ピンブローチは
26日分 2回目
どうして失くしたものに対して、自分に意見を求めているのだろう。
難解な問いかけは、ひとつの可能性を導き出した。
「どちらで失くされたのかは、覚えていらっしゃいますか?」
「執務室だ。数時間前は確かにあった」
ああ、やっぱり。
疑いをかけられているのか、犯人に仕立て上げたいのか。イレーヌが盗ったと言いたいのだと理解して悲しくなった。
「わたくしは、庭園以外の場所への立ち入りを許されておりません」
せめて声が震えないように無実を訴えれば、拍子抜けする返事を聞く。
「なにもあなたを疑っているわけではない」
意味深に『どう思う?』と問いかけておいて、さらりと言うハロルドの真意が掴めずに、表情を読み解こうと彼へ視線を向ける。
神々しいオーラを放っている皇太子は少しの変化も見逃さないためにか、イレーヌを真っ直ぐに見つめていた。
スッと通った鼻梁、切長の目、真っ直ぐで意志の強そうな眉には、紫がかった深く黒い艶やかな髪が僅かにかかる。美術品のような美しい顔立ちに、立場を忘れ目を奪われてしまい視線が縫い付けられる。
なによりも榛色のハロルドの瞳は、光を受けて煌めく宝石のようなヘーゼル。グリーンとブラウンを行き来する美しさに目が離せない。
位の高い方を、不躾に見つめ続けてはいけない。そんな当たり前の作法を忘れるほどに。
するとハロルドの方がフィッと視線を外し、「あまり見つめるな。穴が空く」とぼやく。
「あ、も、申し訳ございません。あの、殿下があまりにも美しいので」
「世辞はいい。美しいとは女性に使う言葉だ」
賛辞は受け取ってもらえず、少しだけムキになる。
「殿下のお姿は性別を超越した美しさですもの。人を惑わしますわ」
「ほう。私が悪いと?」
「いえ、そういうわけでは……」
ああ、また取り返しのつかない発言ばかり‼︎
心の中であわあわしているイレーヌに、ハロルドは改めて問う。
「部外者が容易に入れるほど、甘い警備ではない。それなのに、なぜ執務室からピンブローチは忽然と消えたのか」
"消えた"と敢えて奇怪な言葉運びをするハロルドに、イレーヌは違和感を覚えた。
小さな頃は子どもが失くしものをすれば『コビトが持っていっちゃったのかしらね』と声をかけるのは、どの家庭でも見られる光景だ。もちろん、犯人は自分自身であり、どこかに置き忘れただけのオチ。
しかし間違っても『精霊のイタズラだ』とは言わない。
精霊の逸話は数多くあれど、精霊がなにかを持って消えるのはあってはならないのだ。
どう答えれば正解なのかわからずにいると、ガレンが助け船を出した。
「これは次にお会いするときまでの、宿題としたらどうでしょうか」