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序章 ながい夢といつもの朝

不定期ですが続きます。少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。



湿度も気温も高く、元々鈍い動きしか出来ない身体が更に重く感じてしまう、そんな初夏だった。

時刻は朝六時半。スマートフォンのアラームでいつもの時間、いつものように面倒ながらも身を起こし、まだぼんやりと霞がかった頭をぼりぼりと掻く。

いつもと違うのは、よく覚えてはいないものの--とても、とても長い夢を見ていた、気がする。それも荒唐無稽な夢ではなく、しっかりとした物語の道筋を辿り、多くの障害を乗り越え紆余曲折の末に『”夢”にまで見た何ものか』を手にする――そんな夢。

話のタネには十分すぎるが、平日の朝には全く向かない、とんでもなく濃すぎる夢だ。まるで今さっき、どこかを全力疾走でもして来たかのように、身体にずっしりとした疲労感と、まだ引いていない冷や汗がある。

「はぁ……」

朝一番の虚しいため息を零し、彼--東雲 裕也は、のっそりとベッドから降りた。


寝汗に加え、起き抜けの顔が自分でもそうとわかるほど酷いものだったこともあり、時間もないのに朝からシャワーを浴びて、裕也はいつものルーティンとは違う順序を踏んで家を出た。

「あんた、お風呂入ってもまだそんな顔して。シャンとして学校行きな」

追い立てられるように玄関を出る間際、まだ部屋でのんびりとコーヒーを飲んでいる母親にそんなことを言われてしまって、言葉を返す気力もなく大きく音を立てて扉を閉めてしまった。

今朝の無駄に濃厚な大冒険の夢から始まり、こんな梅雨の時期に朝からシャワーなんて。これじゃ浴びたって少しもスッキリしない。

さらに言えば、しっかりと乾かしたはずの髪や半袖から露出した腕が、湿度と霧雨のせいで既に湿っている。そりゃぁ顔色だって悪くなる…そう思っていると、いつにも増して気だるく、何もかも億劫で面倒に感じてしまう。



それでも。凄く、本当にサボれるならサボってしまいたいくらい億劫な一日の始まりでも、裕也は学校を休まない。休めない、とも言える。

休んだら面倒臭いことになるから休まないのだ。

クラスの連中に、昨日なんで休んだ?サボり?なんて言われるのが嫌だった。はは、と苦笑いして返す自分も嫌だった。

友達にさえ、そう言われると思う。彼等も裕也と同じように、サボれるものならサボりたいと感じる日々を「それすら面倒臭いから」という理由で上塗りして、そんな乱雑な道をただ休まず、考えもせずに日々として歩んでいるからだ。


校門間近まで来ると、友達となにやら楽し気に会話しながら登校する生徒に交じって、裕也のようにつまらなそうな顔を俯かせ、ただ足を運ぶことだけに腐心しているような生徒もチラホラと見受けられる。

じっとりとした、ごく柔い霧雨は結局学校に着いても止まなかった。そこかしこで「今日傘差す日?」「眼鏡超濡れてるじゃん」「一限目体育だけど、校庭ムリだよな」等といった他愛のない会話が転がっている。裕也はこの湿気から少しでも身を守ろうと折り畳み傘を差して来たものの、かえってその狭い空間の蒸し暑さに尚更不快感を覚えるのだった。



「はよ~ッス、しの~」

間延びした声に振り向くと、同じクラスの、カワ--川平 和成がそこにいた。裕也より背が高く、しかし細くて平べったい印象の体躯に、気の抜けきったような喋り方。裕也は固まっていた頬を緩め、

「おはよ。カワ、傘差して来た?」

「え、持ってない。これくらいじゃ雨の内に入んねーかなって思ってさ~…」

「マジ?」

上履きに履き替えながらどこかとぼけたようなカワと話して、裕也はようやく日常のルーティンに戻って来れたような気がした。カワの細い一重瞼はいつにも増して重そうで、「昨日何時まで起きてたん?」と聞くと、「3時くらいかな。ラスト一戦がさ~、長引いちゃってさ~」この話がしたかったんだと顔にも声にも溢れ出ているカワを見て、思わず笑ってしまった。対戦式のオンラインゲームにハマっている彼は、その巧みな戦術からなる一時間以上にも及ぶ激闘とその素晴らしい勝利と戦績を、誰かに話したくて仕方ないようだった。

裕也は笑いながら、相槌を交え、時に続きを促しながらカワの話を聞く。

そうしている間に、二人は階段を上り、いつもの教室へとたどり着くのである。


いつものように自分の机にカバンを置き、カワや先に来ていた友達となんとなしに集まって、まだまだ続くカワのゲームの話や、昨夜やってたTV番組の話をした。

いつもの日常だった。

「東雲、あんた顔色悪くない?熱でもあるんじゃないの?」

目が覚めるような溌剌とした声に、裕也も周りの友人達も、全く同じように振り向いた。

今裕也のいるすぐ後ろ、といっても斜め後ろの席に裕也たちと同じく友人達と今しがたまでお喋りに夢中だった、クラスメイト。女子の平均身長くらいで、髪は肩につく位の短さ。ぱっちりとした瞳を裕也に向ける、鈴野 美夜がそこにいた。

--なんで今、話しかけるんだよ。

「別に、普通だけど」

「うわ、態度悪。あっそ!」

美夜がぷい、と顔ごと視線をそらしてくれたおかげで、二人の会話はすぐに終わった。

「いいよなぁ、しのさんは」

カワの言葉に全員がしみじみと頷く様子を見て、裕也は苛立ったように返す。「何が?」

「何がって。鈴野さんに話しかけて貰えてさ」

「中学同じだったんだっけ?」

裕也はこの話をするのが、一番、嫌だった。だから友人達の言葉にもこれ以上突っかかることなく、無視したので、友人達も流石に察してか何事もなかったかのように話をゲームにまで戻してくれた。


美夜もまた、裕也にとっては、友達と呼べる程仲の良い一人だった。でも今はそうもいかない。

美夜は周りがあんなふうにしみじみと頷いてしまう程度には、可愛い女の子に成長してしまったからだ。

そして裕也自身は、毎日気だるく地味に過ごしている、つまらないヤツに成り下がってしまったからだ。

周りを気にせず、誰の目も気にせず無邪気に話しかけることなど、今は出来ない。美夜はなぜそんなことにも気付かないで、自分を構うのだろう。そういう所が嫌でもあり、どこか懐かしく、嬉しくもあった。


いつものチャイムが鳴り、朝礼が始まった。

いつもの朝だ。何事もない、つまらない朝だ。

裕也は担任教師のどうでもいい話をぼんやりと聞きながら、

「昔の美夜になら、今朝の夢の話、出来たかもしれないのに」

そんなふうに思うのであった。














拙い文章ではありますが、読んでいただきありがとうございました。

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