閑話 伝説の剣豪はかくして忍と出会う
ちょっとブライアン視点。
アルカ大陸西部に位置するアンスロポス王国。
南東の国境には広大な山脈があり、その麓には採掘で栄えた街クラスペダがある。
俺は冒険者組合長から話を受け、この国境付近に最近出没するマッドベアの討伐へと向かっていた。
なンでも領主直々の指名依頼らしく、報酬は破格だ。
いつ引退するかわからねぇ冒険者稼業だ。金はいくら稼いでも足りねぇ。
もちろン二つ返事で引き受けた。
「マッドベアがA級指定とされている理由は2つ。まずその凶暴性。ミスリル合金の鎧すら貫通するという爪と大木を難なくなぎ倒す剛腕を持ち、近づくものは自分の子供でさえ見境なく殺す。この狂った精神構造の謎は解明されていません。子供がどうやって成長しているのかすら謎とされています。
そしてもう一つが、その血液。浴びれば金属すら蝕む猛毒で、マッドベアを攻撃した武器は使用不可能になるケースも多いとか」
隣では相棒のイーグルが今回の標的についての調査内容を読み上げる。
冒険者にとって情報は命だ。
これから向かう先がどンな環境で、どンな魔物がいて、どンだけヤバいか。
それを事前に調べる努力を怠った者から死ンでいく。
もちろン日頃の鍛錬も欠かせない。
だがどれだけ強くても、死ぬときは呆気ないもンだ。
一瞬の油断。
ちょっとした慢心。
いくらS級だなンだと身内の評価を得たところで、ほンの僅かな傷から入り込ンだ毒であっさり死ぬこともある。
俺はそンな奴らをウンザリするほど見てきた。
俺自身が死にかけたことも、何度もある。
こンな仕事やってて未だに指の一本も失わず生きてられるのが不思議なくらいだ。
「じゃあいつもの感じで頼むわ」
「任せてください。ブライアンさんの野太刀は……たしかドワーフ族秘伝の玉鋼とかいう謎の金属でしたね。おそらくマッドベアの毒でも大丈夫だとは思いますが、損傷すれば修復は困難です。お気をつけて」
「わーってるよ」
イーグルはそう告げると、空高く飛び立った。
こいつは頭はいいし冷静沈着、相棒として非常に頼りになる奴だが、ちと固い。
いちいち他人行儀な挨拶を欠かさないもンだから、どうも調子が狂う。
マッドベアが出没するという国境山脈の麓は、深い森林が広がっている。
空から索敵したところで、普通なら獲物は見つからン。
だが鷲の獣人【アギャーラ族】の生き残りであるイーグルには、一子相伝の秘儀【千里眼】がある。
詳しい能力は俺も知らンが、どうも眼で物を見るのとは原理が違うらしい。
距離や遮蔽物を一切無視して、周囲一帯の様子を具に「見る」ことができる。
精度や距離に応じて消耗も激しいようだが、この程度の索敵なら朝飯前ってわけだ。
こいつと組ンでからは随分と仕事が楽になったぜ。
なンせ俺は戦う以外はさっぱりだからなぁ。
そのへンの魔物を適当に狩りながらしばらく待っていると、イーグルが戻ってきた。
紺色の羽毛に包まれた体に対して、首から上は淡いグレーになっている。
全身がフカフカと柔らかそうだが、顔の方は特にモフモフとしていて、こうやって降りてくる時なンかは風を受けてフワフワっとなってるもンだから、つい触りたくなっちまう。
もちろン口が裂けても言わンがな。
「見つけました。ここから4kmほど東に進んだあたりで、冒険者風の二人組と交戦中です。といっても、どうみても下級の冒険者でしたので、五分もてば良い方ですが。どうしますか?」
「見殺しってわけにもいかンだろ。冒険者組合は建前上、組合員の相互扶助でなりたってンだ。組合長の顔も立ててやらにゃいかンしな」
「貴方ほどの力があれば、もう冒険者組合などに気を使う必要もないでしょうに……。妙なところで義理堅いですよねぇ」
「バーカ、義理と人情は男の美学なンだよ。理屈じゃねぇ」
「まったく、人のいい。それじゃあ私が上空から案内しますので、いつものように距離を保って接近してください。私が状況を見て合図をしたら」
「毎回言わンでもいい加減覚えたっつの……。敵の隙ができたところに俺が一発食らわせて終わり。だろ?」
「そうです。このやり方が一番危険が少ない。もちろん、私とブライアンさんの能力があってこそですが」
「わーってる。俺もまだまだ引退するつもりはねぇからな。安全第一だ。いくぞ」
とはいえ、このせこいやり方を覚えてからというもの、どうも勘が鈍ってる気がしてならねぇ。
背後をとって一撃。たしかに俺の野太刀なら大抵の魔物はそれで殺せる。
だが、通用しないヤツと出会うことも当然ある。
そンな時でも相棒との挟撃でなンとかなっちまう。
これでいいのか?
たしかに安全に稼げるが、これすら通用しない相手に出会った時、すっかり鈍っちまった俺達は、果たして生きて帰れるのか?
そンな魔物はいない、とは言い切れねぇ。
いつだって、そンな油断の隙をついてくる奴はいた。
俺も危険を犯したいわけじゃねぇが、なンとかして勘を研ぎ澄まさねぇと、あっさり死ぬかもしれンな。
そンな漠然とした不安を抱えながら、俺はいつものように相棒の案内でマッドベアにたどり着き、背後からの一撃で難なく首をはねた。
助けた冒険者はどうにも苦手なタイプだったが、まぁ、S級に昇進してからは慣れたもンだ。
組合長からタダで仕入れた高級薬草水を適当に分けて俺は人気取り。
その効果を実感したあとで組合に戻り、同じ薬草水が売ってンのを発見した冒険者は、高確率でその薬草水を買う。多少無理してでも、命の保証には変えられねぇ。一度体験してるぶン、買わずに耐えてても脳裏にその薬草水がチラつく。
こうして組合の売上にも貢献し、内外共に俺の人気は上がり、俺の所属する組合は人気と売上の両方を得る。
きたねぇようだが、いくら相互扶助の冒険者組合といえど、何をするにも金と権力がいる。
それは巡り巡って俺達冒険者を助けることにもなる。
もちろン、組合幹部には私腹を肥やす豚もわいてくる。
それについちゃ気に食わねぇ部分もあるが、それでも、俺達冒険者を守れる組織はここしかねぇ。
スラムのガキからご立派なS級冒険者に育て上げてくれたンだ。
こンくらいの協力は、安いもンさ。
冒険者共も帰ったンで、マッドベアを運ぶために上空の相棒へ合図を送る。
その時突然、なンの気配もなかったはずの木陰から獣人が飛び出してきた。
「うおっ! なンだテメェ!! どっからわいた!!」
(ありえねぇだろ!! 俺の索敵やイーグルの千里眼にも引っかからねぇ獣人だと!?)
あまりに早すぎる動きに必死で喰らいつきながら敵を観察すると、あろうことか、裏の社会じゃ死神だなンだって恐れられてる紅牙族がそこにいた。
俺の予感は当たった。
俺はここで死ぬ。
今の鈍りきった俺の感覚じゃこいつの速さに対応できン。
ああ、やはり終わりは呆気ない。
――なンとか生き残った。
信じられねぇ。
イーグルを追い詰めたヤツの分身。
あれ全部本物だぞ?!
そンなの反則だろっ!!
イーグルがなンとかヤツの切り札を見破って優位に立てたンで、俺も目と鼻の痛みを必死に堪えて余裕の表情で迎え撃つ。
ンだよあの粉は!!
鼻どころか頭痛と吐き気がしやがる!!
コイツどンだけきたねぇ武器もってンだよ!!
叫びたい気持ちを必死に抑え、俺はイーグルのペースに合わせてヤツを焦らせる。
こういう時はハッタリも大事だ。
こっちの焦りを悟られたら終わる。
なンとか会話の形に持ち込めた。
こいつ、抜け忍だとか抜かしてやがるが、それを信じるほど俺は楽観的じゃねぇ。
もし今この周囲に紅牙族が潜ンでいても、俺達には気づくことすらできねぇンだからな……
やっぱり死にたくねぇ。
ニヒルに死を受け入れようとか考えてた時期もあったが、俺はやっぱりまだまだ死にたくねぇ……!!
紅牙族、いやガリュウ。
こいつの名はもう、忘れたくても忘れられねぇ。
なンだ?
こンなにやべぇヤツがウロウロしてるもンなのか?!
冒険者組合の中でS級とか言って調子ぶっこいてる場合じゃねぇぞ!!
「……やっと行きましたね。ブライアンさん、まさか、本気で押されてたわけじゃない……ですよね?」
「……ちとやばかったな」
「そんなぁ!! 私、ブライアンさんがついてるからって、めちゃくちゃ強気で言っちゃいましたよ?! あれで反撃されてたら、死んでたかもしれないってことですか?!」
「イーグル、おめぇ……そンな感じだったか? 喋り方とか……」
「だって、超怖かったですもん紅牙族!! なんですかあの速さ、それに実体を伴った分身?! 分身にまで隠匿の術?! なんなんですか!! 死ぬかと思いましたよ!!」
「うるせぇ!! 俺だってな、今自分の生を噛み締めてンだ!! ちょっと一人にさせろ!!」
「ブライアンさ〜ん!!」
「ンがぁ!! ガリュウ!! なンなンだよあの非常識はぁああああっっ!!!!」
次回、第一章「冒険者組合」編スタートです。
お読み頂きありがとうございました。