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女を避けて生きてきたツケ

29日、3回目


 ケンドリック伯爵は拳を握りしめ、嘆息とともに言葉をこぼす。


「許せ、イレーヌ」


 伯爵としての立場の弱さを、今日ほど悔やんだことはない。


 皇太子であるハロルドは若くはあるが、気を許せない人物だと以前から感じていた。


 いずれ国王となる立場である皇太子を頼もしいと感じる反面、たまたま年頃の娘を持つ父親としては、脅威にも思っていた。


 しかし我が伯爵家は、皇太子妃候補の末席も末席。あり得ない現実であるものの、今では男色家の噂も立つ皇太子の元へ愛娘を嫁がせたいとは到底思えなかった。


 そこへ来て今回の皇太子からの求婚宣言。


 どうにか逃れられる手段はないかと、考えるだけ無駄だった。そもそも婚約者とは仮の姿。


 精霊と関わりを持つとの疑惑があるイレーヌを秘密裏に拘束するためには、世間を欺く必要がある。


 皇太子の婚約者となれば、彼に頻繁に呼び出されていようと不思議はない。


 そうなのだ。世間を欺いてまで、イレーヌの立場を守った上での拘束をハロルドは提案してきたのだ。


 了承する以外、娘を守る術はなかった。


 純粋であるがゆえに、他人とどこかズレているイレーヌ。屈託ない笑顔を見せていた幼い頃のイレーヌを思い出し、やるせない気持ちになった。





 残された部屋でひとり、イレーヌは自分の置かれた立場を顧みる。


 牢獄に入れられるとばかり思っていたが、ソファやテーブルセットのあるここは小さいながら客室や応接室に準じる場所。


 精霊の件を持ち出してもなお、イレーヌの提案した"婚約者"として扱うつもりがあるようだった。"仲を深めるための婚前旅行"がどうだという話さえもしていた。


 イレーヌとしては、横腹の君がハロルドであったのなら、償いのつもりで皇太子妃に立候補した。


 けれど……。


 精霊と関わりがある娘では、皇太子妃になれるわけがない。


 どうすれば……。


 そこまで考えて、足りない頭を使ったせいなのか、完全にショートした。


「わかったわ! やっぱり横腹を見せてもらうのが一番だわ。皇太子様が横腹の君と確定すれば、どんな形であれ償わなきゃいけないけれど、全くの別人なら精霊と関わった私が処罰されればいいだけなんだから!」


 良くも悪くも自身の行動の方向性を定め、イレーヌは顔を明るくさせた。


 離れた場所で、ハロルドの背すじに寒気を感じさせているとも知らずに。




 ケンドリック伯爵と話をつけたハロルドは、イレーヌの待つ部屋へと向かう。


 鍵を開け、先ほどまで萎れていたイレーヌと対面して、嫌な予感がした。今日、最初に会ったときと同じ、なにか腹を据えた顔つきをしている。嫌な予感しかしない。


「殿下!」


「なんだ」


 ソファに腰掛けていたイレーヌは勢いよく立ち上がり、間合いを詰めてくる。ハロルドはその圧に押され、後退る。形勢逆転。さっきとは完全に立場が逆になった。


「殿下。横腹をお見せください」


「な、なぜ、そうなる?」


 迫ってくるイレーヌを回避するため、壁を背にしていたハロルドは向きを変え、じわりじわりと距離を空けようと試みる。背後を取られたら、命がないような気さえした。


 今さらなんだというのだ。まさかなにかを思い出したのか。


 横腹の君と自分が同一人物と知れたら……。羞恥心で死ねると思う。


 過去になにがあったのか知らないガレンは、好き勝手言ってくれる。知られてはならないハロルドも、ガレンに便乗して好き放題言ってきたが、どう考えてもイレーヌの初恋相手のわけがない。


 イレーヌがなぜ横腹の君の消息を気にしているのかは謎だが、笑い者になるのが目に見えている。


 頭を振り、最悪な状況を頭から追い出していると、服の端を掴まれ体が前のめりになった。「え?」と思う間もなく、イレーヌを押し倒す形でソファに着地していた。


「キャッ」と小さな声を聞いた気がする。柔らかく想像以上に華奢なイレーヌを上から見下ろし、胸がドクンと音を立てた。


「ご、ごめんなさい。すぐに退かなきゃガレン様に申し訳ないです」


「ガレン? どうしてここで、ガレンが出てくるのだ」


 カチンとして、声に不機嫌さが混じる。


「え? 想い人同士ではないですか」


 凄まじい破壊力に、身の毛がよだつ。


「あ、殿下。ジッとしてください。すぐに終わります」


 腕を突っ張り、耐えているハロルドに対し、自由度の高いイレーヌは手をあらぬ方向に伸ばす。


「や、やめろっ」


 上着はこの体制のために捲れている。その下のシャツに手をかけようとしているのがわかり、カッと体が熱くなる。


 次の瞬間、部屋の中に風が巻き起こり、壁にかけられている絵画を揺らす。次第に風が大きくなり、天井のシャンデリアがシャラシャラと音を立て始める。


「殿下?」


「殿下!」


 イレーヌが伺うように呼んだ声と、焦って扉を開ける外で待機していたガレンの声とが重なった。


「あっ」


 ガレンの短いなんとも言えない声を聞き、ハロルドも冷静さを取り戻す。風は止み、部屋は揺れていた名残りでシャンデリアが微かに音を鳴らすだけとなる。


「失礼いたしました。とんだお邪魔を」


「ま、待て。誤解だ」


 どう見ても、今の状況はハロルドがイレーヌを押し倒し迫っている構図だ。どうにも分が悪い。


「手を貸せ。体が固まり、動けない」


 女を避けて生きてきたツケを今、払わされている気がした。


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