王国と精霊
王国内では、皇太子であるハロルドが風の魔法の持ち主であり、第二王子のエフレインは精霊使いであったとの情報が凄まじい速さで知れ渡った。
それも、ヴァーノン地方の干ばつ被害を救った英雄としての逸話付きで。
実際には王妃の悪事の影響で干ばつが起こっていただけで、王妃や王妃に加担していた者たちを捕らえたために自然に雨雲が戻ってきたに過ぎない。
しかし英雄話のお陰で、ハロルドとエフレインの力は畏れられるというよりも、崇められる方向に落ち着いている。
そして精霊と正しく付き合っていこうと、方向転換をした王国の方針にも思いの外、柔軟に皆対応している。
ヴァーノン地方の干ばつ被害は、雨さえ戻ればいいという簡単な時期は当に過ぎており、精霊の力を借り作物や木々を育てていくよう尽力していると聞く。
多くの領民にとって口には出していなかったものの、精霊は身近なものであり、アレクシス地方の若者の訴えの方が王国での流れであった。
ただ、未だ根強く拒否反応を見せる人々に正しい知識を教える役割に、アレクシス地方の若者たちに白羽の矢が立った。新しい機関が設けられ、そこに所属して働いている。
どれだれ精霊の力が助かるのか。どんな関係性を築けるのか。実感のこもったアドバイスはなによりも受け入れやすく、次第に精霊や魔法への偏見は薄れていっている。
「兄ちゃんが皇太子だなんて、詐欺だよなあ」
城に招待されたウィルが腕を頭の後ろに組み、悪態をつく。
ほかにもサム、ダレル、アシャも一緒だ。
ハロルドの髪色は変身魔法をかけていたと明かし、その際身分も明かしたのだ。
子どもたちは変身魔法に随分感嘆していたが、原理は簡単だ。見えない程度の風を起こし、見ている者にハロルドの周りを歪ませて伝えているのだ。
「僕は高貴な方であるのは、佇まいでわかっていました」
ダレルは相変わらず大人っぽい語り口調で話す。
精霊の姿が見えるアシャは貴重な存在であり、もしかしたら精霊との会話もと期待が持てる。
歳も近しいエフレインと話す機会を設けるため、アシャひとりでは心許ないだろうと四人を招いたのだ。
「お姉さんは、今の姿の方が似合っています」
「そう、かな。ありがとう」
アシャに控えめに褒められ、イレーヌは頬をほのかに染める。
「ウィル、城で悪さするなよ」
「兄貴!」
ウィルとよく似たブラウンの髪色をした青年が、白い歯を見せる。
「コディは実によく働いてくれています」
共に現れたガレンに褒められ、ウィルの兄コディは照れ臭そうに鼻の下を指先で擦る。
雰囲気もウィルにそっくりで、子どもの頃はやんちゃだった面影が窺える。そんなコディもハロルドの前に立つと、姿勢を正す。
「殿下には寛大な配慮をしていただき、大変感謝しております」
改まって頭を下げるコディに、ハロルドは謙遜する。
「私はなにもしていない。礼ならイレーヌにすべきだ。風潮をものともせず、彼女が精霊に興味を持ったことが全ての始まりだ」
「勇気ある行動、感謝いたします」
コディに謝意を示され、イレーヌは複雑な表情を浮かべる。
「殿下、褒めていただいているのか、甚だ疑問ですわ」
「言葉通り受け取ればいい。さあ、エフレインのところへ案内しよう」
するりと躱され、ハロルドは話を変えてしまう。
先を行くハロルドと子どもたち、そのあとに続きながらイレーヌは前から疑問に思っていた質問をガレンに向ける。
「ガレン様から見て、わたくしといるときの殿下はどのような殿下でしょう」
息を詰まらせ、咳き込むガレンが涙目になりながら聞き返す。
「どうしてそのような……」
どこからどう見てもデレデレでしょう。とも言えず、ガレンは言葉に困る。
「殿下はガレン様と一緒にいるときは、主従関係を越えた絆を感じますわ」
「ああ。それは幼い頃より知った顔だからでしょう」
「羨ましいですわ。エフレインと一緒のときは、やはり兄の顔をされていました。わたくしといるときの殿下は、特別な顔をされていますでしょうか」
「それはもう」
ハロルドは子どもたちとにこやかに話す一方で、視線はしっかりとイレーヌとガレンに注がれている。
「イレーヌ様。ゴミがついています」
「え? どこですか?」
試しにガレンは、出来心でイレーヌに顔を近づける。
すると大して近づいてもいないうちに、ビュンッと凄まじい速さの風の矢がガレンとイレーヌの間を通り、ガレンは背すじを凍らせた。
「で、んか。危のうございます」
「虫を排除したまでだ」
万が一、イレーヌにかすったとしても、解除魔法の使い手になりつつあるイレーヌには当たらない。しかもその万が一も起こらないくらいに、イレーヌではなくガレンの頬スレスレを通った気配を感じた。
「イレーヌ。なにをしている。はやくこちらへ」
恐ろしいほど嫉妬深いですよ。と、口に出したかったが、嬉しそうに頬を緩ませるイレーヌに伝えたところで無駄であろうと言葉を飲み込むのだった。




