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「いたぞ!あそこだ!」。「追え!」と高いビルが立ち並び綺麗に舗装され、整備された街並みに似つかわしくないいかつい声が行きかう。長官を倒した後屋敷に集まってきたオフィサーと遊び、その後彼らを撒いてその日を終えたタカだったが目立たない路地で一休みして翌日、厳戒態勢を敷いていたオフィサーに見つかり遊びを再開していた。
「やっぱ俺は人気者だねぇ。こうでなくっちゃ。」
タカは終われているにもかかわらずそう言い、状況を楽しんでいる。時に逃げ、時に隠れ、時に反撃し、時にゲームをする。彼の逃亡劇はまだまだ終わりそうにない。タカが大通りを走りながら逃げていた時突如、彼の前方から緑色の煙がすごい勢いで発生する。それを見たタカは思わず口角を上げ迷わずその煙幕に突っ込んでいく。追いかけていたオフィサーがどうするべきか戸惑っているうちに煙は晴れる。そこにタカの姿はない。
「久しぶりだな。」。そういうタカはこぎれいな建物の一室にいる。
「相変わらずね。全く、裸だから濡れ衣なんて着せられるのよ。」そう彼に返すのは、もちもち姉さんことナオミ。壁の試験を通過し正規の方法で壁の中にいた彼女はたまたま逃走中のタカを発見し手を貸したのだ。
「調子はどうだい?ガキは元気か?」とタカが問うと「ジンは順調に育ってるわよ。私はまだ戸惑うことが多いけど。」と彼女は返す。「正直、不気味よ。みんながみんな私に対して、人間として生まれたのに壁外に産み落とされた哀れの同胞よ、とか言って同情してくるの。私も他の壁の外の子も何も違わないっていうのに。」と彼女はさらに続ける。同郷から来た人間に久しぶりに会えて嬉しいナオミの話はまだ止まらない。「「安心しろ、俺が守ってやる。」なんて言ってきた男もいたのよ。笑っちゃうわよね。それとも私は子供に見えるかしら?」と彼女が言うとタカも笑い「壁の中の奴らは冗談もうまくねぇのか。」と返す。彼女は「それが彼は大まじめにそう言ってるの、傑作でしょ?この家も、その彼がくれたのよ。意味不明すぎて戸惑っちゃうわ。」と困ったように言うが、言外に自分はうまくやっているから心配するな、とも伝えている。タカにもきちんとそれは伝わっている。
「帰りてぇのか?」
伝わっているが彼女がどこか故郷を懐かしんでいる気持ちも伝わってしまう。彼女は少し笑うとそれにこたえる。
「流石ね。正直、帰りたいわよ。壁の中には私たちから奪ったカードでぶくぶく肥えただけの豚しかいなくて、何も考えずに過ごしていると思っていたわ。でも、奴らも人間ね。ちゃんと壁の外の子たちみたいに、ろくでもないことも考えれるみたい。」。彼女はさらに続ける。「それでも命の危険はないわ。この子も何事もなく大人になれる。凄いでしょう?だから帰らないわ。流石にここは時機を見て引っ越すつもりだけど。」と終える。
「なにがあったんだ?」とタカが聞くと彼女は窓の傍に移動し一つの建物を指さし「あの建物の中に、洗脳する機械があったわ。」と答える。彼女は「この家をくれた人が洗脳されていたらしくて、あそこに連れて行ってくれたのよ。なぜか私には効かなかったからその場は洗脳されたふりをしてしのいだけど、ぼろが出る前に逃げなきゃね。」と続ける。
「洗脳ね、どうして壁の中の奴らは人間らしく生きて、死ねないんだろうな。気に食わないぜ。」とタカが答える。彼女はまったくね、と前置きをして付け加える。「オフィサーが悪いのかしら。洗脳の機械を持っていたのもオフィサーだったわ。」と。タカは少し考えると彼女に向かって発言する。
「少し回り道だが、同郷のよしみだ。あそこでちょっと暴れてきてやるよ。」
それを聞いた彼女は少し驚き、笑みをこぼすと「甘いのね。」と言う。対しタカが「甘いのは、好きになったんだ。」と答え、二人は笑う。