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 居酒屋は大学への最寄り駅の近くにあるこじんまりした居酒屋は色の落ちた暖簾を変えずに使っていた。


「よく知ってたな、ここ」

「たまに来たくなって」


 閑散としている店内にちらほらといる人達は少人数でのんびりとのんでいた。


「らっしゃい」


 ちらりとこちらを見た店員は人数を見てあちらの個室にどうぞと手を示した。ペコリと頭を下げて個室に入る。とりあえず生で、と頼み、さて、と口を開いたのは誰だったか。堰を切ったように言葉が流れはじめた。




「だからぁ」


 いい感じに酔ったノア先輩はお前らさ、と、口にした。


「なんでアニメなんてはじめたんだよ」

「それ先輩に言いましたよ!」


 ノア先輩は、あれそうだっけ? とたいしたことのないように笑った。


「なぁ、宮村、お前は絵がうまいよ」


 ノア先輩は気分よさそうに口にする。ノア先輩がわたしたちのなにかを褒めるのを聞いたのは初めてだった。


「すげぇいい、いいよ」

「ありがとうございます」

「なんでお前あんなにいい絵描くのに無名なんだろうな?」

「何にも出してないからじゃないっすかね?」

「は、なんんでだよ。出せよ」

「いや、それは」


 口籠る宮村にノア先輩はあのさ、と口にする。


「正直お前がなんで大学を絵、絵を描く事を選ばなかったのか理解ができない。なんで?」

「なんでって」

「多分お前なら、お前ならきっと、描くことで、世界が広がっていたと思うよ」

「世界が?」

「そう世界が。感じた事ないか? そう言うふうに」


 返事を返さない宮村を気にした様子もなくノア先輩は口にしていた。


「多分俺たちは似ている。お前はこっち側だよ」

「こっち側?」

「世の中に見えないラインがあってな」


 グタグタに酔っているノア先輩はへらりと笑いながら楽しそうに言う。


「才あるものと、そうでないもの。好きでやるのも、頑張るのも同じでも何か違うどこか違うそういうのをもってるやつっているんだよな。で、そういうやつらが好きなものを目指す権利があるわけ」

「そうじゃない人は権利がないと?」

「ちげぇよ。そうじゃない。でも、相当な努力と挫折と運とないと厳しいだろうなぁ。な、町田」

「なんでわたしにそこで話題を振るんですか!」

「なんでって間違いなく町田もこっち側、だろ?」


 マッチーはあきれながらも、まぁ言いたいことはわかりますよ、と口にした。


「一定ラインまでいけちゃう人とそうじゃない人がいてな、そのラインがチャレンジ権だとしたら」

「チャレンジ権?」

「夢を目指す、チャレンジ権な。それだとしたら、そこまでに挫折と努力と運を重ねてきた人はそのラインを越えてもっともっとを求められるんだよ。だから努力の人はすげぇってなる。でも俺には無理だなとも思う」

「無理?」

「俺はやりたいことと、できることが一致しなかったからな。できることをやりたいことに変えてる真っ最中だ」

「やりたいことは、何だったんですか?」


 マッチーが聞くとへらりと笑ったノア先輩は楽しげに笑った。


「こういうことしない、普通の人生! でも、こっち側だと悟ったらもう無理だろ?」


 その言葉を向けられているのが、わたしではない。

 宮村とマッチー、ノア先輩。ノア先輩のいうところのこっち側で、わたしはきっとあっち側だ。その事実に吐きそうな気持ちになった。



「外の空気すってきまぁす」


 ふらりとした足取りでそういうと、ノア先輩はこちらを見た。


「アキラちゃん」

「はい?」

「俺はアキラちゃんを気に入っている。いい後輩だとも思う。1番仲良い後輩って聞かれたらアキラちゃんの名前を出すかもしれない。けどな。正直、アキラちゃんの書く話面白くない。アニメにむいてねぇ」

「むいて、ない」

「起承転結が少ない。見応えがない。情景が浮かばない。一定してストーリーもイメージも落ち着き過ぎ。これじゃうまく編集できないし、うけるわけもない。努力したんだなってのが浮き彫りにわかる。余計に白けるんだよな、そういうの。がんばってのがわかるよ。丁寧に書いてる。趣味だったらいい線いくと思う」

「しゅみ、だったら」

「面白くねぇよ」

「わたし、わたしは」


 言葉に詰まる。ノア先輩酔っていて目は座っている。おそらくずっと思っていたことだと思う。ずっと思っていて言わなかったこと。それを今言うだけのことだ。



 本音を言うと、知っていた。

 気づいていた。

 わかっていた。

 きっとわたしには何もない。

 いくらなりたくたってわたしには慣れない。

 作家には、わたし、きっとなれない

 その言葉にそっと目を逸らして外の空気を吸いに立ち上がった。




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