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紅牙抜け忍 −ガリュウ−  作者: 伺見間士
序章 ガリュウ、紅牙を抜ける
3/7

第3話 S級冒険者の実力 千里眼イーグルと野太刀ブライアン

この話でとりあえずオープニングは終わりです。

 鳥野郎は一間(約180cm)程の背丈にヒョロっとしたしなやかな体つき。

 体表は紺の羽毛で覆い尽くされ、背中には巨大な翼が見える。

 

 この外見からして、おそらくは機動力を活かした戦闘術を駆使してくる。

 地上で追い詰めても、上空へ飛び立って逃げられるだろう。


 そしてヤツの得物は投擲に特化した短槍。

 たしか人間族の国で開発されたジャベリンとかいう武器だ。


 あれは地上での打ち合いや刺突よりも、鳥系獣人の飛翔能力を活かした上空からの投擲が得意な証拠。

 つまりヤツは、地上で逃げ場を失えば十中八九上空へ退避し、距離を取ってからの投擲に移る。


 そこに、罠を張る!!




「分身の術っ!!」


 俺は修めた忍術の中で最も自信のある《分身の術》を発動させた。


 通常の分身は独特の緩急をつけた歩法で素早く動くことにより残像を作り出したり、薬や幻覚魔法によって相手を撹乱する程度。

 分身に実体はなく、攻撃の手数が増えるわけじゃない。


 だが、俺の分身は違う!


「ふん、所詮は目くらまし。このような小細工が私に通用するとでも?」


「するんだよっ!!」


 俺は四人に分身し、四方から鳥野郎を同時に襲撃した!


 正面からは鉤爪による目潰し。

 左側面からは胴体への回し蹴り。

 右側面からは相手の槍を奪いにかかり、背面からは忍刀の突進。


 その全てが()()()()()()()()だ!


「む?! これはっ……ぐっ……!」


 鳥野郎はなにかを察して回避しようとしたが、左からの回し蹴りがその脇腹に食い込んだ。


 俺は紅牙族秘伝の魔術により、実体を伴った分身を作り出すことができる。

 つまり、相手は目に映る全ての攻撃を回避しなければならない。


 だが実のところ、この分身はかなりの集中力を要する上に魔力の消耗が激しい。

 近接戦闘中ならもって三十秒程度の操作が限度だ。


 だから、ある程度の手練相手になるとこの分身の術だけで殺すことはできない。

 弱点を見破られて終わりだ。


 だが、悟らせなければいい。

 

 この弱点を知らないヤツから見れば、地上で飛び回る全ての俺を相手にしなければならない状況だ。

 

 その心理を突く。

 包囲網にあえて逃げ道を残し、相手を誘導する。


 そう、この分身の術の本質は、相手の動きを支配することにある。

 

 戦闘においてそれは、未来を予知するが如く強力な手札となる!!


「ばかな……っ、まさか全てが本物だとでも!! クッ!!」


 背後から時間をずらした忍刀の追撃が、鳥野郎の背中をえぐる。


 そしてバランスを崩した隙きに右からの分身がヤツの槍を奪いに飛びかかる!


「させるかっ!!」


 鳥野郎は右からの攻撃を回避するため、上空へ跳躍……いや、その飛翔能力を使って飛び立った。


 そう。

 それでいい。


 

 ヤツが飛翔して俺から距離を取った隙に、俺はもう一人の敵、剣士の足元に再び煙玉を投げつけた。


「ンがっ!! 同じ手は食わねぇよ!!」


 剣士は煙玉の落下地点まで素早く移動し、長大な野太刀の腹で器用に煙玉を弾き飛ばした。

 だが、煙玉に見せかけたそれは野太刀に触れるとその場で破裂し、中に含んだ大量の辛子粉末を撒き散らす。


「げぇっ!! なんじゃこりゃぁぁぁあ!! げぇほっげぇっほっ!!」


 アレは一般的に対魔物用として出回っている刺激臭を放つ植物の種子を、紅牙族が独自に改造して作った辛子だ。非常に細かな粉末に加工してあり、目や鼻の奥まで入り込み強烈な痛みを発症する。


 俺たち紅牙族はそれを武器として扱うため、毎日自分で吸い込んでひたすら耐える修行を積む。

 そのため、この場でいくら動き回ろうと、俺には一切影響しない。


 これは完全な初見殺しであり、わかっていても対処が難しい強力な手札だ。


 俺は苦しむ剣士の背後に回り込み、三体の分身とともに剣士を挟撃する。


「くそったれが!! 目の次は鼻かよ!! きったねぇぞ!! ンがぁ!!」


 それでも流石は熟練の冒険者。

 俺の気配を頼りに的確に野太刀を振るって牽制してくる。


 だが、俺の狙いは剣士を殺すことじゃない。

 

 剣士を襲っているように見せかけ、影に忍ばせた一体の分身により鳥野郎を狙撃する。

 

 先程四人に分身した際に、既に木陰にもう一人の分身を忍ばせてある。

 五体の維持は多少堪えるが、こちらの三体の操作を雑にしておけばなんとかもつ。


 この状況で鳥野郎が剣士の援護に入ってくれば、その時が狙撃の好機だ!!




「なるほど、影に忍ばせた分身による狙撃が狙いでしたか」


「っ!?」


 なにっ?!


 上空から鳥野郎の声が聞こえてきたと認識したと同時、影に潜めていた分身が消滅した。

 そして響き渡る轟音。


 俺の分身がいた場所には、上空から投擲されたジャベリンが深々と突き刺さっていた。


「こそ泥にしては知恵が回る、と、褒めておきましょう」


 俺の背後、大きな羽音を立てて鳥野郎が降り立った。


 そして眼前には、先ほどまで辛子の粉末に怯んでいたはずの剣士が一変、余裕の笑みで立っていた。


 俺の分身はもう維持の限界が近い。

 なにがどうなっている?

 この状況は、とにかくまずい!!


「なぜ……俺の隠匿の術が見破られた……だと……?」


「ハッハァ! さすがだぜイーグル! やっぱ頼りになるなぁ!!」


「まったく、笑えませんよブライアンさん。あなたが本気で彼を殺そうとしていれば、私の出番など無かったでしょうに……」


 ……なんだと?


 このノロマな剣士野郎、本気を出していなかった?


 俺は、手加減されていたってのか?


「別に手を抜いたわけじゃねえンだぜ? 最初はいきなり出てきて本気で焦ったしな。だがそれも納得だわ。この見た目じゃあよ」


「そうですね……。全身を覆う褐色の体毛に黒い斑点、狼と猫の特徴を併せ持ったような靭やかな体付き。そしてなにより特徴的な、かのアダマンタイトすら噛み砕くとされる凶悪な紅い牙。まさか私も、このような場所で紅牙族とまみえるとは思いませんでした」


「紅牙族が本気で忍んでたンじゃ、そら流石に俺も気付かねぇわ。お前の千里眼には映ってたのか?」


「いえ、全く。ですが先程の分身はかろうじて"見る"ことができました。おそらく、このこそ泥の消耗が原因でしょうね。すべての分身に実体が伴っている点は驚異ですが、これだけの術。相当の集中力や魔力のようなものを消費しているはず。もって一分程度かと」


「ガリュウだ!! こそ泥じゃねえ!!」


 俺はたまらず吠えた。


 なんだなんだ?

 こいつら急に、さっきまでと雰囲気が全然変わっちまったぞ?

 どうなってやがるんだ?


「俺はガリュウ!! もう紅牙族でもねえ、ただのガリュウだ!!」


「あン? おめぇどっからどう見ても紅牙族だろうが」


「違う!! 俺はもう紅牙族の名を捨てた!! 今はただのガリュウだ!!」


「おやおやこれはまた……紅牙族というだけでも珍しいのに、まさか紅牙族の抜け忍と出会うとは……」


「がっはっは!! なンだおめぇ、抜け忍かよ!! こンな珍しいヤツとやりあえるなンざ、俺もなかなかツキが回ってきたなぁ!!」


「貴方はまたそういう……。今回はたまたま数の有利がありましたが、裏社会の死神と恐れられる紅牙族と出逢えば、いくらS級冒険者といえど命の保証はありませんよ」


「いいねぇ。ワクワクするわ。それより、ガリュウつったか? 戦ってみてなンとなくわかったが、一応確認だ。お前、マッドベアを横取りしにきたってわけでもないンだろ?」


「あ? 俺は人間族の悲鳴が聞こえたから、様子を見てただけだ。その熊の肉はたしかにうまいが、別に横取りしなくても自分で狩れる。馬鹿にするな!!」


「だそうだ。おいイーグル。そのこそ泥ってのやめてやれよ」


「まあ、貴方がそう仰るなら。それよりマッドベアの肉を食べる? マッドベアの血液は猛毒ですよ? 紅牙族というのは、どこまで非常識なんですか……」


「あ? 食わねぇなら、よこせ」


「嫌です。貴方には関係無いことですが、これは冒険者組合からの正式な依頼でしてね。討伐したマッドベアを持ち帰ることにより相応の報酬が得られるのです。我々冒険者はその報酬を糧に生活しているのですから、お譲りするわけにはいきませんね」


 なるほど……。

 冒険者ってやつらはあちこちに散らばっていると聞いていたが、その冒険者組合の依頼ってやつのために彷徨いてるわけか。


 だが、せっかくの熊肉を食わずに持ち帰ってどうするんだ?


 すぐに血抜きしねぇと、どんどん不味くなっちまうってのに。


 人間族の考えることはわかんねぇ。


「そういやお前、鳥野郎。お前獣人じゃねぇか。なんで人間族の冒険者と一緒にいるんだ?」


「鳥野郎……」


「がっはっは! 鳥野郎か! そりゃあいいぜ!」


「よくないですよ……。ガリュウ、と言いましたか。私はイーグル。【千里眼(せんりがん)】のイーグルで通っています。鳥野郎ではありません。そしてなぜ冒険者をしているのか? 答える義理はありませんね」


「おいおい、もしかして拗ねてンのか? イーグルよ、オメェのそンなとこ初めて見るわ……」


 千里眼……。それがさっきの、俺の隠匿の術を見破った技の正体か?


 目がいいだけじゃ見破れねぇはずだ。

 おそらくは種族特性と魔術の組み合わせか……なにか秘密がありそうだが……


「それはそうと、どうしますか。こそ泥じゃないなら、もう戦う理由もありませんが」


「ンだなぁ。ま、不幸な勘違いってやつだ。ガリュウの方から突っかかってきたんだし、これでお互い水に流そうや。そういや、マッドベアが目当てじゃねぇなら、なんで突っかかってきたんだ?」


「あ? テメェが出てこいっつったんだろうが! 俺の気配断ちを見破りやがって!!」


「ンなわけあるか!! 俺は上で待ってたイーグルに合図したンだよ!! 一応俺とイーグルが組ンでンのはあンまり公にしたくねぇンでな。他の冒険者に見られるのは困るンだよ」


「なに? じゃあ、俺の勘違いだったってのか?!」


「だからそう言ってンだろうが!! ああもう、ガリュウ、お前と喋ってると疲れるわ! 用がねぇならとっとと行っちまえ!!」


「まさか裏社会の死神と恐れられる紅牙族に、こんな馬鹿がいるとは……衝撃ですね……」


「あ? 鳥テメェ俺のこと馬鹿つったか?! 俺は馬鹿じゃねえ!! ガリュウだ!!」


「いいから行け!! 失せろ!! シッシッ!!」


 なんだぁ?

 俺のこと馬鹿にしやがって。


 だが……

 実際このままやりあえば、俺も無事じゃあすまねぇ。


 こいつらの強さは本物だ。

 おそらく、紅牙族の精鋭で奇襲をかけるか、そうでもなきゃガロウ(ジジイ)の協力でもなけりゃ適わねぇ。


 これがえすきゅう冒険者の実力……


 冒険者って奴らの中には、こんなにやべぇ奴も紛れてやがんのか。


 今の俺はもう紅牙族の助けも補給も受けられねぇ。


 迂闊に冒険者と関わるのはよそう。


 殺るにしても正面からはダメだ。

 影からの不意打ち。


 あの千里眼とかいう鳥でも俺の気配断ちは見破れなかったと言っていた。

 

 大丈夫。

 俺の忍術は強い。


 やり方さえ間違わなきゃ、冒険者だって殺れる。


 次はもっと上手くやるぜ。


「野太刀のブライアンと千里眼のイーグル……、その名、覚えたぜ」


「ンだよ、しっかり覚えてンじゃねぇか。俺もガリュウ、テメェの名は忘れンぜ」


「私も、忘れたくても忘れられそうにないですね」



「次は俺が勝つ!! あばよ!!」


 俺は初めて出会った、あのジジイにも匹敵するほどの強者たちを目に焼き付けて、その場を後にした。


 目指すは人間族の街。冒険者組合だ。


 各地に散らばっている冒険者たちの情報を探れば、俺の目指す安住の地についても何かわかるかもしれねぇ。


 まずはそこからだ。


 俺はやるぜ、ジジイ。

 あの世でせいぜい見てるんだな!!



お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらず戦闘シーンがうまい、うますぎる(十万石まんじゅう)。臨場感半端ないです。映像化求む! [一言] 続き楽しみにしてますよ!
[良い点] 三話まで読みました☆ 主人公の真っ直ぐな性格がわかりやすく また、トラブルメーカーな 側面を匂わせながらのプロローグ☆ 本編への期待が、高まります☆ [気になる点] 毎日、煙玉の元を吸い込…
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