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さて、とバイト情報誌を眺めていると回りから聞こえてくる音に思わず耳を傾けてしまい、全然ページを捲れない。
「だから俺はいってやったわけよ」
「このレポートさぁ」
「昨日完徹しちゃってまじねみぃ」
ざわざわと静まることのない空間をぼんやりと眺めていると数人知っている人が通ったりする。あの人元気かな。そういえば最近話してないな。そんなことを思いながらもわざわざ話しかけに行くわけではない。ふと視界に入ったのは講義の資料が挟んでいるバインダーで手にとって見ると天野と書いてあった。ノア先輩の忘れ物だろうと思いノア先輩に資料を忘れているとメッセージを入れる。そのうちくるだろうと思い再度バイト情報誌に目を向けた。
「何してんの?」
宮村が変な顔をしてこちらを見ていた。
「宮村?」
「わり、先に行ってて」
友人にそういった宮村はすたすたと近づいて躊躇いなく手元にある情報誌を覗き込む。何? バイトすんの? と聞く。
「波多野、今してなかったけ?」
「してるよー」
「バイト変えんの?」
「そうじゃなくて」
「変えるなら学祭終わってからにしろよ」
「そうだね」
へらりと笑うと宮村はよけいに険しい顔した。
「なに考えてる?」
「え?」
「おかしいだろいきなりバイト雑誌みるなんて」
宮村の言葉にえっと、と言い訳を述べようとするが思い浮かばない。
「アキラちゃん?」
バインダーを取りに来たノア先輩が不思議そうな顔を向けていた。
「彼氏? いたっけ?」
きょろりと宮村と見比べてノア先輩はそう言った。違うと言う前にちらりと見えた宮村の顔はすごく歪んでいてそれをみてノア先輩は笑いながら違うみたいだね、と言う。
「なになに? 早速探してるの?」
どうやら宮村に対しての興味は薄いようで、ノア先輩は手元のバイト情報誌を覗き込んで言う。
「まぁ……ですね」
「いいのありそう?」
「あー、どうでしょう? そもそもノア先輩のギャラがいくらなのかわかんなくてどのくらいすればいいのかと」
「は?」
実際いくらだと思います?
そう続けた時に聞こえてきたのは低い声だった。ぱっとそちらを向くと宮村が怒ったようなどこか、やるせないような目を向けている。
「宮、村」
「なに? ギャラって」
「それは」
「ん? 何? 君、アキラちゃんの文芸部の話知ってんの?」
言いよどんでいるとノア先輩がさらりとそういう。おかしな空気が流れてしまい、思わずうつむいた。仕方ないと言わんばかりのため息と苦笑が聞こえる。わたしの左隣の椅子と正面の椅子がガタリと動いた。座って話を聴く体制になっているふたりの視線がこちらを向く。
「えっと。こちら宮村くん、絵をお願いしてるんです」
まずノア先輩にそういうとへぇと興味深そうに宮村を見た。
「アキラちゃんがさっきいってた子?」
「そうですね」
「そんなにすごいの?」
「すごいなんてもんじゃなくて! もうこの話を決めた時に絶対宮村じゃないとって」
ノア先輩と話すとおい、という宮村の言葉が聞こえてそちらを見ると不機嫌そうな表情の宮村がいる。しまった、今する話じゃなかったと思いつつ話題を変えようとするが、ノア先輩は面白そうに宮村を見ると、なぁと話かけた。
「君、絵描くんだろ?」
「なんでっすか」
「アキラちゃんが君の絵がすごいって」
宮村からなに言ってくれているんだと言わんばかりの顔をされて、ごめん、と口パクで伝えると溜息をつかれる。
「そんなんじゃないっすよ」
「アキラちゃんが褒めてた君の絵みたいんだけど」
「いや、あの」
「で」
宮村が何かを言う前に宮村に向かって言う。
「こちらが天野ノア先輩。動画作るの得意だからお願いしてて」
「お願いしててなんでバイトとかギャラの話になんの?」
にこりともしない宮村に叱られているような気分になりながら言葉を発する。意図せずに、ボソリボソリと出てくる言葉は我ながら、こどもの言い訳のようだと思った。
「ノア先輩、引き受けるのになにかないといけないって。わたし、絵は宮村がいいし、編集はノア先輩がいい。大体アニメ制作のメンバーだってわたしが選ぶって話だったじゃん」
「で? バイト?」
「うん、そう」
馬鹿じゃん? そう言った言葉にパッと顔を上げた。
「時間あんまりねぇよ? それでバイト増やして、どうやって作るつもりなんだよ」
「どうって……」
口ごもると宮村はノア先輩と話し始めた。
「ってことなんで、なかったことにしてもらっていいっすか?」
「いいの? 多分君たちだけじゃできないよ」
「俺、これに参加する、手伝うって決めたんで。どっちかが苦しいとかそういうの違うと思うんすよ」
その宮村の言葉にまじまじと宮村を見る。
「うまくいっても、無理でも、どのみち一蓮托生なら。せめてどっちかだけかとかそんなのしちゃいけねぇっす。友達なら尚更」
ノア先輩は面白そうに笑うとじゃあと口にした。
「多分俺がいたほうがいいのできると思うけど。いなくていいんだな?」
「いいっす。ギャラが発生してそれがノルマみたいになられても困る、どうせするなら一緒にしたいって思って楽しんでもらいたいですからね」
さらりとそういうとそういうことで、とぺこりと頭をさげていた。
「ってことらしいよ、アキラちゃん」
苦笑しながらいうノア先輩の目は優しくてわたしの願望かもしれないが、わたしがもう一度誘う言葉を出すのを待っているようにも見えた。
「あーぁ。せっかくだし絵を見たかったなぁ」
わざとらしくそう言ってはノア先輩はわたしをチラリと見た。
「ノア先輩……あの」
結局、ノア先輩はギャラなしで、参加してくれるということになった。
というのも、あの後別にわたしが説得したからとかでなくて、部室に行き宮村の絵を気に入ったからだ。その絵を、動かすのを見たい、動かしたいからだと言っていた。
「やっぱりすごいなぁ」
「あ?」
ノア先輩の帰った部室で少し不機嫌そうな宮村はノア先輩に見せていた絵を片付けながらわたしを見た。
「宮村の絵」
「そんなことねぇよ」
「あるよ。本当に、どうして、辞めちゃったの」
宮村は難しそうな顔を向けただけだった。