婚約破棄は私から
「急に呼び出してしまってごめんなさいね。で、いきなり本題なのですけれど、私は貴方との婚約破棄を考えておりますの」
屋敷に駆けつけた婚約者様が唖然とした表情になりました。
「・・・そ、それはいったいどういうことでございましょうか?」
「私達は家同士で決めた婚約でございましょう?家格を考えますと貴方からでは断りづらいでしょうから、私のわがままとした方がスムーズにいくと思いましたの」
「なぜ私が貴方との婚約を断りたいとお思いなのでしょうか?」
私はわざと大きなため息をつきました。
「昨日の伯爵家のパーティ、貴方はお気づきにならなかったようですけれど、私もほんの少しだけお邪魔しておりましたのよ」
「えっ?!」
婚約者様は驚きで目を見開いています。
「パーティに参加予定ではなかったのですけれど、昨日はちょうど伯爵夫人に御用があってお伺いしておりましたの。若い方が多い気さくなパーティということで、伯爵夫人のお言葉に甘えてちょっとお邪魔させていただきましたのよ」
「申し訳ありません、まったく気がつきませんでした」
「あまり目立たないようにしておりましたから、気づかないのも当然ですわ」
扇で口元を隠しながら笑う。
「そして本当に驚きましたわ。貴方が女性とやけににこやかにダンスを踊っているのを見た時は」
「・・・あ、あれは」
「その後、バルコニーでその女性が貴方に抱きついて、頬にキスをしているところも見てしまいましたの。お友達の皆様がずいぶんと楽しそうに囃し立ててらっしゃいましたわね」
「・・・え」
私は扇をパシッとたたみました。
「お友達も認めるような女性がいらっしゃるのならば、遠慮などせずにもっと早くおっしゃってくださればよろしかったのに」
「い、いや、あれは違うんだ!」
あら、動揺しておられるのか言葉遣いが変わりましたわね。
「昨日のお相手がどこのどなたかは存じません。けれど、私はこの機会に思いましたの。貴方に好きな方がおられるのなら、幼い頃に家同士で決めた婚約で貴方を縛りつけるべきではないのだろうと」
「それは誤解です!」
婚約者様が立ち上がって叫びました。
「そもそも昨日の相手は女性ではなく男性だったのです!女性にしてはやけに背が高かったでしょう
?!」
少し冷静さを取り戻したのか、言葉遣いが元に戻られましたわね。
「言われてみればそうですわね。踊っていた時は貴方とほぼ同じくらいに見えましたもの・・・ああ、申し訳ありません。そういう嗜好の方もおられるという知識はありましたものの、今まで実際に遭遇する機会がなかったもので考えが及びませんでしたわ」
「・・・嗜好?」
「貴方は女性の格好をした男性がお好きなのでしょう?」
「違いますっ!」
「ああ、服装がどうこうではなく単純に男性の方が」
「それも違いますっ!お願いですから私の話を聞いてください」
婚約者様は少し落ち着いてからソファーに座り直しました。
「あれは仲間内でのちょっとした遊びだったのです。先日の定期試験の成績が一番悪かった者が女装してパーティに参加するという罰ゲームを決めました。罰ゲームの対象になったのは子爵家の令息だったのですが、彼の姉達が面白がって見た目はほぼ完璧な女性に仕上げてくれまして」
「あら、それはずいぶんとおもしろそうですこと」
婚約者様は少し顔をしかめました。
「・・・で、どこからか話が脱線してしまいまして、パーティ会場で成績が一番よかった者と踊るということになってしまったのです」
「・・・あら?でも、頬にキスは罰ゲームに含まれていないのでなくて?」
小首をかしげて婚約者様に聞いてみました。
「それは・・・その場のノリで断りきれなかったのです」
「まぁ、そうでしたの」
「昨日のパーティに貴女が来ていようがいまいが、誤解されても仕方のないことだったと大変反省しております。大変申し訳ございませんでした。ですから、どうか婚約破棄などとおっしゃらないでください」
そう言いながら深々と頭を下げました。
そして私は再び大きなため息をつきました。
「どうか頭をお上げくださいませ」
しばらくの沈黙の後、私から話を切り出しました。
「さて、あまり貴方に意地悪するのも申し訳ないのでそろそろ種明かしいたしますわね。本当は昨日のパーティのお相手が子爵家のご令息であることは気づいておりましたの」
「えっ?」
頭を上げた婚約者様はずいぶんと驚いた顔になっていました。
「多少変装していようが貴方のご友人の顔くらいわかりましてよ」
「だったらなぜ婚約破棄などと?」
「先ほども申し上げましたけれど、昨日の件で貴方を婚約で縛りつけるべきではないと思いましたの。今回は違ったようですけれど、いつか貴方に本当に好きな方が出来るかもしれませんでしょう?貴方が幸せになることが私の願いなのですから」
婚約者様は立ち上がって私の前までやってきて、ひざまずいて私の手を取りました。
「私の幸せは常に貴女とともにあります。確かにきっかけは家同士で決めた婚約でしたが、それは私にとっては最高の幸運でした。貴女の美しさだけでなく、勉学など常に努力する姿にますます惹かれておりました。私の愛する人は貴女だけです」
私はうつむいてしまいました。
「・・・でも、私は貴方に意地悪してしまうような女ですのよ。だって私以外の人と楽しそうに踊ったり頬にキスされているのを見て、昨日からいろんな感情がわき上がっていました。今もその感情を消し去れなくて貴方に意地悪してしまったんですもの。貴方に愛される資格なんてありませんわ」
「いいえ、貴女は何も悪くありません。そんな感情のきっかけを作ってしまった私が悪いのですから」
私はしばらく黙っていましたが、やがて婚約者様の目を見つめて言いました。
「・・・それでは今回の件はおあいこ、ということで収めませんか?」
「貴女がそれでよろしければ」
婚約者様は私の手の甲にキスをしました。
「一応は解決ということにはなりましたが、貴女に不快な思いをさせてしまったのは事実なので、何かしらお詫びをしたいと思うのですが」
冷静になり、ソファーに戻った婚約者様がおっしゃいました。
「別にお詫びなどいりませんけれど・・・1つお願いがございますの」
「何でしょう?」
「どうか私と話す時はもっとくだけた話し方をしてくださいませ。丁寧な話し方も好きですけれど、なんだか少し距離を感じる気がしますもの」
「わかりました。努力いたしま・・・いや、努力しよう、かな?」
婚約者様の照れ笑いがなんだかかわいいですわね。
「そういう貴女も私に対してくだけた話し方をしてもいいんですよ?」
「わかりましたけれど、あまりくだけた話し方をする機会がなかったので、これから勉強いたしますわ・・・じゃなくて、勉強するわ、かしら?」
お互いに顔を見合わせて笑ってしまいました。
「ああ、そうでしたわ。貴方にもう1つだけお願いがありますの」
「私に出来ることでしたなら何なりと」
「罰ゲームで貴方が女装することになりましたら、ぜひ私にお任せくださいませね。子爵家のご令息に負けないくらい完璧に仕上げて見せますわ」




