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精霊と魔法

28日分、2回目


 四度目の顔合わせは最悪な始まりだった。


 いや、彼女との会う機会に良い始まりは一度としてなかったが。


「殿下。わたくし、おふたりを応援すると決めました。大変、不本意だとは思いますが、表向きはわたくしを皇太子妃に迎えてくださいませ」


「は?」


 口を開け、目をぱちくりと瞬かせるというものだ。今までの控えめなイレーヌの姿は幻だったのか。


 開いた口が塞がらないハロルドの傍らで、またしても笑いを堪えているガレンにいい加減、辛抱出来ずに忠告をする。


「ガレン。お前、余計な助言でもしたのであろう」


「いえ。私は、余計な助言は一切」


 余計ではないと言いたげなガレンに、深いため息を漏らしたくなる。


「イレーヌ。私はそなたから質問の答えを聞いていないが?」


 当たり前の指摘をすれば、イレーヌは肩を揺らした後、みるみる頬を赤く染めていく。


「イレーヌ?」


「あ、あの。名前……」


 これには驚いて言葉を失う。婚約者になってやると鼻息荒く訴えたくせに、名前を呼ばれただけで、この態度とは。


 悪戯心がムクムクと湧き上がり、目を伏せているイレーヌに声をかける。


「私を見ろ。イレーヌ」


 隠そうとしているが、名を呼ばれるだけで肩が震える彼女に加虐心が煽られる。




    

「恐れ多くて見られませんわ」


「前に穴が開くほど見ていたではないか」


 イレーヌは突然呼ばれた名前と、今までにないハロルドの雰囲気に飲まれそうで、落ち着かない気持ちで視線を彷徨わせ、この窮地を脱しようと試みる。


 けれどそれも不可能と知る。不意に手を取られ心臓が音を立てた。


 ハロルドの長い腕はいとも簡単にイレーヌの手を掴み、持ち上げる。


「お戯れを」


 なんとか震える声で抗議してみても、手が離される気配はない。


 イレーヌは自身の手の行方を辿り、ハロルドの瞳に囚われ、肩を揺らす。


 美しいブラウンの瞳は光の加減でグリーンにも変わり、吸い込まれるように目が離せない。


「なぜ怯えている。正式な挨拶をするだけだ」


 確かに手は優しく持ち上げられただけ。そして、手の甲に唇を寄せるのは上流階級の男性が女性にする挨拶のひとつだ。


 けれど見つめられまま、手の甲をそっと親指の腹で撫でられ、イレーヌは全身の毛が逆立った気がした。


「美しい手だ。口付けるのが惜しくなる」


「お許しください」


 ほとんど泣き声と変わらぬ消え入る声で訴えたが、聞こえなかったのか聞く気がないのか、ゆっくりと手に顔を寄せられる。


 上目遣いで見つめられたまま、コマ送りみたいな映像が目に焼き付く。


 長いまつ毛が瞬いて、閉じる様まで見届けた後、優しく唇が手の甲に触れた。


「こんなに初心で、どのように皇太子妃の務めを果たすつもりだ」


 やっと解放された手を胸に抱え、勝手に潤んでくる瞳でハロルドを捉える。


「皇太子妃の務めは精一杯させていただきます。殿下の恋路の応援も全力で」





 盛大に勘違いをしていると気が付いたが、今はそれよりも先に解決しなければならない問題がある。


 どうして遠征先から帰ったあとに出来ないのか、ハロルド自身、自分の心の内を見ないようにして強引に話を進める。


「昔、ある少女に出会った。そのときにイタズラをしようとして、かなわなかったが」


 ハロルドが言葉を切ると風が舞い、近くにあった花びらが弧を描いてクルクルと飛んでいく。


「わあ。綺麗ですね」


 呑気な感想を浮かべるイレーヌは、果たしてとぼけているのか、隠しているのか。


 ハロルドとしては今さら隠すつもりもないため、わかりやすく人差し指を一本だけ立ててみせた。


 そしてイレーヌが注目したところで、指先に小さな竜巻を起こす。


「えっ。すご、すごいです。もしかして、精霊が?」


 イレーヌの言葉を聞き、竜巻を止め指を握り拳を作る。


「なぜ精霊だと?」


「それは、よくおとぎ話に出てきて。不思議な出来事は、だいたい精霊の仕業ですから」


 責めるような言い方になってしまったせいか、イレーヌの瞳が揺れている。


 ハロルドは首を左右に振りながら、指摘する。


「精霊に頼み事をするのは、よくないと小さな頃から教わっているはずだ」


「それは……はい」


 クロかもしれない。そう思いつつ、ハロルドは話を進める。ここまで見せておいて、有耶無耶には出来ない。


「これは精霊に頼んだわけではない。魔法だ」


 握りしめていた拳をイレーヌに向かって開き、穏やかな風を起こさせると、イレーヌの髪はふんわりと後ろに流れた。


「魔法……魔法ですか! すごい!」


 目をキラキラさせるイレーヌに、続きを話すのが辛くなる。いっそ、話さずにいたいが、そうもいかなかった。


「魔法を見るのが初めてだとしても、どうして精霊だと思った? それは精霊と接した経験があるから、ではないのか?」


 目を見開き、唾を飲み込むために喉が上下する様まで見続けた。少しの変化も見逃したくなかった。


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