こんがらがって
イレーヌはベロニカから鋭い意見を言われショックを受けているのに、イレーヌの取り皿には、自動的に次々と焼き菓子が盛られていく。
「あの、こんなに食べられないわ」
「好きなだけお食べという、彼らなりの気遣いさ」
イレーヌの前にはこんもりと焼き菓子が盛られている。けれど盛られた端からふわふわ浮かび上がり、パッと消える。勧めておいて、自分たちも食べる自由な精霊に心がゆるゆると解れていく。
「人の心を推し量ろうなんて百年早いってもんだよ。腹が空いてると余計なことを考えちまうのさ。無くなる前に食べなさいな」
こくりと頷き、ジャムがのったクッキーを手にする。ひと口かじると苺の甘酸っぱい味と、クッキーのほんのりとした甘さと香ばしさが口いっぱいに広がる。
「おいしい」
「そうかいそうかい。いっぱいお食べ」
おいしくて、すっかりご馳走になった。甘いものを食べ、お腹が満たされると心まで落ち着くから不思議だ。
「さて、なにから話そうかね」
水浴びをしたあとの満腹という、お昼寝に打って付けの昼下がり。
心地のいい部屋でウトウトしかけたイレーヌだったが、ベロニカに見据えられ気持ちを正す。
ベロニカは黒いローブから覗く手でイレーヌと、周りにいるであろう精霊たちを順に指差していく。
「嬢ちゃんは、自分では気づかないだろうけれど精霊に好かれやすい質だね。精霊は、純粋で素直な心の綺麗な人間が特に好きなのさ」
「でしたら、ベロニカさんはとても心の綺麗な方ですね」
ニッコリと微笑むイレーヌに、ベロニカの方が目を丸くする。
「よしておくれよ。魔女と呼ばれるようになって久しいんだ。そんな風に言う人間なんかいやしないんだから」
「だって、精霊についての心構えができるように、私たちを町に行かせてくれました。ウェルやサム、ダレルにアシャと話してみて………その、ハルも精霊について、少しだけ考えを改めてくれた感じもありましたし」
もっと嫌悪感を露わにするかと思っていた。元々イレーヌを見逃してくれている辺り、精霊については寛容なのかもしれない。
そう想像したイレーヌの考えは、いとも簡単に覆される。
「あの兄さんは頭が固いからね。イレーヌに出会わなければ、魔女狩りでも始めたんじゃないかしらね」
「そんな!」
魔女狩りだなんて。自身も魔法を使う側なのに……。
「まあ、もしもの話をしたって仕方がないね。で、どこまで話したかね。精霊に嬢ちゃんが好かれるって話だね。だから、嬢ちゃんが精霊と話すのは、自然な成り行きだったのさ」
「でも、私、話せなくて」
こちらも精霊と仲良くしたくて、精霊も好いてくれている。それなのに上手くいかないんだなあと寂しく思う。
「勘違いしなさんな。忘れているだけさね。それは、色々な魔法や思いが複雑に絡み合ってかけられて、こんがらがって精霊が見えなくなったのさ」
「もしかして、私は精霊が見えていた?」
ベロニカの話ぶりに可能性を見出して、問いかける。
「見えていたってもんじゃないさ。話してもいたよ。さっきみたいにね」
驚くものの、どことなく納得もする。さきほどは、精霊と初めて話すという感覚ではなかった。ごく自然に話しかけれていた。
「こんがらがったせいなんですか?」
「そうさね。嬢ちゃん本人が純粋だからね。純粋で素直な思いほど強いものはないのさ」
ハロルドたちが城に戻ると、アレクシス地方から来た若者たちの行方が掴めたとの情報が入った。
執務室には、内密に調べに行っていた者がハロルドに報告するために入室した。
「アレクシス地方から登城した若者は五名。ある伯爵家の元に捕らわれておりました」
「無事なのか」
「無事ではありますが……その、伯爵家というのが」
言葉を濁すというのは、よほどの名家か。
ラジャード伯爵家辺りだろうか。弟の第二王子エフレイン派であり、王妃の忠実な腹心だとの噂がある。
「誰であろうと、構わない。策を講じて、助け出さなければ。精霊の力を意のままに操る術を手に入れられるのはまずい」
「それが……ケンドリック伯爵家でして」
ケンドリック伯爵。堅実なイレーヌの父の顔が浮かび、ハロルドは顔を歪める。
「殿下がお戻りになられたのなら、お会いしたいそうです」




