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じりじりと照りつける夏の日差しと開け放たれた窓からぬるい風がふいていた。じとりと汗が吹き出ては不快な気持ちになる。
黒板に『おはなしをかく人のはなしをきいてみよう 4回目』と書いてある。背の低い担任の先生は長くいろいろ話したあとにみんなに将来の夢について話してもらいたいと言った。座席の順にあてられていってはおのおの夢を話していく。おはなしをかく人、と呼ばれているその人はにこにことしながらクラスの光景を見ていた。
「宮村カナくん」
「えっと、ぼくは、絵を書く人になりたいです」
パラパラとまばらな音が響いた。
「あいつの家お金ないのにどうやってかくんだろうな」
「綺麗な人になりたいのまちがいじゃないのか」
「お金持ちになりたいって言いたかったのかも」
ヒソヒソとかわされる言葉に先生がコラッと怒りそして名前を呼ばれる。
「じゃあ次、波多野アキラちゃん」
「はい! わたしのしょうらいのゆめはおはなしをかくひとになって、みんながよろこぶアニメをつくることです!」
ガランとした部室をみてふと頭を過ぎったのは小学生のころの授業だった。
豊生大学の3年、春。夢はまだ叶えていない。
「アキ? やっぱりここだ」
コロコロと鈴がなるような声がきこえて振り向く。まん丸の瞳がこちらをみていた。
「サヨ」
ふわりとしたパーマが揺れて友人のサヨは躊躇いなく部室に足を踏み入れてすこし拗ねたような声を出した。
「もぉ、スイーツバイキング行こうって話してたじゃん」
「あれ今日だっけ?」
「そうだよ! 講義終わったら行こって言ってたから連絡してるのに返事ないんだもん」
そういうサヨに慌ててスマートフォンを確認するとサヨからの通知がきていて、ごめんと伝える。
気にしてないよ、と言わんばかりにサヨはひらりと手を振るとそれにしても、とガランとした部室をしみじみとみてため息をついた。
「なんか、暗いねここ」
わたしが散らした机の上を片付けているのを横目にみながらサヨは本棚をまじまじと見ていた。
「そう?」
「彼氏が言ってたよ、文芸部はもう廃部になるって」
「ならないよ。聞いてないもんそんな話」
「えー、でも」
「っていうかサヨ彼氏いたっけ?」
「よく聞いてくれました! 執行部の西野先輩と付き合うことになったんだぁ」
その名前を聞いて片付けていた手を留める。
「え」
「うん?」
「執行部の、部費を牛耳ってる、会計担当の、西野先輩……?」
「牛耳ってるっていい方は納得行かないけどその人だよ」
嘘をついていなさそうなサヨに絶望感が押し寄せる。
「じゃあ……もしかして、文芸部って廃部?」
「そうみたいだよ?」
それがどうかした? と言葉を続けながらコテンとサヨは首を傾げた。
「嫌だ!」
「嫌だって言っても……あ、大丈夫! 今年度まではあるみたいだから!」
サヨのフォローさえも耳に入らずどうしようとグルグルと頭が回る。文芸部は豊生大学が出来た当初からある歴史ある部活だ。豊生大学文学部在籍で文芸部の初代部長の名前はわからないがミステリー会の第一人者とまで呼ばれている人気ミステリー作家さんだ。小学生の時母校ってことでお話をしに来てくれたのを覚えている。その時からわたしにとってその人は憧れで目標で。この大学に進学をしたのだって半分くらいはその作家さんの出た大学だからだ。そんな歴史ある部を廃部になんてさせたくない。
「アキ?」
「サヨ! 彼氏さんに会わせて!」
「んー、いいよ! でも今日はスイーツバイキング行くからね」
「ん、行こっか」
へへっと笑うサヨに頷いた。