隆文と朋子
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隆文は泣いていた。
人間は最初から絶望しかないと解っていればすぐに人生を諦めることができる。
しかし17歳の隆文は7歳ごろまで愛情を持って育てられた。
最初に希望を、光を見せられてしまったのだ。
・・・それはこの上なく残酷なことだ。諦めとは救いになる。
見切りをつける。それはマイナスなことではない。
諦める、現在ではマイナスな言葉だ。
しかし本来の意味は、自分の立ち位置を明らかにし見極めると言う意味である。
冷静に客観的に自分を俯瞰し、立ち位置を見極めて可能か不可能か判断することだ。
隆文は縋ってしまった。真っ暗な中の幼いころに受けた思い出の光に縋って諦められなかった。
だから耐えてしまったのだ。隆文は不幸なことに心が深かった。
そして自己表現をすることが苦手だった。
だから普通だったらとてもたえられないような仕打ちに耐えてしまった。
思い出の中、優しくしてくれていた人たちに嫌われ迫害される。
大切に思っていた妹に蹴られ、唾を吐きかけられる。
ほのかに恋心を寄せていた相手にこの上ない裏切りをされる。
自分の事を汚物のように大切な人たちに扱われる。
日記に会った家族が大切だ、妹が大切だ、菜穂子が大切だ・・・
それは自己暗示であった。書いてて自分に暗示をかけていたのだ。
絶対に忘れないように、だからどんな事にも耐えられるように・・・
懸命に17歳の隆文は心を削りながら生きていたのだ。
心はとっくに死んでいたであろう。だから思い出に縋っていたのだ。
だからこの部屋には何もないのだ。隆文は自分がなかったから何もないのだ。
大切な人の為に生きる。
逆に言うと大切だと思えないと17歳の隆文は何にもなくなってしまう。
自分の生きる理由と言っていい人たちから汚物のように扱われ、蹴られ、唾をかけられ自慰を強制させられ笑い物にされた。顔を見るだけで汚い物を見たような顔をされる。
大切な人たちと暮らしながら17歳の隆文はそんな扱いを受けていた。
どんなに怪我をして帰ってきても自分で洗濯して、治療なんて満足に受けられず体を丸めて耐えていた。
家族に心配をかけたくなかったから誰にも言えなかった。
顔を合わせるのが申し訳なくて風呂にも行けなかった。
部屋の水場でいつも身体を洗っていた。
・・・地獄・・・ただの監禁・・・隆文の心の優しさ、深さがそう自分を追い込んでいったのだ。
17歳の隆文に出来ることは心を殺すしかなかったのだ。
何も考えない、自分の事を考えない、大切な人がそう望むからそうしてる。
・・・いつか、どれくらい先になるのか解らないけどまた一緒にご飯が食べられるのかもしれない。
朋子が一緒にTVでも見てくれるかもしれない。
母さんが歳をとったら一緒に買い物に行って母さんの服を買ってあげられるかもしれない。
また父さんの背中を流してあげられるかもしれない。
菜穂子と・・・もう別な人の恋人になったけど、また仲良く挨拶できるかもしれない。
だから・・・そのために我慢する・・・心を殺す・・・自分を殺す・・・
17歳の隆文は部屋の隅にあざだらけの身体で膝を抱えて丸まって泣き続けていた。
悲しいなんて気持ちはとうになかった。勝手に涙が出ていただけだった。
もうどう動かしていいか解らない程凝り固まった笑い顔のまま涙を流していた。
洗った洗濯ものから落ちる水滴のピチョン、ピチョンという音だけが狭い部屋に響いていた。
37歳の隆文は同じ場所で泣いていた。
イルムトでも不幸はさんざんあった。しかし、ここまで凄惨で残酷な心を追い込む仕打ちは見たことがなかった。時間を・・・10年もの歳月をかけ心を壊していく。
17歳の隆文はそれに耐えていた。
未成年の子供10歳にも満たない子供だったのにずっとそれに耐えてきたのだ。
・・・余りにも・・・余りにも哀れすぎる・・・
17歳の隆文は間違いなく自分の中にいる、だから断片的とは言え思い出せてきた。
深い自己嫌悪、他者への依存、世界への諦め、その中での家族への憧憬。
最後の文に
朋子が死にました
みんな死にました
僕も死にました
皆消えました
そう書いてあった。
その時に小松原隆文は死んだのだ。心も精神も死んでしまったのだ。
何かとてつもない事があったのだ・・・一番大切な人から何かされたのだ。
とてつもなく残酷で酷い事をされたのだ。
ギリギリでいきていた隆文に止めを刺したのだ・・・
隆文は妹の朋子の事を一番に考えていた。だから朋子に何かやられたのだ。
話を聞かなければならない・・・
隆文は実に数か月ぶりに家族の住むフロアへ足を運んだ。
朋子は電話をしていた。最近できた彼氏と電話をしていた。
髪を染めて金髪にしているけど不良という訳ではなかった。
崇という一つ上のかっこよくて逞しい素敵な男の子だった。
実家が貧乏なため、バイトをしている。でも最近通信制の高校に入り働く以外は勉強にいそしんでいる。
崇は真面目だった。そして優しくて頼りになった。小さいころに見た兄貴とどこか似ていた。
出会いは崇が図書館で勉強している時だった。
最初は不良がなんでこんなところに居るんだろうと不快だった。
しかし、崇は司書の人にも、他の人間にも丁寧に敬意を持って接していた。
ある時、腰の曲がったおばあさんがつまずいて転んだ。
崇は真っ先に近寄り、状態を調べ、司書さんに頼んで救急車を呼ぶように頼んだ。
おばあさんは足の骨が折れているらしかった。
崇は痛まないように楽な態勢を取らせてずっとおばあさんに声をかけ続けた。
そして救急隊員にはきはきと状態を伝えて、一緒に病院まで付き添ってあげた。
そしておばあさんに
「もう大丈夫だよ、病院に行ったら偉い先生が見てくれるから。安心して」
そう言ってにっこりと優しく笑った。
その笑顔にやられた。
次の日、勇気を出して話しかけた。
不良のような外見の崇だったが女の子には慣れておらず、顔を真っ赤にして答えてきた。
そんな姿が可愛かった。しばらくの間隣に座り勉強した。
朋子は毎日崇の隣に座り、崇に勉強を教えてあげた。
問題が一つ解けるたびに崇は嬉しそうに笑ってありがとうと言ってくれた。
朋子はもうはっきりした恋心を持ってしまっていた。
理想としていた兄と似た空気、優しい笑顔、そして誰よりも朋子を大事にしてくれた。
一月後朋子から告白した。崇は驚いた。
崇は生い立ちを話し始めた。
母子家庭であり、妹が二人いて母親も病弱なためなかなかパートに行けずとても貧乏であること、
妹の学費と母親の治療費のために昼は勉強して夜工事現場で働いていること。
妹の高校への進学のお金のために歳をごまかして働いていること。
でもそこで目標となる人と出会い、自分ももっと頑張りたいと思った事。
その人のように生きたいと思った事。今自分と付き合っても勉強と仕事で一生懸命であんまり相手ができないこと。デートもお金がないので楽しませてあげられないこと。
だから、自分と付き合っても楽しくないかもしれないこと。
申し訳なさそうに崇は言った。
「私は崇君と一緒に勉強できるだけで幸せだよ・・・それじゃダメ?」
朋子は顔を真っ赤にして言った。
「・・・よろしくお願いします。」
崇は真っ赤になりながら頭を下げた。
携帯の連絡先を交換した。崇はガラケーであった。スマホなど必要ないと言っていた。
そんなお金はもっと使うべきところがあると言った。朋子は愛しさがこみあげてきた。
そんな崇と電話していた。崇は時間がない。あんまり長電話ができない。
だから貴重な時間だった。
・・・コンコンコン
静かにドアがなった。
崇との時間を邪魔された。
「・・・誰?」
朋子は不機嫌に言った。
「俺だ・・・隆文だ。」
一番聞きたくない声だった。
豚のくせに・・・私の部屋に来るなんて。
気持ちがささくれだった。せっかく大事な恋人との幸せな時間を台無しにされた気がした。
「・・・朋子?お客さん?じゃあこれで切ろうか。俺もこれから仕事に向けて寝なきゃいけないし。」
「あ・・・崇・・・また明日ね・・・」
「・・・うん・・・」
電話を切った。幸せな気持ちに満たされた。
「・・・朋子、少しいいか?」
「・・・何の用よ・・・」
朋子は気分が台無しになって不機嫌に答えた。
豚の顔など見たくなかった。
「聞きたいことが有る、少し話せないか?」
「私にはないわよ!!この豚!!なんでこっちに来てるのよ!!さっさと豚小屋へ帰れ!!」
「・・・ドア越しでいい・・・顔は見せない。話を聞いたらすぐに戻る」
「何よ!!何なのよ!!」
「・・・俺が最後にお前の前に顔を見せた前、俺はお前に会ったか?会ったとしたらお前が俺に何をしたのか教えてほしい。・・・少し記憶があいまいなんだ。すまないが教えてくれないか?」
「はあ?あんたが間違えて家の玄関から入ってきたから私があんたの顔をまともに見ちゃったんでしょうが!!それで靴ベラで思い切りひっぱたいてやったんでしょう!!みんなと遊ぶ前にあんたが顔を見せるから当然でしょうが!!」
「・・・それだけか?」
「そんな事も忘れたの!!何回もぶっ叩いてやったわよ!!あんたごめんなさいごめんなさいって気持ち悪く泣いてさ!!むかつくから思い切り股間も蹴ってやったじゃない!!!」
「・・・・・・それだけか?」
「変な声出してみっともなく転がってるから死ねって言ってやったでしょ!!さっさと死になさいよ!!なんでまだ生きてるのよ!!笑いながら泣いてるあんたが気持ち悪くてしょうがないのよ!!」
「・・・・・・・それだけだったか?・・・・他にも何かしたんじゃないか?」
「家族の写真からあんたを消してやったわ!!それにね!!私はもうあんたと一緒の家で暮らすことが嫌なの!!パパとママに頼んであんたを追い出すことにしてやったの!!どこでもいいからもう二度と顔を見せないでよ!!!」
「・・・・そうか・・・・お前がそういったんだな・・・・良く解った・・・本当に俺にそういったんだな。」
「しつこいわね!!!そうよ!!私が言ってやったのよ!!!悪い?あんたなんか家族でも何でもないんだからさっさと出ていきなさいよ!!!悔しかったら言い返してみなさいよ!!腹が立つんでしょう!!怒りなさいよ!!」
「・・・・・本当に良く解った・・・良かったな朋子さん・・・君の望みは叶うよ・・・おめでとう・・・・」
「・・・え?何を言ってる・・・」
足音は去って行った。
朋子は何か取り返しのつかない事を言ってしまったのではないかと不安になってきた。
朋子さん・・・君・・・あの豚からは効いたことのない呼び方だった。
完全に他人への呼び方だった。
漠然とした不安に朋子は黙った。
隆文はリビングへいき、アルバムを探した。
隆文が持っているものと同じアルバムがあった。
開いた・・・・これだ・・・
これを見て17歳の隆文は死んでしまったのだ・・・
一番大切な妹にこれ以上ないほど拒否をされて存在を否定されたのだ。
もう迷う事はなかった。
ここに居てはいけない。
来てはいけない、顔を合わせてはいけない。
腹など立たない。ただ17歳の隆文が哀れだった。
忘れよう・・・お金もたまってきた。
この家の事は、家族はいなかった事にしなければならない。
・・・自分がここまで育ってきた金額に届いたらその時に一度来る。
それで終わりだ。およそ1000万円それくらいの金額だ。
今の貯蓄は260万円、あと一年ほどかかるかもしれない。
隆文は自室のアルバムを燃やしてそのまま出た。
工事現場で隆文はみんなの信頼を集めていた。
現場監督、その上の上司、みんな隆文を認めてくれていた。
その会社が善意で寮を貸してくれた。
一緒に働いている外国人たちも住む小さな寮だった。
六畳に3人で暮らす。十分だった。
どんな環境でも隆文は問題なかった。雨風がしのげればそれだけで最高だった。
昼間は学校に行き、帰って少し仮眠をとりそのまま現場へ向かった。
「隆文君!!」
同い年の金髪の男の子が話しかけてきた。
よほどうれしい事があったのだろう。ニコニコと笑っていた。
「どうした?崇。あと君付けなんていいっていっつも言ってるだろ?」
「だめだよ!!隆文君は俺の目標なんだから君付けで呼ばせてもらいます!!」
「・・・まあ・・・悪い気はしないかな?」
二人で笑った。
「それでどうしたんだ?」
「実は・・・・彼女ができました!!!」
「え?」
「めちゃめちゃいい子でさ!!すんげえ可愛いんだ!!俺本当に惚れちゃった!!昨日も電話で話したんだ!!」
「そうか・・・・おめでとう!!良かったな!!!」
「・・・それでさ・・・俺・・・決めたんだ。やりたいこと決めたんだ!!」
「ほう、教えてくれるのか?」
「うん、俺が勉強してる時におばあちゃんが転んでさ、俺、隆文君に教えられたとおりにしたんだ。そしたらおばあちゃん俺にありがとうって言ってくれてさ、おれ、人にそんな事ほとんど言われたことなかったから嬉しくてさ・・・一緒に救急車に乗って付き添ったんだ。その時の救急隊の人たちがかっこよくてさ・・・俺もあんな風になりたいって思ったんだ。誰かを助けられる人になりたいって思ったんだ。」
「・・・そうか・・・」
「おばあちゃんの家族が来てさ、俺に本当に感謝してくれたんだ。俺・・・嬉しくてさ・・・なんだかわからないけど俺もありがとうって言ったんだ。俺、人に感謝されるのなんか初めてだったからさ。」
「・・・良かったな・・・本当に良かったな。」
隆文は目に涙がにじみ始めていた。
「見舞いに行ったらおばあちゃん俺の事を拝んで感謝してくれたんだ。嬉しくてさ、隆文君のこといっぱい話しちゃった。俺の目標だって。」
「おいおい・・・」
「そこで働いてる人達もすごいかっこよかった。だから俺もああなりたい。俺、救急救命士になるよ!!誰かのために働いて、命を救う人になりたいんだ!!」
「・・・いいと思うぞ!!!それはいい!!崇!!!がんばれ!!!俺はお前をお応援するぞ!!」
「だから、隆文君、医者にならない?俺が運んで隆文君が助ける!!!ゴールデンコンビの完成になるじゃん!!一緒にみんなを助けようよ!!」
「・・・医者?俺が医者??」
「そう!!隆文君ならすんごい医者になるよ!!そして俺もすんごい救命士になる!!俺そう思うだけで体中からなんか湧き上がってくるんだ!!」
「医者か・・・・悪くないな・・・」
「絶対悪くないって、一緒にやろうよ!!」
二人は盛り上がっていた。
「おーい!!隆文、崇、いつまでもしゃべってないでこっちきて土嚢運べー!!」
現場監督から怒られた。
「「すいませーん!!いまいきまーす!!」」
二人とも駆け出した。
「隆文くん、おばあちゃんからもらった干し柿あるんだ、後で一緒に食べよう?」
「いいね、もらおうかな。」
重い土嚢を担ぎながら二人は笑いながら仕事にいそしんだ。
・・・頑張れ・・・崇・・・
隆文は心が満たされていくのを感じた。
だんだん登場人物が増えてきました。なんかまた長くなってくる予感が・・・