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男色家と婚約者

26日分1回目


 再び皇太子と会う運びとなり、三度目ともなると、どうあがいても噂の的になるだろう。


 次の夜会では針の筵になる覚悟を決めつつも、「だから気まぐれに呼び寄せるのはよしてください」と言えない立場を恨めしく思う。


 これでうっかり婚約者に選ばれたとしたら大金星ではあるが、喜べるのかは自信がない。


 ガレンに迎えられ庭園に向かうと、今日はハロルドが先に席についていた。


「遅れてしまいましたでしょうか。申し訳ありません」


 早めに出てきたつもりだったのに、皇太子を待たせるだなんて。


 背すじに冷たいものが流れるのを感じる。


「いや、ちょうど仕事のきりがついただけだ。今回もまた、来て早々に帰られては困るがな」


 言葉に棘を感じなくもないが、裏を返せば共に過ごしたいと言われているようにも取れる。


 皇太子妃候補との顔合わせは、決められた時間話を済まさないと一回とは見做されないのかしら。そうだとしたら、夜会で追及されたときにそう言えばいいんだわ。


 少しだけ心が軽くなり、フッと頬が緩む。


「あなたの要望を受け入れる代わりと言ってはなんだが、少し考えを聞かせてくれないか」


"あなたの要望"とは?……と逡巡して、もしかして横腹にホクロがある人を探してくれると言っているの⁉︎ と驚きを感じた。





 喜びの表情が簡単に見て取れて、ハロルドはどことなく面白くなかった。目の前の皇太子という立場の自分と対面しながらも、ここにはいない横腹の君を想っているのだと手に取るようにわかった。


 そのせいか、当初の予定とは違う言葉を口にする。


「しかし、人探しのために我々が頻繁に顔を合わせていては、誤解されるかもしれない。あなたはそれでいいのか?」


「それは……」


 なにかを考えている様子のイレーヌは、眉根を寄せている。どう見ても、困っているらしい。


 考えが見て取れる性分はいかがなものかと、抗議したくなる。


 そしてなにかを思い悩んだ末、今度はガレンに目を向けた。すると察知した様子のガレンが、話しやすいようにと誘い水を向ける。


「もしかして、我々の関係を危惧してくださっているのですか? 世間では私のせいで、殿下の婚約者が決まらないと噂になっておりますよね」


 なにを言い出すのだと嘆息を吐きそうなハロルドとは裏腹に、イレーヌは甚く動揺している。


「知って……」


 声を詰まらせるイレーヌを目の当たりにして、ハロルドは息を詰まらせた。


 純粋そうな眼差しがガレンを見つめたまま、潤んで揺れている。


「もしも噂通りだとしたら、あなたはどうする?」


 巷では"皇太子がいつまでも皇太子妃を選ばないのは男色家であるため"との噂があることくらい聞き及んでいる。


 質問を投げかけると、イレーヌはやっとハロルドを視界に収めた。穢れのない澄んだ瞳に見据えられ、どうしてかむず痒い。


 そしてイレーヌは、向けていた眼差しをそっと閉じ、静かに告げる。


「わたくし、人の恋路は自由だと思いますの」


「と、いうと?」


「誰を愛していたとしても、愛とは素晴らしいものですわ」


 頬を高揚までさせ、愛を語り出すイレーヌに呆れる。


 ガレンと愛し合えと言うのか。


 ハロルドの傍らでは、ガレンが笑いを堪えているのが空気で伝わってくる。蹴ってやりたいのを我慢しつつ、イレーヌへ問いかける。


「寛容な心構えだな。しかし私は立場上、皇太子妃を据えなければならない。皇太子妃になる女性が、容認してくれるとは思えない」


 顎を撫でながら思案顔で告げれば、イレーヌはまんまと罠に嵌った。


「わたくしは応援いたしますわ」


「つまり事情を知った上で、皇太子妃になる覚悟があると?」


 目を見開き、言葉を失うイレーヌが唇を震わせて「殿下がそうお決めになるのでしたら、わたくしは精一杯務めさせていただきます」と消えそうな声で応えた。


「結婚と言っても形だけだ。あなたがもしも皇太子妃になったときは、あなたも好きにすればいい。横腹の君に会いたいのだろう?」


 ここまでお膳立てをしても、未だイレーヌは、とぼけて言う。


「いえ、わたくしは彼の消息が気になっているだけで、元気でいらしたらそれで……」


「初恋、なのではないですか?」


 ガレンがいつになく優しい声色で聞けば、あからさまに動揺した声で応える。


「初恋なんて、滅相もない」


 どうなっても認めないつもりらしい。ハロルドは意地悪く念押しする。


「探してどうする。皇太子の婚約者として名が広まれば、その者を運良く見つけ出しても想いは遂げられないのだぞ」


「お礼を、言いたいのです。ただそれだけで」


「想いを告げればいい」


 はっきりと言葉にして伝えると、狼狽えると思っていたイレーヌは凛とした顔つきになり、ハロルドを真っ直ぐに見つめた。


「決められたお相手と生涯を共にするものと、心得ています」


 それは、自身の生まれを全て受け入れている強い眼差し。ハロルドはジレンマを感じた反面、感服して小さくこぼす。


「所詮、皇太子妃の座がほしいだけか」


「え?」


「いや、なにも」


 もう会う機会はないだろう。ほかの令嬢とは違うかもしれないと思ったのは幻想だったのだ。


 ハロルドは、そう結論付けて自己完結したのだが、ガレンが素知らぬ顔で疑問を口にする。


「殿下。イレーヌ様に、考えを聞きたいとおっしゃられていませんでしたか?」


 余計なことを……。


 心の中で舌打ちをしたが、最後にイレーヌの考えを聞くのも一興だと思い直し、当初決めていた質問をする。


「ピンブローチがなくなった。あなたはどう思う?」


 突然の問いかけに、イレーヌは想像通りの反応を見せる。


「ピンブローチ、ですか」


「ああ、ウェンデル王国の紋章を象った大切なものだ」


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