかった記憶。幼心に、心奪われた自分を恥じていた。敵意のある人物であったのなら、夢見心地で見つめている間にあの世行きだったのかもしれない。


 そして、畏れ失禁までした相手に過程はめちゃくちゃではあったが、助けられる失態ぶり。


 皇太子が聞いて呆れる。


 だからだろうか。記憶に蓋をした。精霊と関わってはいけない。その禁を破った少女に図らずも心奪われて、冷静な判断を欠いていた。


 遠い記憶の蓋は、イレーヌの髪を見ても開かなかった。彼女から『横腹にホクロのある男性を、探していただけませんか?』と言われるまでは。


 アレクシス地方への遠征は、精霊騒ぎを鎮めるため。


 未だ精霊と交流のある古い地域もある。その人々に対し圧力をかけていくのか、共存していくのか、王宮内でも意見がわかれるところだ。


 イレーヌは本当に、ただあのときに会った幼いハロルドを懐かしんで横腹の君を探してほしいと訴えたのか。


 それとも別の……。


 そこまで考えて首を横に振る。


 彼女の気持ちを想像しても仕方がない。


 ハロルドは紙を取り出し、サラサラと書いてから文官を呼びつけて渡す。


「フェリシア嬢へ早急に渡してほしい」


「はっ」


 近くにいたガレンが、意味深に聞いてくる。


「イレーヌ様へ殿下からお手紙ですか」


「ああ。次に会う日にちを変更したい旨を連絡した」


「遠征後、までは待てないのですね」


 なにが言いたいのかは、ある程度予想が出来る。


 ガレンはどんな顔をするだろうか。彼女が、我々の探し求めている精霊使いかもしれないと知ったら。


 幼い頃だけでなく、二度と会わないと決め、今回も彼女との問題を先送りしようとした自分を嘲笑する。


 彼女が友好的であろうと、敵対心があろうと、皇太子として、彼女の正体を暴かなければならない。


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