15
現在、タカの目の前にあるのは巨大な邸宅。その一等区と二等区の境の近くにある家には大きな門が構えられ、広すぎる庭のせいで門から家の扉までずいぶんと距離がある。建物も巨大で真っ白い材質でできた壁は汚れ一つなくそびえたっている。彼がそこに到着したのは日が落ちてかなり時間がたったころ。人は夜には家にいるものだろうと考えた彼は外壁をよじ登り、門の内側に侵入する。侵入したところで建物から大きな警報音が鳴り響く。「あらま。」と彼はつぶやきとりあえず九星財閥の暗殺者を具現化し透明になる。建物から警備員が3人、飛び出してくるのを見た彼はどれが長官かわからない、と考えるがまあ派手に暴れたら一番前に出てくるだろうといったんその問題について気にすることをやめ、派手なことを考える。一番派手なのはやはりあのきれいな建物を破壊することだろう、とやることを決めた彼はこっそり扉の近くまで移動しデューティー ノンペイドを具現化、扉を破壊する。そこまですれば流石に警備員も気づく。まず外に出ていた3人が彼に近づこうとするが彼らはだれもカードを15枚持っていない。警備員はその身なりから暴れているのは“今池先生を殺害した壁外生物”だと、判断し一人は裏口に周り報告に、2人は何とか手持ちのカードで襲撃犯を止めようと動く。しかし警備員たちのカードではデューティー ノンペイドに到底かなわずすぐに気絶させられ、タカは破壊活動に戻る。彼が邸宅の玄関の風通しをこの上なく良くすると、新手の警備員が来る。それと同時に建物の傍から何かが空に向かって飛び立つのをタカは目撃する。彼は舌打ちしとっさに規格外高機能機械兵を展開すると、空を飛ぶなにかは速度を落としゆっくり地面に落ちてくる。機械兵の持つアンテナは特殊な電波を発生させていて機械の効果を無効化するのだ。新手の警備員も15枚カードを持っていなかったので彼はあっさり気絶させるとなにかが落ちた位置に走る。
「よおよお、調子はどうだい。言っておくが臆病者にその翼は使いこなせないぜ。」
タカはそこにいた、改造ジェットパックを背負った人物に話しかける。
「下等な壁外生物め、歴史と伝統ある金山家邸宅の価値もわからぬ害獣が!」
その男こそ金山後方長官。147年前、金山家は壁が建設された年から続く名家である。
「その背負ってるもんの価値もわからん豚には難しいかもしれんがそいつは相手が強くても自分を犠牲に引き分けに持ち込む覚悟を持った奴にふさわしいんだぜ。」。タカが言う。
「壁外生物など、取るに足らんわ!背中を見せたのは伝統にしたがったまで!金山家の強者としての誇りも、受け継がれてきたカードの一枚も、この私の命も壁外生物などに奪えやしない!」。長官がそう叫び、タカが「ああ、誇り高き男の翼は返してもらうぜ!」と返すとゲームが始まる。
長官は最初の3枚の手札を見るとすぐにカードを一つ選びスタンバイする。その様子を見たタカも何かを感じながらカードをスタンバイする。
「現れろ!“カンフースター リバイブ”!」そう叫ぶ長官の前に現れるのは一見若い美男子の人間に見える機械。数字は6。
「いいカードじゃねぇか、やるだけやってくれ。“K-メイカー”。」そういうケンの選んだカードの数字は4。機械のカンフースターに野球ボールを乱射するが独特でどこかコミカルな動きでそれを捌かれ、本体を破壊される。2人はその結果に特に何も言うことなくカードを補充すると、再び長官はカードを即決する。
「定石持ちか、面白いな。」
その様子を見たタカは言う。彼の言う“定石持ち”とはこういう状況ではこのカードをだす、とあらかじめ決めているゲームプレイヤーのことである。
「いかにも。147年前から受け継がれ、進化させてきた定石。壁外生物になど破ることはできない。」長官は答える。タカは「やっぱゲームは面白れぇな。」と呟きながらカードをスタンバイする。
「現れろ“ライブラリアン”!」長官の前に2の数字を持つ機械が現れさらに続ける。「ライブラリアンが場に出た時、私は次補充するカードを指定できる!」
「おー、無駄がねぇな。まあ、とりあえずぶち壊してくれ、“インダストリアル ディーラー”」タカの前にはスーツを着こなしスマートな印象を与える機械が現れる。数字は3、ライブラリアンにトランプを投げつけ破壊する。
「高いカードで勝った後は低いカード、わかってんだぜ。次は4か、5ぐらいか?」とタカがとりあえず揺さぶってみる。タカは最初に6を出したのは確実に初戦を取るため、1戦目に様子見をする相手あるいはそれを読んで様子見のカードに勝てるものを出そうとする相手に勝ち、圧を賭けつつ2戦目に焦った相手に強力なカードを切らせ自分は弱いカードで温存するためだと読んでいた。しかし長官は彼の揺さぶりに動じず「金山家の定石に、盤外戦術は通用しない。」とまたすぐにカードを選ぶ。タカはそんな長官を見て強敵だな、と感じると同時に楽しくなる。「楽しくなってきたなぁ!サービスに珍しいもんを見せてやるぜ!来い!“ノーセブン”!」。タカの前にスロットマシンが現れる。
「そんなもの、特別珍しくないわ!“殺人絵画”!分の良い運試しだ!」。長官が選んだのは絵の下、額縁の中に機械仕掛けが施されている5の数字を持つカード。
「リーチ!」7の出ないスロットマシンが2、3、4のリーチを告げる。
「何が出ても無駄なようだな。」と長官はつぶやく。それに対しタカはニヤリと笑い、「珍しいものを見せてやるといっただろう。」と返す。さらに「忘れちゃいねぇか?確かにノーセブンはイカサママシンだ。だが俺の場にはイカサマ師が残ってんだぜ?」と続ける。その言葉に呼応するようにタカの傍に控えていた“インダストリアル ディーラー”が指をはじくとスロットはリーチを取りやめ高速回転を始める。スロットが止まるとそこには7が揃っていた。
「インダストリアル・ディーラーは場にいる限り確率を操り続けるのさ。」。タカがそう言うと同時にノーセブンの画面ははじけ飛び、巨大な大砲が中から現れる。ドカン、という大きな音とともに発射されると絵画は跡形もなくはじけ飛ぶ。タカの読みは長官はお互い一敗の状況では再び初戦と同じように様子見をする相手に勝てる、それなりの数字を出すというものであり見事それが当たった。また、そこまで数字が高くないインダストリアル ディーラーが場に残っているのはタカが長官は低いカードを出すという読みを前回当てていたからである。彼は長官に定石が読まれていると印象付け焦らせるためにもノーセブンを選んだのだ。
「確かに、歴史的にも珍しいだろう。」長官は何でもないことのようにそう言うと追い込まれたにも関わらず、これまで通りにカードを補充しスタンバイするカードを即決する。「流石だな。」とその様子を見たタカも思わずほめる。「次は切り札だろ?」ととりあえず揺さぶりながらタカは迷う。定石としては負けないために一番強いカードで来るか、相手がそう読んで弱いカードを出すと仮定して強すぎないカードで来るか、両方ありうる。調子を崩さない長官はタカにどちらの選択をとったのか読ませない。現在タカの手札には“規格外高機能機械兵”、“ロックハート・メタルボディ”、そして“九星財閥の暗殺者”がある。もし長官の選んだカードが強いカードでさらに機械兵より強かった場合、補充するカードにもよるが、追い込まれたうえタカの手札には2と3のカードしか残らず心もとない。だからと言って温存した場合、もし長官も切り札を温存していて、それが機械兵に勝てるカードならば負けてしまう。タカは機械兵を過信しない。自分の切り札でお気に入りのカードではあるが明確な弱点もあり負けるときは負けるのだ。それでも機械兵は強い。たとえここで相手が相手の一番強いカードを出してきたとしても勝てる可能性は十分ある。そう考え彼がここで機械兵を切ってしまおうか、とカードを指に賭けた時一つ思いつく。目の前にいるのは“改造ジェットパック”を使って逃げ出そうとした臆病者。そんな臆病者の定石だと前提するならばここで相手が切るのは一番強いカード。彼は長官が切り札をまだ引いていない可能性を考えない。なぜならば“ライブラリアン”の特殊能力で持ってきたはずだからである。彼はそう考えをまとめ、負ける前提でカードを選ぶ。
「ようやく選んだか。こい!あまたの戦場を生き延び、歴史を、知恵を知る戦士よ!“旧世紀からの生存者”!」そう叫ぶ長官の前に現れたのは無骨で傷だらけの銃を装備した機械。しかし大きな損傷はなく明らかにもともとついていたものとは違うであろうパーツが所々に組み込まれている。数字は8。特殊能力はなし。タカの読み通り長官の切り札であった。
「頭の固い奴らに新しい音楽を教えてやりな!“ロックハート・メタルボディ”!」。その言葉を聞き任せとけ、と言わんばかりにギターをかき鳴らしながら彼のカードは現れる。激しく動き回りパフォーマンスを行うその機械の脳天は一発、狙いの正確な弾丸によって弾き飛ばされる。長官も切り札がすかされたのはわかっている。それでも表情を変えず、淡々とカードを補充し即決する。タカもカードをスタンバイする。
「決めろよ!俺!“規格外高機能機械兵”!」。タカの選んだカードは当然のように彼の切り札。
「これが私の新しい定石だ!“改造ジェットパック”!」先ほどのジェットパックの不調が機械兵の仕業だと知らない長官は「ジェットパックの特殊能力を発動し、勝負を引き分けに持ち込む!行け!奴のカードを空へ連れ去れ!」と宣言するが。「できないぜ。」とタカが一蹴。「言ってなかったか。さっきこいつが落ちたのはお前の目の前のこいつが原因さ。」と続け、ジェットパックは破壊されゲームに決着がつく。
先ほどまで全く表情を変えてなかった長官はすぐに敗北を受け入れ崩れ落ちる。彼は表情を全く変えずにゲームを進めていたが、タカの揺さぶりは効いていた。タカに全くそれを悟らせなかったものの、序盤から一人で敗北との恐怖と戦っていたのだ。それ故長官は自分が負けたことはすんなりと受け入れ、一気に緊張が解けたのだ。
「罰が、当たったな。伝統にしたがい、あいつと、あの子たちを置いて逃げ出そうとした罰が、当たったな。」。すべて悟ったような目をしながら長官はつぶやく。
「おいおい、ちゃんと動揺してたのかよ。全く、臆病だが、良いプレイヤーだな。楽しかったぜ。」そんな長官を見たタカは語り掛ける。ゲームでは彼の読みは当たっていたがそれは結果論であると彼はわかっている。このゲームに最善の手はない。たまたま彼の経験が長官の定石を上回っただけである。彼に向かって長官はもうすでにあきらめているが、念のため、といった口調で願いを口にする。
「壁外生物にはわからないかもしれないが、歴史ある金山家の男子は現在私一人、私には非常に価値があるんだ。そんな私の命を奪ってもいい。カードだっていくらでもやる。家にあるものもなんだって持って行っていい。拷問だって、どんな辱めだって受け入れよう。だから、どうか、中にいる私の嫁と、娘達は見逃してくれないか?」
「おいおい、」タカは軽く笑いながら話始める。「何を勘違いしているんだ?」と。
「誰が俺を殺人鬼と呼んでるのかは知らねぇが、俺はだれも殺さねぇし殺してねぇ。ただ仲間が魂が豚に所有されてちゃ臭くて眠れねぇっていうもんだから取返しに来てやっただけさ。」とタカは続け「お前はただ“改造ジェットパック”を俺に寄こせばいいんだよ。」と終える。すると長官の体から一つの光の玉が抜け出てタカの体に移動する。
「シュン、お疲れさん。お前はだれよりも勇敢で、熱い男だったよ。」
屋敷に向かって騒ぎを聞きつけたオフィサーが駆けつけてくる。タカは脱出するためにも早速取り返した改造ジェットパックを背負う。
「お前は、本当に誰も殺していないんだな。」そんな彼の様子を見た長官はすぐに状況を理解すると、安心してつぶやく。さらに、「誰が今池一等徴収官を殺害したのか、知っているのか?」と問う。楽しいゲームもできたうえシュンのカードを取り返して気分の良いタカは素直に「ドクタートランスファーを持ってなくたって死神は強いぜ。俺の知ってる死神を殺せそうなやつらは3人とも、お前らが殺しちまったよ。」と答え空に飛び立つ。彼は独り言のように「まあ、どっちにしたってあいつらも殺しはやらないがな。」と空中で付け加える。タカの言い残した言葉は長官を一人、思考の海に沈ませる。屋敷に集まるオフィサーが野球ボールの雨に苦しむ声も長官には聞こえない。「この件についても、彼が怪しくなってきた。もう一度記録を調べてみるか。」と考えをまとめた長官は壊れたドアを気にも留めず早歩きで家の中に入っていく。