お慕いしている方は
30日、5回目
「少し、私の話をしていいか」
「はい」
改まって言うハロルドに、イレーヌは緊張の面持ちになる。
「ウェンデル王国はイレーヌも知っての通り、魔法や精霊の話はタブー視されている。魔法が使える者も少数いるようだが、それを隠して暮らしているのが現状だ」
ハロルドの説明に、イレーヌは異を唱える。
「精霊は、確かにおそろしいと教わりましたが、魔法はそうではないのでは」
どちらかと言えば、お話の中では精霊に心奪われていく主人公に魔法の力で救う救世主的な役割が多い。
ハロルドはイレーヌの意見を聞き、力なく微笑んだ。その微笑みはとても寂しそうで、こちらまで悲しくなった。
「自分にない強大な力は、恐れられる。それが普通だ」
ひと呼吸置き、ハロルドは続ける。
「だから私は魔法を使えることは、一部の者を除いて隠している。イレーヌも自身の症状を他人に話さない方がいい。他人というよりも、誰にも」
"誰にも"という言葉に強さを感じて、控えめに頷く。
「さあ、ガレンが心配している。呼び戻そう」
心配顔のガレンが入ってきて、軽く問題ない旨を伝えてから、当初の予定通り身分を隠して旅をする概要を説明する。
服装は街の者たちと変わらない服を身につけ、目立つハロルドは髪色を変える点を伝える。
それぞれ順番に部屋の奥へ行き、試着もしてみた。着替えて出てきた、ドレスではないイレーヌは新鮮だった。
イレーヌには、街の中でも動き回って働いている者の服装を選んだ。ゆったりとしたズボンは足首で絞られている。
「女性もこのようなズボンを履くのですね。動きやすくて、すごく気に入りました」
足を左右に動かしてみせて、イレーヌはよろめいた。どうやら、鈍臭いらしい。
咄嗟にイレーヌを支えてやると、何度目かになる空気の弾ける感覚がして、変身が解けてしまった。
背中に回した手は服の上だが、差し出した手はしっかりと手を掴んでいた。
「仲睦まじいのは大変よろしいですが、おふたりはくれぐれも触れ合わないでください」
どこか棘のある言い方に、イレーヌはバッとハロルドから体を離す。
「す、すみません。わたくしを婚約者にしてもいいと思ってくださったとしても、おふたりの愛の深さには到底及びません」
とんでもない暴露話をされ、ハロルドは頭を振りながら額に手を当てる。ガレンは目を丸くしたあと、今にも吹き出しそうだ。
「殿下は、そんな発言をイレーヌ様にされたのですね」
楽しそうに言うガレンに、ハロルドは煩わしそうに顔を顰める。
「イレーヌは黙っていろ」
これ以上、ガレンに余計な話を聞かせたくないハロルドの思いを、イレーヌは汲み取れずにいた。
「ですが、本当にお慕いされているおふたりが……」
イレーヌの言葉を遮り、ガレンが決定的なひとことを告げる。
「念のため申しておきますと、私と殿下は恋仲ではございません。殿下がお慕いしているのは、別の方では? 天下の皇太子ともあろうお方が、嫌々婚約者を選ぶわけがないと思いませんか?」
「え? えっ?」
イレーヌはガレンとハロルドを交互に見つめ、次第に頬を赤らめる。
ハロルドは顔を背け、ため息を吐いた。
その様子がさも嫌そうで、イレーヌは泣きたくなった。
「ガレン様、またからかって……」
ガレンの話を要約すると、イレーヌにとって喜んでしまいそうな結論に達してしまう。
そんなわけがない。だって、殿下は女嫌いで……。あれ?
頭から煙を出しているイレーヌの首に、ふんわりと腕が回される。
「とにかく私は男色家ではない。期待に添えられず、悪かったな」
「い、いえ」
すぐ近くに聞こえるハロルドの低い声。どうしてこんなに距離が近いの。との疑問は口から出ていかない。
ガレンだけが、耳を真っ赤にさせているハロルドを見つめて笑いを堪えている。
足元では人知れず渦を巻いた風が、穏やかに止んだ。イレーヌの首に緩く巻かれた腕は、指先が密やかに首すじに触れていた。