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彼女のいとこが栄を迎えに来るまでの一週間の間にまず彼女はカードを集めなければならない。現在彼女が持っているのはぺちぺっちともう2枚。拾ったカードとなくなった祖母から受け継いだカード。それらは1の数字しか持たないがこれで計3枚。もともと貯蓄の好きなミドルクラスの出身であることもあり蓄えはこのエリアに住む一般的な人よりはあり20万円。1で現実世界でも大して使えないようなカードならば相場は1枚10万円。普通にしていれば5枚しか集めることはできない。しかし今の彼女はこの状況で、どうせ無理だ、とはならない。彼女は金貸しのところへ向かい交渉する。実家がミドルクラスに位置しているということ、ぺちぺっちと言う強力なカードを所有していることも手伝い50万円の融資を利息は高くなるが無理のない返済計画で受けることに成功する。次に彼女はタカのアルケミストで作った酒をビンに詰め、周囲の人や良くパイを買っていく人に売る。酒類の販売は制限されているのでオフィサーに見つかるのはまずいがちまちま売っていては時間がない。彼女は慎重かつ大胆にそれを売ることが求められる。しかしそれは彼女が思っていたよりも簡単だった。彼女は1年の生活で周辺住民とのつながりを培ってきていた。話を聞いた彼女の知り合いは彼女に同情するのが半分、安く酒が手に入るのならばオフィサーにはばれないようにするくらいは何ともないというのが半分あり、さらに転売してもうけを出すことも視野に入れた人間の購入によりそれなりのペースで売れていく。それと並行して彼女はタカから戦略から揺さぶり、警戒するべきことや心の平静の保ち方などを学んでいく。新たにカードも数枚購入した彼女だが15枚揃っていないので正式なゲームはできないが今あるカードでできる限りの実践も行い実力に磨きをかけていく。彼女をいとこが訪ねてきてから6日目、酒は勢いよく売れたがそれでも儲けは30万円強。6日の成果としては十分だが彼女の目標には届かない。それでもカードショップに向かいカードを購入する。その週何度かその店でカードを買っていたため1枚店主がおまけにつけてくれるがそれでも14枚にしかならなかった。

「出てこい!迎えに来てやったぞ!」

翌朝、アパートにそんな男の声が響く。栄はゆっくり扉に向かいそれを開ける。扉の前には彼だけではなく彼女の両親もいた。「会いたかったぞ、栄!」、「さあ、帰りましょう。」と彼女の父親と母親がそれぞれ告げる。彼女は「来てくれてありがとう、出発する前に向かいたいところがあるのだけど、一緒に来てくれる?」という。その声はその男や両親の知る彼女の声よりも数段と色っぽく、思わず全員その言葉に従ってしまう。

彼らが向かったのはアパートの屋上、心地よい風が吹き、下からは労働者の活気のある声や機械の稼働する音が聞こえる。

「私に、言うとおりにしてほしい?」、「私を、好きにしたい?」と彼女は問う。誰かの返答を待つ前に彼女は「なら、勝負よ。オフィサーになったのなら15枚持っているんでしょ?」と男を見て続ける。男はその言葉に驚き、一瞬言葉を失うが、彼女の続けた「勝てば、何でもしてあげる。」という言葉に反応し勝負を受ける。彼女の両親は「ゲームなんて危ないこと、今からでもやめなさい!」、「栄ちゃん!知ってるでしょ!それは危ないのよ!」と止めるが彼らに対し男が「安心してください。僕が勝って、カードも没収します。」と告げるとひとまずほっとする。彼ら3人は男の勝利を確信している。男は「15枚集めたのは驚きだな。安心しろ、カードは有効活用してやる!」と彼女に告げカードをスタンバイする。

「そう、じゃあ私は3のカードを出すわ。」と栄はカードに手をかけながら言う。その言葉を聞いた男は、焦り、信じられないという顔をする。彼女はそれを確認しだそうとしていたカードを選ぶのをやめほかのカードを選ぶ。

「なんてね、来て、“ニコイチカメラ”」。彼女の前にはぼろぼろの、カメラの顔を持った機械が現れる。数字は1である。ちなみに現実世界では写真を撮ることはできるが、それを現像することも後から見返すこともできない。

「くだらないことを!こい!“ゴミ箱カリ”!」。男の前には八脚の足がついたゴミ箱が現れる。数字は2である。しかしカメラがゴミ箱に向かいフラッシュをたくとゴミ箱の足は引っ込み、消滅してしまう。

「何が起こっている!」と男は叫ぶ。対し彼女は「ニコイチカメラは1だけど、2の相手には勝てるのよ。」と返す。下っ端のオフィサーは最初に2、持っているなら3を出す傾向があることをタカから聞いていたからこその三味線である。ちなみに一般的に下っ端オフィサーのカード群は2が半分、1が半分である。

「あら、大したことないのね。」と彼女は言う。現在彼女の手札には数字が1のカードしかない。相手に強いカードがあるなら出させて消耗させるための挑発である。まんまと挑発に乗った彼は2の数字を持つ“サイレントコーラー”を展開。彼女の出した積んで遊べる“ツミキカイ”を破壊する。

「どうやらただの強がりだったようだな!」と彼は調子に乗り次のカードをスタンバイする。そんな彼を気にも留めず栄もカードをスタンバイする。表情を変えない、少なくとも男にはそう見えている、彼女を見て若干の不気味さを感じるが、彼はまさかオフィサーである自分が女に負けるはずがない、と思いからそれを忘れることにする。

「俺のカードは“匂い保管機”、またまた2だ!」と彼の前にガラスケースの乗った機械が現れる。

「運試し、しときましょう。“ダイス xメン”。」そういう彼女の前に現れるのはサイコロの顔を持ちスマートな体をした機械。数字は1である。現実世界では変形し何面のダイスとしても使える。

「この子の能力はお互いの数字を1から6までの間でランダムで上昇させるわ。」彼女がそう言うと体を引っ込め6面ダイスになり、分裂するxメン。片一方は彼女の傍で転がり3の数字が出る。もう一方は“匂い保管機”の傍で転がり4の数字が出る。結果xメンも匂い保管機も巨大化するが、xメンは大きさが足りず踏みつぶされてしまう。

「運もないようだな!どうした、もう後がないぞ!」男がそう言う。栄はあきらめかける、結局、ダメなのかと。しかし目の前の男はどうにも受け付けず、自分にもプライドが、自我がある。まだ負けていない、と言い聞かせるようにカードを手札に補充しそれを見る。そのカードを見た彼女は先ほどまであきらめかけていた自分をひっぱたきたくなる。そのカードをそのまま彼女がスタンバイし、男もカードを選びそうする。

「守ってくれるのね。ありがとう。“トイルック ガン”」。彼女の目の前には犬のおもちゃが現れる。

「ずいぶんかわいらしいカードだな!とどめだ!“位置把握の観察人”!」男は彼女のカードの数字も確認せずに勝利を確信して叫ぶ。彼のカードの数字は3。彼の持つ最も数字が高いカードで誰か一人の位置を把握できる能力を持つ。

「ええ、かわいらしい人のカードよ。かわいらしくても、危ない人よ。4なんて数字、低すぎるぐらい。」。彼女がそう言うとトイルック ガンは口に隠した銃で敵を撃ち、破壊する。14枚しか集められなかった彼女にタカがあげたカードだ。もちろん彼は彼女が必死にゲームをするためにカードを集めていたことを知っており、彼には仲間から受け継いでいるので十分にカードを持っていた。それでも彼が最後までカードを与えずにいたのは彼女の眼がそれを求めていなかったからである。彼女はこのゲームを自分の手で勝ち取ることに意味があると感じている。そもそも金策の時点でアルケミストを使用しているうえに、結局15枚目のカードもタカに頼ることになってしまったが、タカは今の栄の瞳を認めている。彼にとっては仲間を助けただけにすぎず、彼女も自分自身がタカの認める瞳をしていたからタカも協力してくれたんだとわかっているので恥じることはない。

「4のカードだと!クソッ。だがいい。どうせもう強いカードはないんだろう!俺が使ってやる!」自信を取り戻した栄はそう言う彼を見て哀れに思う。彼女は自分が補充するカードが何かわかっていた。根拠はないが、幼いころから一緒だった、自分のよく知るそのカードがここで助けに来てくれないわけがないと。彼女は補充した手札を見もしないでスタンバイする。その様子を見た男は狼狽する。追い込まれてはいるが、追い込んでもいる。自分が負けるはずがない、女がオフィサーに勝てるはずがない、そんなことは目の前の女もわかっているはずだ、なのに、その態度は、その眼はなんなんだと言わんばかりの汗の量と表情である。常識的に考えて自分が勝つ、相手は補充したカードを見てすらいない、負けるわけがない、彼はそう自分に言い聞かせるように恐る恐るカードを選び、スタンバイする。

「勝て、勝つんだ!“監視アカウント”!」そう叫ぶ彼の前に実体のない人間が現れる。

「ごめんね、“ぺちぺっち”。こんなに強かったのに、今まで使おうとすらしなくて。」。彼女の前に現れるのは丸い大きなピンク色の、小さい丸い手のついたぺちぺっち。数字は1だがそのゲーム中に行われた戦闘の回数だけ数字が上昇する。彼女がこれまで出したカードは“ニコイチカメラ”、“ツミキカイ”、“ダイス xメン”、“トイルック ガン”の4枚。数字は4上昇しぺちぺっちの数字は5になる。ぺちぺっちは“監視アカウント”を踏みつけて倒すと、「ほめて!」と言わんばかりに栄に近寄る。栄の勝利でこのゲームが終了する。

「あ、ありえない。」。男は今起こったことを受け入れることができない。そんな彼に栄が「ゲームに勝ったし、何を望もうかしら。」と語りかける。その言葉でようやく現実を思い出した男は固唾をのんで次の言葉に集中する。「私に近寄らないで、って言おうと思っていたけど、」栄は話始める。「さすがに可哀そうかしら。空を飛べる機械のありかとか、清水本部長の住所とか、知りたいことはあるけど、新人オフィサーは知らないわよね。」とつぶやくように続ける。その言葉に希望を見出した男は食いつくように「知っている!最近空を飛ぶ機械を手に入れた人を!知っている!」という。彼女は表情を変えずに「へえ、ちなみにそれは、誰?」と聞くと彼は「後方長官!金山後方長官だ!あの一等区の一番大きな屋敷に住んでいる方だ!知っているだろう?」と勢いよく答える。「そうなの、ありがとう。」と彼女は返し「じゃあ、お願いだけど私に近寄らないでくれる?」と続ける。男の体は彼の意に反して動き出し、彼女から離れていく。離れながら「どうして!教えたのに!」と叫ぶ。

「答える義務もないのに勝手に話し出したんじゃない。」と悪びれもせず彼女は言う。

「栄ちゃん!」彼女の母親が興奮した様子で近寄り、彼女を抱きしめる。「私、感動しちゃったわ。立派になって。あの子も、悪い子じゃないんだけどそんなに嫌ならしょうがないわよね。ごめんなさい。私、栄ちゃんの気持ち考えてなかったわ。」という。次いで父親が申し訳なさそうに、若干嬉しそうに続く。「パパも、栄の気持ちを全く考えていなかった。本当に申し訳ない。しかしまさかオフィサーをゲームで倒すほど立派になるとはな。」。

「ありがとう、パパ、ママ。」と栄は少し恥ずかしそうに、嬉しそうに答える。そこに先ほどまでオフィサーを手玉に取っていたゲームプレイヤーの面影はない。

「それでね、」抱擁を解いた彼女の母親が意を決して話始める。「家に、帰ってきてほしいの。一緒に暮らしたいの。栄ちゃんにひどいことをしたのはわかってるわ、でも、」と続ける。父親も「何か言うやつがいるかもしれないが、そんな奴はパパがとっちめてやるから、頼む。」と加える。その言葉に栄は、悩む。家出したとはいえ両親とは仲が良く、できることなら一緒に暮らしたい。しかし彼女には現在ほかにも一緒に暮らしたい人がいる。その人には問題があり、みんなで仲良く幸せに暮らすという選択肢はない。「少し、考えさせて。」と彼女が答えると、「いつまででも、待っているからな。」と彼女の父親が返答しその場を後にする。


「へぇ、勝ったのか。」

栄は部屋に戻るとタカに勝負の結果を伝える。彼も知らないふりをしているが、実は盗聴ロッキーの機械を使い聞いていたので何があったのかは知っていた。

「それでね、」栄は意を決して話始める。「私、両親のところに戻ろうと思うの。」と彼女は続ける。

「いいんじゃねぇか。」とタカは何でもないように返す。栄はその答えに若干不満を抱きながら「そうなれば、タカとは暮らせないのよ。」と伝える。

「まあ、そうだろうな。」タカは相変わらず興味なさげに答える。栄は彼のそんな様子に一瞬大きな不満を抱く。しかし彼女はふと、タカの瞳に若干の寂しさを見ると不満は消え去り、すべて理解する。

「そういえば、金山長官の家、どこにあるか知ってる?」と彼女はバレバレのカマをかける。タカもあえてそれに乗るように「でっかい家だろ。すぐわかるさ。」と答える。栄はクスっと笑い。「見てたのね、かわいくない人。」という。二人の間に静寂が訪れるがすぐにそれは破られる。

「今までありがとうな、サカエ。」。タカが不意に口にする。やるべきことがあるため「一緒に来い」と言えない男の言葉だ。

「どういたしまして、タカ。」。なんでもないように栄が答える。やるべきことがある男に「引き留めてよ」と言えない女の言葉だ。彼の背中を見送った彼女の止まらない涙はその瞳の美しさをより輝かせる。



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