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不思議な女性と人たらし

30日、2回目


 イレーヌは、ショックを受けている自分を嘲笑う。


「だから、横腹の君が殿下だという確証は、どこにもなかったじゃない」


 つい思いが口からこぼれ落ちた。


 シャツの下の横腹は、記憶の中の子どもの肌とは違っていた。弾力のある白い肌だったのが、見えたのは鍛えられほどよく焼けた肌。


 引き締まった肌に惚け、ガレンに『確認できましたでしょうか』と聞かれるまで、ホクロのことを忘れていた。


 思い出したあとは、すぐに気がつく。ホクロなんてどこにもなかった。


 想像以上の落胆は、殿下の横腹にあったらいいなと、心のどこかで期待していたのだと痛感する。


 そもそも、肌の色どころか、髪色が違っているというのに。


 子どもの頃、色素が薄くてプラチナブロンドだったとしても、大人になると普通のブロンドヘアになる人も多い。


 ただ、ハロルドの髪色は漆黒の黒。光の加減で紫がかっているように見えるが、どう頑張ってもブロンドにはなり得ない。





 ノックがされ、力なく顔を上げる。


「入ってもかまわないか」


「はい」


 ハロルドが硬い顔つきで入室し、イレーヌが腰掛けていたテーブルセットの向かいに座る。


 誰をも寄せ付けないオーラを身に纏う姿は、今までの皇太子殿下のイメージそのものだ。


「精霊の話を聞きたいのだが?」


「はい」


 なにを浮かれていたのだろう。これから尋問が始まる。




「では、精霊にギフトを与える真似事をしていただけだと」


「はい。神に誓って」


 胸に手を当て、もう片方の手のひらを見せ、自分の発言に嘘はないと示す。


 ハロルドは自身の頭に手を差し入れ、こめかみを押さえた。


 では、私が見たのはなんだったのだ。確かに少女の手から焼き菓子が消えた。あの少女はイレーヌではなかった? いや、そんなわけはない。


 やはり嘘なのか。やはりイレーヌも嘘をつくのか。


 不信感を抱きながら、イレーヌに視線を戻す。穢れのない澄んだ瞳が、真っ直ぐにこちらを見るばかりだ。


「イレーヌ」


 名を呼べば、未だ僅かに肩を揺らす。


 本来なら拷問にかけ、真実を吐かせるべきだ。身の危険を感じさせ、精霊に助けを求めさせても真実は明白になる。


 目を伏せ、イレーヌに告げる。


「アレクシス地方へ旅に行ける支度しておけ」


「え……」


「精霊と関わりを持つ、魔女と呼ばれている人物に会いに行く。魔女と言っても、精霊の力で魔法のように振る舞っているだけだがな」


「わたくしがお供して、よろしいのでしょうか」


 戸惑いを隠せないイレーヌが、おずおずとお伺いを立てる。


「精霊使いの仲間を前にすれば、化けの皮も剥がれるであろう?」


 いくら女嫌いであっても、イレーヌに拷問など、できるわけがなかった。簡単に言えば、逃げたのだ。


 しかしイレーヌは、鈴が転がるような明るい声で応える。


「仲間だなんておこがましいですが、精霊と対話できる方とお会いできるのですね!」


 不思議な女性だ。精霊や魔女と聞いても怯えるどころか、楽しげにさえ見える。


「そこで嬉しそうにするから、怪しまれるのだ。精霊に陶酔しているのだと」


 なにも忠告してやる必要もないのに、つい助言してやりたくなる。


 ウェンデル王国では精霊の名に怯え、精霊の話をし始めれば眉を顰める。それが普通だ。


「魔法だって、素晴らしいですわ。魔法を目の前で見られて、本当は興奮しているんですもの」


 キラキラした子どものような純粋な意見は、眩しくて見ていられない。


 目を閉じれば今もありありと浮かぶ。異質なものを見たときの排他的で冷たい、恐怖に慄く声や表情を。


 精霊も魔法もこの国ではもはや古い昔のものであり、逸話やおとぎ話の中だけのもの。


 ハロルドは手を素早く動かし、イレーヌに見せつける。


 イレーヌの頬、すれすれに鋭く切り込んだ風は、イレーヌの美しいブロンドの髪を数本散らし、背後の壁に刺さる。


 ハラハラと舞うイレーヌの髪。


「これでも笑っていられるか」


 酷く低い声が出て、イレーヌは肩を揺らした。


「どうして……」


 見上げる瞳は、いつものように潤んでいる。


 問いかけに答えずにいると、イレーヌは続けた。


「どうして、わざと嫌われようとなさるんですか?」


 これには思わず失笑を漏らす。


「なにを言っている。呑気なイレーヌに苛立っただけだ」


 本心でもある。なにも知らず、魔法を見て"素晴らしい"と簡単に言ってのけるイレーヌの能天気さは、古い傷を逆撫でされている錯覚を起こした。


「花を舞い踊らせる様を、見せていただきました」


「魔法を見せたときの反応を知るためだ」


「あ、でしたら、ピンブローチは失くしてはいませんね?」


「あ、ああ。イレーヌの考えを知るために、言ったデタラメだ」


 試すために質問をしたことを、すっかり忘れていた。それなのに、イレーヌはホッと息をつく。


「それなら良かったですわ。わたくし精霊とは話せませんし、精霊にピンブローチの在処を聞き出すなんて、出来ませんもの」


「良かった、のか?」


 女はすぐに騙す。嘘をつく。そう言っておいて、ハロルドは自分の方がイレーヌに嘘の作り話をして正体を暴こうとしていた事実に今さら気づく。


 イレーヌはハロルドの呟きに、明るく応える。


「だって、大切なものなのですよね?」


「ああ、そうだな。大切だ」


 王族の証であるピンブローチ。しかし今、ピンブローチよりも大切なものを見つけた気がして、頬が緩む。


「え? 殿下、微笑んでいらっしゃいます?」


「なにがだ。私もおかしければ笑う」


 目を丸くするイレーヌに不貞腐れて言えば、イレーヌの方が笑っている。


「とても人間らしいですわ」


「元々、私は人間だが?」


 コロコロと笑うイレーヌの方こそ、すっかり肩の力が抜けて、自然体だ。


「イレーヌこそ、笑っていた方がよりかわいらしい」


 つい口走った言葉に、イレーヌは異様なまでの反応を見せる。瞬時に顔全体は元より、耳の先から爪先まで真っ赤になったのではないかと思えるほどに赤くなった。


「で、殿下は女嫌いであらせられるのに、人たらしですわ」


「ガレンと同じことを言うな。つい口が緩み本音がこぼれただけだ」


 そういう言動が人たらしなのですわ‼︎


 顔を真っ赤にしているイレーヌの心の叫びが、ハロルドに届くことはなかった。


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