女嫌いは誰のせい
30日、4回目
「ハハッ。イレーヌ。そなたは謎だらけだ」
頭にくしゃりと手を入れて、よろめく体を近くのテーブルにもたれかけた。
「殿下だって……」
今にも泣き出しそうな声を聞き、観念すべき時が来たのだと腹を据えた。
「ガレン、イレーヌとふたりにしてくれないか」
「しかし!」
今や得体の知れない人物となったイレーヌ。ガレンが心配するのも無理はない。
「大丈夫だ。横腹を見せるだけだ。私の魔法の暴走も少しくらいであったら、目を瞑れ。解除できる者もいる」
イレーヌを顎で示し、未だ心配顔のガレンを退室させた。
ふたりになった部屋は、やけに静かに感じた。
「横腹を、見せていただけるのですか?」
状況を掴めないものの、重要な事柄は聞き逃さないらしい。なかなかの図太い神経にこんな状況だか笑えてしまう。
「ああ、私も男らしくなかった」
再び近付こうとするイレーヌを制止する。
「自分で脱げる。女に脱がされる趣味はない」
イレーヌはコクリと頷き、一定の距離を保ったままハロルドを真っ直ぐに見据えた。
見られている羞恥心を感じながら、上着を脱ぎ、椅子にかける。シャツのボタンひとつひとつを外し、袖から腕も抜き、上半身裸になった。
シャツを脱ぎ去ったところで、顔を真っ赤にさせたイレーヌは顔を俯かせ、こちらを見ない。
「イレーヌ。こちらも恥を忍んで脱いだのだ。早く済ませてくれ」
腕組みをするハロルドは、硬い表情で顔を背けて立っている。不貞腐れているのか、恥ずかしいだけなのか、イレーヌに読み取っている余裕はない。
鍛えられ引き締まった筋肉を前に、目がチカチカして堪らない。視線を漂わせ、ある一点で止まる。
「あり、ありました」
「ああ、そうか」
確かにあった。当時の白い肌とは違うため、目立つわけではないが、右横腹に黒いホクロ。
「触れて、みても、いいですか?」
「な、なぜそうなる?」
「殿下の優しさで、魔法を使ってホクロを出現させているかもしれないって、思えてしまって」
そんなわけあるか。
そう言って、この話を切り上げてしまいたかった。しかし、これも身から出た錆。一度、騙したのだから、イレーヌが信じられるまで誠意を尽くすべきだろう。
「いいだろう」
渋々許可を下すと、イレーヌはおずおずと前に進み出る。さっさと済ませてほしい。このなんとも言えない時間が耐えられなかった。
山になっている服がふわふわを浮かび始め、壁にかけられた絵画もカタカタと音を鳴らす。
堪らずイレーヌの腕を掴むと、服はその場にバサリと落ち、絵画の動きもパタリと止まった。
「早く、済ませてくれ。羞恥心で死ねそうだ」
本音をこぼすと、すぐ近くにいるイレーヌが目を丸くして「ふふふ」と笑った。こんなときに笑うイレーヌを憎らしく思うのに、胸がギュッと締め付けられた。
手を伸ばしたイレーヌはホクロにそっと触れる。羽で撫でられるような触れ方に、全身の毛が逆立った気がした。
「本物、みたいです」
「ああ、そうだな。もういいか」
「はい。あの、手を離していただいても、よろしいですか?」
咄嗟に掴んだ手は、掴んだまま。
「ダメだ。手を離せば魔法が暴走しそうだ」
感情がコントロールできない。鼓動も早い。どんなに鍛錬をしていても、鼓動は乱れないというのに。
「でも、少し、痛くて」
ハッとして手を緩めると、一瞬だけ辺りに風が巻き起こる。
離してすぐイレーヌは、ハロルドの手に自身の手を重ねた。助かったはずなのに、何故だか胸の奥がむず痒い。
「解除魔法って、なんでしょう。精霊と、なにか関係があるのでしょうか」
イレーヌに触れられながらの着替えは苦心した。片手をイレーヌに預け、もう片方でシャツを羽織る。ボタンは諦め、上着を肩に掛けたところで、手を離してみるとどうやら暴走しないようだ。
「手間をかけさせたな」
両手でボタンを留めようとするハロルドの腕に、ギュッとイレーヌが手を添えた。
再びふわりと服が浮かび上がる。
暴走する気配を感じ、慌てて手を握る。
「服の上から触れるだけでは、効果がないらしい。それで? どうしたというのだ」
「いえ。その……」
ハッキリしないイレーヌにハロルドは説き伏せる。
「解除魔法は、魔法の中でも特殊魔法だ。魔法自体、廃れてしまい謎が多い。悩んでも仕方がない。魔女に会いに行こう」
「魔女に?」
「ああ、魔女と呼ばれるほどの人物だ。伊達に歳は取っていないだろう。私も以前会ったことがある」
記憶の中の魔女を思い出していると、イレーヌはハロルドの心をさざめかせる。
「女性が嫌いなのは、わたくしのせいですよね。どう償えばいいのか」
話がガラリと変わった上に、断定的に言われ面食らう。
「私がいつ、イレーヌのせいだと言った」
「わたくしが、子どもの頃、ひどい行いをしたせいで」
「だから、そのせいだと、誰がいつ言った」
責め立てるような口ぶりになり、イレーヌの瞳が揺れていることにようやく気付く。
「悪い。強い口調になった」
今にも泣き出しそうなイレーヌを前にして、体は自然と腕をイレーヌの体に回していた。
そっと包み込むと、小さくて柔らかい。
おざなりに羽織っただけのシャツから、イレーヌの体温を感じる。
「私が女を嫌いなのは、イレーヌとは別のところにある。イレーヌは、私の嫌いな女には当てはまらないようだ」
返答のないイレーヌに、ハロルドは言葉を重ねる。
「精霊の件があったとはいえ、イレーヌなら婚約者にしてもいい。そのくらいは気を許している」
「気を、許す?」
「ああ、泣きそうになれば、抱きしめて泣き止ませたくなるくらいの存在ではあるらしい」
髪をかき回し、なんの話だと自分に呆れ、体を離す。するとシャツの端が引っ張られ、軽く体がつんのめる。
「あ、あの。わたくし、皇太子妃になるのは嫌でした」
「あ、ああ。そうか」
想いを告げたわけでもないのに、振られる自分にハロルドは失笑も出ない。
「決められた結婚は覚悟しておりましたが、皇太子様は、世継ぎの心配もありますでしょうし、その、側室をたくさん囲まれますから」
「女嫌いの私が側室を望むと思うか? 婚約者でさえ、いらぬと思っていたのだぞ」
「わたくしは、婚約者、ですか?」
「私の記憶が正しければ、そうであろう?」
回りくどい言い方をして、なんの抵抗だと心の中で嘲笑する。
「でしたら、精一杯務めさせていただきますわ」
「ああ、そうしてくれ」