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悪い精霊といい精霊


「大丈夫だ」


 穏やかな笑みでイレーヌに応えるハロルドに、ガレンは呆れた声で言う。


「二人の世界を作らないでください。みんな見てていいのか、困っていますよ」


 イレーヌはハッと我に返り、ハロルドから距離を取ると顔を真っ赤にさせた。ウィルやサムはニヤニヤして見ているし、アシャは頬を染めている。


 ダレルだけ大人びた顔で静観していた。それはそれで、自分たちの方がいい大人なのに恥ずかしい。


「この本はどうするのですか? 上の本は焼けてしまっていますが、下の本は乾けばまだ平気かと」


 ガレンは山になった本の前にしゃがみ込み、観察しながら話す。


「そんな本、いらないよ。王国から勝手に送られてくる本なんだから!」


「このまま、送り返したらいいんじゃない?」


 サムの提案に、ハロルドが反応する前にダレルが静かに意見する。


「やめた方がいいよ。わざわざ王国への反逆行為を知らしめたら、この小さな町に兵士がたくさん押し寄せる。町のみんなに迷惑がかかるよ」


 ウィルとサムは黙り込んで、燃えて濡れた山を見つめる。


 ハロルドはなにも言わずに進み出て、ガレンの隣で濡れた本を手に取った。


「まずは乾かそう。乾いても元通りにはならないかもしれないがな」


「でん……ハル。なにもあなたがこのようなことをしなくても」


 驚きのあまりガレンが口籠もりつつ、止めようとするとハロルドは口の端を上げる。


「俺はデン、ハルではない。ガレンもまだまだだな」


「そのような話をしているわけでは」


「本は王国の宝だ。確かに内容に偏りはあるが、すべて間違っているわけではない」


 イレーヌもハロルドの隣にしゃがみ込み、本を手にする。ダレルにアシャも本の山に進み出て、本を手に並べて行く。


 ウィルとサムも顔を見合わせてから「わかったよ。やればいいんだろ」と渋々本を手にし始めた。


 山になっていた本は、精霊や魔法を題材にした絵本や子ども向けの小説。イレーヌも子どもの頃に読んだ本ばかりだ。


「懐かしいな。私もよく読んだわ。この本で精霊を好きになったのよ」


 かわいらしい精霊がたくさん登場する絵本を手に微笑む。


「姉ちゃん変わってるな。その本だって最後は精霊に魂を売っちゃって、恐ろしい目に遭うじゃないか」


 ウィルは忌々しいものを見る目で、イレーヌが手にしている絵本を見つめる。


「あら。ウィル。じゃ、あなたは精霊に魂を売ってしまうの?」


 ギョッとした顔をしたのは、ウィルだけではなかった。ハロルドもガレンも、それぞれが都合の悪い事実を突きつけられたような顔をした。


「売るわけないだろ! 魂をギフトにしたら、最後は魂を取られちゃうんだぞ!」


 イレーヌは微笑んで言う。


「でしょう? 絵本の中の登場人物も全員が全員、魂を売ったりはしないわ」


「それは、そう、だけど」


「精霊だって、甘い言葉で悪い道へ誘ってくる精霊もいれば、いいアドバイスをくれる精霊もいるんじゃないかな。人間も精霊も一緒よ。いい子もいれば悪い子もいる」


 ハロルドは頷きながら、イレーヌの言葉に同調する。


「そうだな。精霊をただ畏れていても仕方がない。人間にも悪い奴はいる。何事も自分の目で確かめて、自分の心に聞くより他ない。自分の進む道は正しいのかどうか」


 みんな神妙な面持ちで黙り込み、なにかを考えている。


 そんな中で、アシャが控えめに質問をする。


「お姉さんは、本当に精霊が見えないの?」


「え?」


「だって、精霊はずっとお姉さんに話しかけているみたい」


 イレーヌは目を丸くして、応える声が震える。


「アシャは精霊の声が聞こえるの?」


 なんて話しているんだろう。せめてどんな話をしているのか、アシャ伝えでもいいから聞いてみたい。


 しかしその夢はすぐに儚く消える。


「ううん。私は聞こえないから、精霊も私には話しかけてこないの。でも、お姉さんには一生懸命話しかけているのか、精霊の口元が動いているわ」


 細かい観察眼に感心しつつ、イレーヌは辺りを見回す。自分の周りを飛んでいるらしい精霊。どんなに目を凝らしても、なにも見えない。


「ごめんなさい。私、見えないし、聞こえないの」




 ハロルドはアシャの話を聞きながら、やはり子どもの頃に見かけた少女はイレーヌなのだと確信を得る。


 今まで共に過ごし、イレーヌの人となりをある程度はわかっているつもりだ。彼女が嘘をついているとは思えない。


 今のイレーヌは精霊が見えないどころか、精霊と話していたときの記憶が抜け落ちているようだった。


「我々は先を進もう。本はウィルに任せれば大丈夫だ」


「ダレルか、アシャじゃなくて、俺?」


 名指しされたウィルは戸惑っている。本に火をつけたウィル。自分が起こした行動の重さを感じてはいるようだ。


「それはそうさ。焼いてしまおうと思い立ったのはウィルだろう? このあとどうするのか、決めるのもウィル自身だ。ウィルにはその責任がある」


 みんなの視線がウィルに集中して、ウィルは頭をかく。


「わかったよ。ちゃんと乾かして、集会場の本棚に返しておくよ」


「ああ。頼んだぞ」


 ハロルドはウィルの頭に手を置いて、かき回す。


「子ども扱いすんなよ」と、憎まれ口を叩きながらも、ウィルはどこか誇らしげに見えた。


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