糾弾
どうにか丸く収まりそうなところへ、ガレンが顔を出した。ハロルドには目もくれず、デクスター公爵の元へと馳せ参じる。
デクスター公爵は、燃えるような赤髪。ガレンの父だ。
議会が開かれていた場所に戻ろうと、歩み出した皆をデクスター公爵が制止する。
「お待ちください」
今度は何事かと、デクスター公爵に視線が集まる。デクスター公爵は全員を見回してから、ラジャード伯爵に問い掛けた。
「ラジャード伯爵。あなた様は妃殿下と、大変親しかったとお見受けします」
これにはラジャード伯爵は、大袈裟に笑ってみせた。
「随分棘のある言い方ではありませんか? 私はウェンデル王国に忠誠を誓っている。その国王の正妻である妃殿下を敬うことに、なんの問題が?」
「今回の事態は知らなかった、と」
目を細め、静かに問うデクスター公爵にラジャード伯爵は態度を変えずに言う。
「もちろんですとも。まさか妃殿下があのような間違いを犯すとは、私にも予期できず、お止め出来なかったのは悔やまれますが」
デクスター公爵は腕を組み、顎をさする。
「おかしいですね。囚われたあの風の魔法を使えると豪語した青年と仲間たちは、ラジャード伯領が管理する別荘で寝起きしていたと、たった今、報告がありました」
指摘されても、ラジャード伯爵はさも当たり前だというように開き直る。
「妃殿下がなにに使われるのか知らぬまま、貸し出しただけ。まさかこんな悪事に使うとは、私も心が痛い」
「それでは、ラジャード伯爵から青年たちに賃金が支払われていたというのも、内容を知らぬまま支払っていたと言われるのですか?」
この指摘には、ラジャード伯爵は刮目した。
「あなたの執事は大変律儀だ。支払いの理由を、事細かに記帳してあったそうです。ヴァーノン地方遠征費。精霊使い雇い代」
ここまで突きつけられ、ラジャード伯爵は口汚く罵った。
「あの、無能執事め!」
「いえいえ。大変有能です」
デクスター公爵の皮肉を聞きながら、ラジャード伯爵は捕らえられ連れられていった。
「それでは我々は、ウェンデル王国と精霊の今後について話し合いましょう」
議長に促され、歩き出す。議会は混迷を極めそうだが、確かに前進しているとハロルドは感じていた。
皆から離れ歩いているハロルドにデクスター公爵はさりげなく近寄り、ハロルドにだけ聞こえる音量で話し出す。
「手柄を横取りする形になり、申し訳ない。あの状態で皇太子殿下がラジャード伯爵を糾弾すれば、ますますあなた様を畏れる見方が強まってしまう」
風の魔法が使える恐ろしい皇太子。その上で力のある伯爵をも議会から追放したとなるとやはり独裁者になり得るのだと、余計な警戒心を抱かれる。
「ガレンとデクスター公爵の判断に感服いたします」
イレーヌの消息を得るために、王妃に怪しい動きがないか探っていく上で、今回のラジャード伯爵の企みを知ったのだろう。
ラジャード伯爵が王妃を唆したのか、王妃が話を持ちかけたのか定かではないが、投獄されこれから明かされていく。
結局、イレーヌはどこにいるのか。
エフレインが事情を知っているのは間違いない。そのエフレインが王妃とは異なった考えをしていることが、嬉しくもあり、エフレインを思うと不憫にも感じた。
長丁場だった議会を終え、その足でエフレインを訪ねる。
「兄上、お疲れでしょうから、別の機会に」
「ああ、悪い。エフレインは疲れているだろうが、私はイレーヌの無事な姿を確認出来なければ、息もつけない」
大袈裟な。そう思ったエフレインだったが、これ以上、兄から彼女を引き離したら、命がないように思えた。
「私の部屋の続き間にいらっしゃいます」
「そうか。失礼させてもらう」
エフレインの了承を確認する前にズカズカと部屋に足を踏み入れ、部屋の中ほどにある扉に手をかける。
息を飲み、ひと思いに扉を開けると、目を丸くしたイレーヌと目が合った。思わず駆け寄り、小さな体をかき抱いた。
「殿下? どうかなさいましたか?」
呑気な呼びかけが今は愛おしい。
「私の前から姿を消すときも、許可を得てからにすると誓ってくれ」
「置き書きを、したと思うのですが」
体を回していた腕を解き、額を擦り付けて文句を言う。
「嘘の置き書きであろう?」
「ですが」
「もういい」
イレーヌを抱きかかえ立ち上がる。「ひゃっ」と小さな悲鳴を聞きつつ、今来た道を戻る。
未だ通路側の扉の前に立っているエフレインの頭をかき回し、「邪魔をした」と声をかける。
「兄上!」
立ち去ろうとするハロルドを、エフレインが呼び止める。
「なんだ」
「怒らない、のですか?」
くるりと振り返り、エフレインの顔を見遣る。今にも泣き出しそうな顔は、年相応に泣き出すまいと顔を歪めて我慢している。
「エフレインを叱るかどうかは、イレーヌの話を聞いてからだ」
再び歩き出そうとして、もう一度振り返る。
「今日のエフレインは大人顔負けであった。気付かぬ間に随分成長したな」
目を見開いたエフレインが両手を握りしめ、力を込めて応える。
「はい。いつか、兄上を越えてみせます!」
「それは楽しみだ」
エフレインの頬に流れ落ちる涙を見ないように、ハロルドは前を向いて歩き出した。




