第1-2話 "脱兎" フュイール
エタったと思いました?
私も思いました←
どうも足音を殺してるっぽいが、たいした実力じゃねーな。
雑踏に紛れて人間がひとり、駆け寄ってくるのがわかる。
放っといてもいいが、こういった手合いから情報を集めるのも悪くねぇな。
俺はさっき買った干し肉をかじりながら近くの人ごみに紛れ込むと、すぐに気配を断って物陰に潜む。
すると、慌てたように女が一人飛び出してきた。
「なっ……消えた!?」
見たところ若い、子供か大人かわかんねーくらいの小柄な女だ。
だが纏っている雰囲気からカタギじゃねーのはわかる。
露出の少ないピッチリとした軽装の上にはヒラヒラとしたローブを羽織って隠しているが、腰にはナイフも見える。
ま、でかい街にはよくいる盗賊団か地下組織ってとこだろう。
まさか単独じゃねーだろ。
ちょっとつけてみるか。
「ちくしょう……あんな大物を逃がすなんて……」
女は肩を落として普通の歩き方に戻り、そのまま街の外の方へ歩き出した。
この街は人間族の国の首都。
丘の上にそびえ立つ王宮を中心に貴族街が広がり、麓には神殿や冒険者組合なんかの施設と平民街があって、さらに外周には壁と堀、その内外に畑なんかが広がっている。
壁の外には貧乏人や犯罪者どもが勝手に集まってできたスラム街もある。
例の女をつけていると、スラム街に隣接する地区の宿へ入っていった。
一応壁を越える為の門には王国軍の兵士が構えてるし、壁の中なら安全だとされているんだが……
どうもこの地区は安い扱いを受けているみたいだな。
木造2階建ての、見るからに陰気で安っぽいクソ宿だ。
金のない冒険者や半端者の掃き溜めってところか。
俺は隠匿の術を発動して正面玄関から忍び込んでみたが、予想通り誰も気づかねぇ。
イーグルの千里眼が異常だっただけだ。
紅牙族秘伝の隠匿の術が、そこらの素人に見破れるハズがねぇ。
「なんだフュイール。顔色が悪いな。またやべぇ奴に当たって逃げてきたのか?」
「うるっさい。ただちょっと獲物を見失っただけよ」
1階の酒場でさっきの女が店主と話していた。
「見失ったぁ? おめぇが見失うような手練の情報は回ってきてないがなぁ。いい獲物だったのか?」
「まぁね。身分を隠した貴族か大商人の息子。それも世間知らずのボンボンよ。平民街の市場で金貨出してるのを見たわ」
「金貨だぁ?! がっはっは!! そりゃぁいい。おめぇ疲れてんだよ。それとも金に飢えすぎて銅貨が金貨に見えだしたか? がっはっは!!」
「うるっさいわね!! アレはたしかに金貨だったわ! ちくしょう……なんで見失ったのよアタイは……。あれさえあれば……」
「ま、一杯奢るから飲んでけ。川の水だけどな! がっはっは!!」
……どうやら俺が出した金貨で釣れちまったらしいな。
ここが盗賊団のアジトになってんのか?
めんどくせぇから、直接聞いてみるか。
「それって俺のことか?」
「!!」
隠匿の術を解いて話しかけてみると、女が壁まで飛びのき店主はナイフを構えた。
だが他に人の気配は無い。
「そんな……アタイがつけられるなんて……」
「お、おい。こいつが例の……?」
「っ……、そうよ……」
「おいおいおい、どこが世間知らずのボンボンだよ! とんだ手練じゃねぇか! この距離で気付かないようなバケモン連れ込みやがって!! 俺は関係ねぇんだ!! さっさと出てってくれ!!」
「ちょ、あと三日分は払ってるでしょ!?」
「知るか!! 自業自得だ!!」
「そんなぁ……」
なんかいきなり喧嘩しだしたぞ?
これも俺のせいなのか?
「別におめーにやり返す気はねぇぞ。ただちょっとカタギに見えなかったんでつけてみただけだ」
一応安心させてみる。
「つけてみたとか簡単に言わないでよ!」
「ん? 簡単だったぞ? ここに入るまでは術も使ってねぇしな」
「う、うるっさい!! 黙れ黙れ黙れ!! なんなのよアンタはぁ……」
なんか喧しい奴だな。
さっさと本題に入るか。
「ちょっと聞きたいことがあってな。そっちの店主も答えてくれりゃ生かしておいてやる」
「あ、アン? 生かしておいてやるだぁ? 随分と強気だが、お、俺のバックにはなぁ……」
「聞きたいことがある。二度も言わせるな」
話が進まないので、棒手裏剣を一本店主の右腕に投げつける。
店主は目で追うこともできず、右腕がカウンターに縫い付けられた。
「んぎゃああああ!! お、俺の腕が!! 腕ぇええ~~~っ!!」
「もう一本いっとくか?」
「わ、わかった!! わかったから!! やめてくれ!!」
「女の方もいっとくか?」
そう言って目を女の方に動かすと、そこには誰もいなかった。
馬鹿なっ!?
俺に気付かれずに逃げた……だと!?
「おい、店主よ。あの女は何者なんだ?」
右腕の手裏剣を引っこ抜いてうずくまっている店主に詰め寄る。
「ああ? くそっ自分だけ逃げやがったか! なぁ、あいつの情報を売る代わりに見逃してくれねぇか。俺はもともと無関係じゃねーかよ!」
「……そうだな。あいつの情報と、この街にいる手練について教えてもらおうか。特に冒険者組合に出入りしてる奴でヤバイのがいたら教えてくれ。ブライアンとかイーグルみたいな強さの奴だ」
ブライアンとイーグルの名を出した途端、店主の顔色が真っ白になった。
目はキョロキョロと落ち着き無く泳ぎ、滝のような汗が着ているシャツを濡らす。
なんだ?
トラウマでもあんのか?
「ぶ、ブライアンにイーグルだぁ? あんた、まさかザーゲの客か?」
「ザーゲ? 知らん」
「……まぁ、いい。まずはあの女だ。あいつはフュイール。この街で珍しくソロでやってるこそ泥だ。戦闘は大した腕じゃねぇが、とにかく逃げ足が早い。あいつが本気で逃げて逃げられなかったって話は聞いたことがねぇな……。界隈じゃ"脱兎"なんて呼ばれてるぜ。名前が言いにくいからむしろそっちで通ってる」
脱兎のフュイール……。
あの逃げ足、たしかに只者じゃねーな。
逃げに特化した盗賊か。なかなか厄介な存在かもな。
「で、ザーゲってのは?」
「ザーゲを知らねぇのか……? こ、この国、アンスロポス王国の……そしてこの王都アマルティアの裏の支配者だ。冒険者組合長、不死身のザーゲ……。人間族至上主義のこの国を操る異端だ。奴を探ろうとすれば消される。直接会えるのもブライアン、グランツ、ヴァイデたち伝説の3剣士や一部の者だけって噂だ」
不死身のザーゲ……か。
それにグランツとヴァイデ。
そいつらはブライアン並かそれ以上の要注意人物ってわけだ。
「イーグルみたいな索敵に特化した奴はいねーのか?」
「……なぜあんたがイーグルの能力を知ってるのかは聞かねぇが、奴の名を気軽に出さねぇ方がいいぜ。冒険者組合でも最高機密のひとつだ。アレに匹敵する索敵能力なんてそうそうあってたまるかよ。それこそザーゲの隠し玉くらいじゃねーか? 居たとしたら、の話だが」
「なるほどなー。おっし、だいたいわかった。ご苦労さん」
俺が話を切り上げると、店主はほっとした表情で顔色を戻した。
「じゃ、じゃあ用が済んだなら出てってくれよ……」
「おう。世話になったな。苦痛はないようにしてやるよ」
「え、は? ……かふっ」
なかなか有益な情報をもたらしてくれたお礼に、苦痛を味わうこと無く死ねるよう気絶させてから心臓を貫く。
ま、口封じの必要も無いだろうが、念の為だ。どっから漏れた情報が弱みになるかわからねぇからな。
イーグル程の索敵能力者が他に知られてないってんなら、後は自分で潜入して調べるしかねーな。
脱兎はしばらく放置でいいだろ。
とりあえずヤバそうな奴らを避けつつ、情報収集だ。
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