表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/24

11

栄の案内でタカは若干古くはあるがちゃんとした鉄筋コンクリートのアパートに到着する。もちろんそれができるカードによって作られたものだ。タカが物珍しく観察しながら階段を上ると栄の部屋につく。

「少し、狭いですかね?」と栄は聞く。「いいや、立派じゃないか。」タカは本心から言う。「そういえば、夕飯、売れ残りのパイでいいですかね?」と栄が聞くと「ああ、うまいもんな。ヒャクエンはないがこれで勘弁してくれ、これならいくらでも作れる。」とタカはそう言うとアルケミストを発現させ酒をつくる。

「えっ、お酒を造る機械ですか?すごい!何とかっていう会社が独占しているはずなのに!すごい!」とアルケミストを見た栄は言う。本心からのその言葉にタカはほんの少しだけ彼女に心を許す。誰だって自分のカードを褒められるのはうれしいのだ。2人は一緒に敗を食べ、食後に酒を飲む。飲みながら、確信しているような調子で栄は切り出す。

「それでですね、タカさん。」彼女はつばを飲み込み続ける。「もしかして、今池先生殺しちゃったりしてません?」その言葉を聞いたタカは一気に集中する。それでもそれを表には出さない。

「ほーう。なんでそう思った?」。タカは彼女が確信しているだろうと気が付きながらもとぼけてみる。そんな彼に彼女は「ぶっちゃけ!怪しすぎます!」と彼女の気づいた不審な点を次々と上げていく。彼女の話を聞いて壁の外と中の違いを改めて痛感する。最悪、人にかかわらずやりたいことをやるか、向かってくるやつ全部倒す勢いでいくしかないなと彼は考える。

「なるほどな。だがみんな勘違いしている、俺はだれも殺したことはない。“死神”とは違う。」とタカは観念したように答える。

「“死神”って、今池先生のことですか?」そう問う彼女にタカが無言でうなずくと「どうして先生を死神なんて呼ぶんですか!先生は立派な人です!自分にも病気の子供がいるのに患者さんがお金持ちだろうが、貧乏人だろうが関係なくいつも働いて!たくさんの命を救ってきた人です!」と彼女が反論する。そんな彼女にタカは少し憤りながら「その救ってきた命の裏にはそれだけ死んでいった命があるってことだ。人はいつか死ぬっていうのに、他人の命を奪ってまで生きながらえることに価値はあるのか?ドクター トランスファーがどんな仕組みか知らないわけじゃねぇだろ?」と問いかける。

その言葉に彼女はハッとする。彼女も壁の中の人間。友人と壁の外の住民を馬鹿にするようなジョークを飛ばしたり、それらを人間としてすらも見ていなかった。壁の外ではきっと想像を絶するような愚かでおぞましい人間に似た生物がうごめいているのだろうと考えていた。しかし実際に彼女の目の前にいる外から来た男は壁の中にいる人間と基本的に変わらない、普通の男だ。話は通じるしパイのお礼に酒を差し出す良識もあり顔もいい。そう彼女は感じている。彼女はミドルクラスの多いエリアに住んでいたころはワーカークラスに住んでいる人を一生懸命働いている立派な人たちだと思うと同時に、なんとなく怖い人たちだと、もしかしたら都市伝説の人を攫う怪人もそこに住んでいるんじゃないかとすら思っていた。しかしいざ住んでみて、実際に彼らと交流してみるとそんなことはなく、意外といい人たちばかりで住みやすいといつの間にか感じるようになっていたことを彼女は思い出す。彼にもし自分と同じ感性があるならば、自分の住む町の住民の生命力を吸い取っていって殺していく人間、それが死神に見えるのは当然のことなのではないかと彼女は思い当たる。彼女は自分の持っていた価値観が壊される衝撃を受けると同時に、考えなしに先生、あるいは死神を彼の前でほめたたえた自分を責め思わず「すみません、少し考えなしでした。」と口に出す。さらに「壁の外の人たちのこと、教えてくれませんか?」と続ける。タカは彼女の瞳を見て本当に申し訳ないと思っているんだな、と少し意外に思う。加えて壁の外では謝罪する時は基本的に命乞いの時のみ。初めて心からの謝罪を受けたタカは少し動揺し、思わず壁の外のことを素直に話し出してしまう。死にかけていたジョージと出会ったこと、ケンとシュンの二人組とビル跡の所有権をめぐって喧嘩したこと。そのあと仲良く4人で暮らすことになったこと。質屋の店主に出し抜かれたこと、もちもち姉さんにしてやられたこと、どうしようもないアホがたくさんいること、彼は話し出してしまえば止めることはできなかった。寂しさを紛らわすように楽しい思い出話を続けていく。彼は一方的に話していくが常にユーモアを織り交ぜていき栄を飽きさせない。最初はタカが栄を一方的に笑わせているだけだったが、途中からはタカもよく笑うようになり、タカが「疲れたな、少し眠くなってきた。」と言ったところでその日は終わる。


タカはもともと、一日だけ栄の世話になるつもりだった。しかし彼は彼女との会話の中で仲間を殺したと思われる“トップオフィサー”と、侵入してすぐ対戦した“清水治安維持部長”が別人であることに気付く。どうせ偉い奴は高いところに住んでいる、と背の高い建物を目指しそれを急襲し3人のカードを奪還して帰ろうと考えていた彼だが、もし3人の切り札をそれぞれ別の人間が持っていて、別々の場所にいたとしたらそれも難しい、ならばとりあえず情報を集めなければ、と思考を切り替え、ずるずると彼女の世話になっている。彼自身は彼女にかくまってもらうのは利が大きいから、と考えているが、彼女のさりげない優しさが、興味深そうに、楽しそうに、自分の愛していた仲間たちの話を聞く姿勢が、心の奥底に押し込めている彼の悲しみを癒しているのも事実である。

栄のほうも、彼を家に泊まらせるのは1日だけのつもりであった。彼を誘った時も、話を聞いて本当に今池先生を殺しているのならば優しく自首を促そうというアイディアが心のどこかに、わずかにあった。しかし彼はドクタートランスファーを奪っただけで、誰も殺していないという。彼の人殺しを心の底から忌避しているような言動から彼女はそれが嘘だとは到底思えず、どうするべきかわからなくなってしまう。彼女は結論を出すのを先延ばしにするかのようにどこか寂しさをまとった男を甘やかし、彼と交流を続ける。彼の話す壁の外の住民の多くは危険で考えなしな思考をしているが、人間らしい。そう思った時に彼女は自分を含めた壁の中の人間はもっと壁の外について知るべきだ、という義務感に似た感情も芽生える。最近の彼女は、彼の話に出てくるもちもち姉さんことナオミの話を特に興味深く聞いている。彼女は話を聞きながら危険な壁の外で様々なハプニングに襲われながらもそれを何でもないようにあしらう強くかっこいい女性の姿を想像し、憧れている。

特に何もないその日ももはや日課のように栄が先に起きるとその日の準備を始める。彼女が出かける時間になるとタカは束の間だけ起き、朝のわずかな時間を彼女と共有する。彼女が外に出かけると彼は再び眠る。彼女のいない昼間は彼にとって日までしかない。街には自分の人相も出回っているので出歩けば騒ぎになる。それは壁の中に侵入した時点で彼にもわかっていたことだが自分の世話をしてくれる上、壁の中の情報を彼に教え、時には住民に聞いてきてくれる栄に情も沸いている。彼女に迷惑をかけたくない気持ちもある。それに、彼に直接聞けばそれを否定するだろうが、彼女ともう少し一緒にいたい気持ちも確かにある。どうせ急いでも状況は良くも悪くもならないのだから彼は焦ってもいない。タカは退屈な昼間を自分のゲームに使うカードの最適化、デッキ編成をただただ考え続ける。今の彼は15枚以上のカードを所有しているが、切り札が手札に来る可能性を上げるためデッキの枚数は下限の15枚が望ましい。何を入れるべきかいろいろ考えるが結局彼の編成は変わらない。日が落ちそうになるころか、丁度落ちるころに栄はいつも帰ってくる。その日もいつもと変わらない時間帯に栄が帰ってくるとタカはようやく退屈な時間が終わる、と自然と気分が上がる。2人は「ただいま。」、「お帰り。」とあいさつを交わす。この挨拶は栄の気分を上げる。1年間一人で暮らしてどこかでさみしさを感じていた彼女はこの些細なやり取りにどこか幸せを感じている。その日も売れ残りのパイとアルケミストの酒を2人は楽しみながら会話を弾ませる。19歳で家を出て金銭的に余裕がある生活を送っていたとは言えない栄は酒もあまり飲んだことがなく、毎日飲めることに喜びを感じている。その日の栄はタカとある程度仲良くなれたと感じたこともあり、ずっと聞きたかったが聞けなかったことを聞いてみることにする。

「あの、前から思っていたんですが」と彼女は切り出す。「ジョージさんと、シュンさん、ケンさんを、その、殺しちゃった、トップオフィサーの本郷氏を恨んだりしていないんですか?その、殺しちゃおう、とか、」と彼女は終える。その質問にタカは少し笑いながら答える。

「知ってるだろ?俺は誰も殺せねぇ。でも、そうだな、殺せたとしても殺すかどうか。どうせ人は死ぬんだぜ?その辺に転がっている死体みたいに。あいつらは、トップオフィサーより弱かった、あるいは運が悪かった。いや、大人になれただけ運はいい方だな。トップオフィサーも、いつか死ぬ。俺が殺さなくてもな。ただ、あいつらの大切なカードを俺の、あいつらの気に入らないやつが持っているのはいただけねぇ。俺の気分もよくないし、魂があるとするならあいつらも気持ちよく眠れない。」彼は言い切る。

その言葉を聞いて深く考えを巡らせる栄。彼女は当然のようにその辺に転がっている死体など見たこともないし想像もできないし、大人になれずに死んでいく子供がいたとしたらそれは悲劇のストーリーだ。彼女はもやもやとしたものを心に抱えるが彼女に答えは出せない。

「王様とか、偉い人は知ってるのかな。」と彼女はこぼす。

「王様なんているのか。」とタカはそれが役に立つかどうかは置いておいて壁の中の新しい情報に目ざとく反応する。

「いますよ!名前は、えっと、忘れましたけど。壁を作ったカードとか持ってるらしいですよ。」と彼女は答える。タカはそれについて特に掘り下げることなく話がいったん終わる。特に気まずくもない沈黙の後、タカが不意に口を開く。

「そういえば、ぺちぺっち、お前のお気に入り見せてくれよ。」。

その言葉を聞いた栄は不思議とうれしくなる。彼女は思い返せばタカは壁の中についての質問は多くしてきたが彼女自身についての質問をするのはこれが初めてだと気が付く。彼女は喜んでぺちぺっちを具現化すると矢継ぎ早に彼女とぺちぺっちの思い出を彼に話していく。ピンクで丸いぺちぺっちは顔もなくしゃべることもできないにもかかわらず彼女の話を聞きながら「あの時は頑張ったよ!」「その話はしないで!」など豊かな動きで伝えていく。そんな彼女を見て彼は親近感を覚える。カードを大切にする者を嫌いなプレイヤーはいない。その日からタカは栄に彼女自身についての質問をすることも増えていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ