第2話 伝説の剣豪ブライアン
俺はひたすら走った。
あれから、ジジイを殺してからずっと。
もう国境の山脈は越えちまった。今は麓の森ってとこか。
ここいらは既に、人間族の国だ。
国境の街からは離れているが、冒険者ってやつらがあちこち彷徨いてるらしい。
俺も何度か仕事で戦ったが、中には手強いのもいた。
今出逢えばおそらく、殺し合いになるだろう。
ジジイにやられた傷はなぜか癒えていた。
だが、微妙に感覚がおかしい。
いつもより体が軽いし、いくら走っても疲れない。
これも呪いってやつなのか?
くそ。
不気味な遺言残しやがって。
「だれか! だれか助けてくれ! マッドベアだぁっ!!」
「っ!」
なんだ?!
遠くのほうで、男の叫ぶ声が聞こえた。
この感じだと、四町くらい先にいる。
どうする。
マッドベアってのはわからねぇが、おそらく魔物のことだ。
助けるか?
いや、相手はおそらく人間族だ。
俺が出ていったら攻撃されるかもしれねぇ。
そうしたら、結局殺すことになる。
ちょっと様子だけ見るか。
ジジイも言ってた。
情報は命。
俺は世界のことを何も知らねぇ。
里の中と忍術のことしか知らねぇ。
マッドベアってのがやばいやつなのか、人間族がどんな感じなのか、この目で見ておくべきだ。
なあ、ジジイ。そうだろ?
息を殺して近付くと、臭いでわかった。
熊だ。
そしてやはり、人間族の男と、血まみれで倒れてる人間。
熊はなんてことない。一丈くらいの普通の熊だ。里の方でもよく狩った。
俺が出ていけば簡単に殺れる。
どうすっかな。
その時、なにやら遠くから接近してくる気配を感じた。
これは――
やばいな。
動きと威圧感でわかる。
かなり手練の冒険者の雰囲気だ。
今から動くと捕捉される。
俺はその場で気配断ちをして見守ることにした。
10秒程であっという間に近づいた強者の気配。
それが熊の背後に現れて、でかい野太刀をひと振りした。
それだけで終わった。
一撃かよ。
的確に首の脆いところを狙って落としている。
おそらく魔物の筋肉や骨のつき方もある程度体で覚えてるんだ。
無駄の無い狩り。
熟練の冒険者の典型的な動きだ。
「あ、ありがとうございます……助かりました。いや、まさかA級指定のマッドベアを一撃で仕留める人がいるなんて……信じられない……」
「いやなに、アンタの声が聞こえたンでな。放っとくわけにもいかねぇだろ」
人間族の男と剣士が話し始めた。
剣士を改めて見ると、でかい。
先程の熊ほどじゃないが、七尺くらいの上背に、分厚い胸板。鎧はおそらくかなり上等な金属製。
手足もどっしりとゴツく、青みがかった短髪と左目に傷跡のある顔が印象的だ。
いかにもな外見だな。
動き方からしても、隙きがない。
不意打ちで殺せる相手じゃないな。
このままこいつらが去るまでは動けねぇ。
「連れが死にそうじゃねぇか。この薬使っとけ。こいつは骨折は治らねぇが裂傷にはよく効く」
「これは……かなり品質のよい薬草水のようですが……よろしいのでしょうか」
「かまわン。俺にとっちゃそンな貴重なもンじゃねぇしな。せっかく助けたやつが死ンじまうのも胸糞悪い」
「では、ありがたく……。あの、お名前を伺っても……?」
「ンあ? 俺はブライアン。しがない冒険者だよ」
「ブライアンさん……ブライアン……冒険者ブライアン……、マッドベアを一撃で倒せる……! あなた、まさかっ……、伝説の剣豪、【野太刀】のブライアン様ですか?! S級冒険者の!!」
「なンだ。俺も有名になったもンだな。野太刀で通してるってのに、名前のほうも割れてんのか」
「そりゃあもう! 冒険者ギルドに数人しか所属していないS級ですからね、僕達冒険者の憧れで」
「おい、そんなことよりいいのか。相方の治療しなくてよ」
「あ、そうですね。では……」
……自分の相棒よりも有名人にご挨拶が先か?
こんな奴を助けようとしてたなんてな。
それにしても、冒険者はわかるが、えすきゅうってなんだ? 強いのか?
人間族の使う符号の中にたしか、SとかQとかそんなのがあったな。
でもSとQってかなり順番が後ろの方じゃなかったか? いやSの9番目か?
こいつがそんなに弱いわけがねぇ。
わからねぇ。
なんなんだ、えすきゅうって。
しばらく見ていると負傷した冒険者が目覚めて、奴らは去っていった。
だが、ブライアンとかいう剣士はなぜか、その場に残ってやがる。
「おう、待たせたな。ったく、話が長くて鬱陶しい」
あん?
誰に言ってんだ?
なんだか腕を回して変な動きをしている。
他に人間の気配は無いが……
「出てこいよ、そこの木に」
「……っ!! シッ!!」
「うおっ!!」
気づかれた!!
と思ったと同時に、体は跳躍していた。
いつから?
いや、そんなことはどうでもいい。
これほどの手練に先制を許しちゃやばい。
やられる前に殺る!!
俺は剣士の真正面から飛びかかり、回避しづらい腰のあたりに棒手裏剣を放つ。
先端には毒が塗ってある。
かすれば終わりだ。
「うおっ! なンだテメェ!! どっからわいた!!」
だが、剣士は驚いたような芝居を打ちつつ、その場で左足を半歩後ろに引くことで、最小限の動きにより棒手裏剣を交わしてみせた。
やはり、できる!
「死ねっ!」
俺はそのまま剣士の頭上に着地する勢いで接近し、鉤爪で顔を狙う。
まずは目だ。
鼻の効かない人間族は目に頼る。
だから先に潰す。
「ンがぁっ!!」
「うがぁ!!」
剣士のでかい野太刀が俺の鉤爪を弾く。
あんな重そうな太刀を、よくもまぁ軽々と振り回してくれる!!
俺は弾かれた勢いのまま空中で体をひねり、剣士のこめかみに蹴りをお見舞いする。
だが、これもちょうど見切ったようにしゃがまれて回避される。
こいつ……かなり目がいい。
それに、相当な場数を踏んでやがる。
俺の腰に巻いた長い布で蹴りの距離感を惑わせたはずが、正確に見切ってやがる。
こういう手合いには煙幕だ。
俺は腰布の裏に装着している煙玉をひとつもぎとり、剣士に妨害されない位置へ投げつける。
「ぐおっ! 煙幕かよ! きったねぇぞ!!」
とれる!
煙幕の中でも臭いと気配を頼りに俺には剣士の位置がわかる。
やつはやはり目が弱点!
背後から一撃。
脇の継ぎ目からその心臓を貫いてやる!!
俺は背中に装備している忍刀を抜き、両手で構え剣士の背中に突進する。
だが、その刹那。
(これは……っ)
どこか遠くから高速で飛来する気配を感じた。
剣士を殺すには絶好の機会。だが、やばい!!
俺は剣士を諦めその場を飛び退いた。
それと同時――
耳をつんざくような破壊音が響き渡り、俺が先程までいた場所には、巨大な岩でも落下したかのような穴が空いていた。
そしてそこに刺さる一本の槍。
飛んできた?!
どこから?
気配はなかった!
こいつの仲間か!!
「ぐおぉ……、わりい、助かったぜ、イーグル」
「まったく、なにをやっているんですか貴方は……。このような野盗相手に遅れをとるとは」
剣士の頭上から何かが降りてきた。
人間? いや、ちがう。
俺とは違う種類、おそらく鳥系統の獣人だ。
鳥の獣人が、地上の槍を抜き取り構える。
隙きがない。
こいつも……できる!!
「さて、二対一です。盗賊には無残な死を」
こそどろ?
俺が、こそ泥だと?
違う。
俺は、俺はガリュウだ!
「こそ泥じゃねぇ!! ガリュウ!! 俺はガリュウだ!! 覚えておけ!!!」
俺は地面を蹴り、イケ好かない鳥野郎に突進した!
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