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嫌味ですか?

少しの間、朝7時、夕方5時の2回投稿にします。


 伯爵家に戻ったイレーヌは食欲がないとだけ伝え、階段を駆け上がり自室に逃げ込んだ。淑女らしい振る舞いも出来ず、ドレスのままベッドへと体を沈ませる。


 取り返しのつかない失言は、すぐさま父であるケンドリック伯爵の耳に入るだろう。父が帰宅したタイミングで、お説教は免れない。


 ノックの音が響き、肩を揺らす。


「お嬢様」


「はい」


 旦那様がお呼びです。そう続けられると想像していた言葉は聞こえて来ず、代わりに芳しい料理のにおいが鼻をくすぐる。


「食欲がなくても、食べないと元気になれませんよ」


 穏やかに咎められ、力なく首を横に振る。


「だって下で食べれば、嫌でもお父様と顔を合わせるわ」


 こんな子どもっぽい対処の仕方はよくないとわかっているけれど、わざわざ怒られると知っていて、顔を出せるほど肝は座っていない。


「旦那様の静かな雷を聞くほどの粗相をされたのですか?」


 父は伯爵らしく、感情の起伏を見せない人だ。声を荒げて怒ることはしない。だから"静かな雷"なのだけれど、冷静な口調で注意される方がよっぽど恐ろしい。


「お父様はわたくしが皇太子妃に選ばれるかもしれないと、期待しているのでしょう?」


 地味で目立たない自分が、目に留まるわけもないのに。


「皇太子妃になるチャンスは誰にでも等しくありますから、イレーヌ様が選ばれても不思議はございません」


 ハロルドは、婚約者を選ぶために王国中の全ての令嬢と順番に会う機会を設けた。手紙にて招待を受けた令嬢は、皇太子と王宮の庭園でお茶をするのだ。


 どんなに美しいと有名な令嬢も、慎ましやかで上品な令嬢も、事務的にただ一度だけ。それ以上もそれ以下もなかった。


 ーー今までは。


 モニカは声を潜め、根も葉もない噂話を口にする。


「それでも……そうでございますね。男色家という噂もございますから」


 皇太子妃選びは難航し、何年もかかっている。ハロルドが齢十五歳の頃からだから、かれこれ三年はかかっている計算だ。


 誰ひとりとして選び出さないハロルドに、次第に男色家なのではという憶測まで飛び交っている。連れている近衛が美しいから、ふたりの話す姿が尊いのだと諦め半分で鑑賞に徹している者もいると聞く。


「わたくし、殿下が男性をお好きでも気にしませんのに」


「まあ! お心が広いですわね」


 万にひとつも選ばれないとは思うけれど、もしも皇太子妃になるのだったら、殿下が男性をお慕いしてくださっていた方が気が楽だわ。


 後宮で何人もの女性を囲われるより、男性しか愛せないと言われた方が諦めもつく。それでも皇太子という立場上、正妃が必要だからと言われれば、自分に白羽の矢が立つのも納得がいく。


 そこまで考えて、ありもしない状況を想像している自分に心の中で小さく笑う。


 食事を楽しんでいると再びノックがされ、今度は執事のスタンリーが最終宣告を告げる。


「お嬢様。旦那様がお呼びです。執務室までお越しください」


「ええ。わかったわ」


 扉に向かい返事を済ませたあと、モニカと目を合わせ肩を竦める。


「覚悟を決めるしかないわね」


「皇太子様に緊張なさったのでしょうし、ありのままをお伝えすれば、旦那様もわかってくださいますわ」


 緊張で、口がきけないくらいだったら良かったのに。


 余計な話をしてしまって注意されるのは、今までもある。いい加減、令嬢らしく慎ましやかな行動をと、言われるのだろうなとげんなりしつつ食事を切り上げ、執務室へと向かった。



 執務室の前で何度も深呼吸をして、どうせ務まらない大役だったんですもの。晴れてお役御免になって万々歳だわと、自分を鼓舞してノックする。


「イレーヌか? 入りなさい」


 許可を得て扉を開く。執務室では、一通の封書を手にした父がイレーヌを待っていた。


 文章で正式に抗議されたのだと知り、青ざめる。


 封筒にある封蝋は王族の証、鷲の紋章が押されている。由緒正しきウェンデル王国の王族の印。


 封を切られた手紙を手にする父は、静かに話し始めた。


「皇太子殿下から大変ありがたいお言葉をいただいた。謹んでお受けするように」


 ありがたいお言葉を?


 訝しむイレーヌに手紙が渡される。目を通して、自身の目を疑ってしまった。短い文だったが、何度も何度も読み直す。


『本日は大変有意義な時間を過ごせた。ぜひ別の機会を設けて、ご息女にもう一度お会いしたい』


 手紙の最後にはハロルド・レミントンと署名まである。


 誰かに書かせたとしても、皇太子の名で手紙を送られるのは重みが違う。


 嫌味なのでは? そう思っても父に訴えるわけにもいかず、ドレスの端を持ち上げて会釈する。


「大変光栄です。喜んでお受けいたします」


「ああ。私も誇らしい。殿下には私から伝えておこう」


 珍しく父の声が弾んでいる。


 狐につままれた気分になりながら、わざわざ怒られる必要もないのだからと、今日起きた惨事は胸の中に留めて執務室を後にした。


6月30日までに8万字……。無理かもしれませんが、完結までは頑張ります。

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