日記
切ないです。皆様のご感想が励みになります。正直書き手はメンタルが弱いです。ですので皆様のお言葉が力になります。もしよろしければご意見ご感想をよろしくお願いいたします。
隆文は一時家へ帰ってきた。
自室にこもって何かないか探した。
記憶の欠落。それほどの事があった。
無くしてしまいたいほど自分の事が嫌いになった。
普通ではないのだ。未熟な少年がそこまで何に追い込まれていたのか。
帰ってからはあまり家に寄り付かなかった。
食事を作るとき、仕事へ行くためにほんの少しかえって弁当を作る。
家族と言われる人たちと会っても何も感じない。
向こうも自分の事を嫌っている。それが解っていたから寄り付かなくなった。
洗体は公園で済ました。運よく障害者用の大きなトイレがある公園を見つけた。
そこで身体も頭も洗った。公園のベンチで寝た。
浮浪者のような生活だったが野宿に慣れていた隆文はよほど快適に過ごせていた。
何より魔物に襲われる危険性がない。
隆文にはこの生活に全く不満はなかった。
食事と睡眠、それさえ確保していれば隆文はどうにでもなった。
しかし自室を調べる必要が出てきた。
17歳だった隆文が何を考えて何に絶望したのか知る必要があった。
おそらく手掛かりはこの部屋にある。
家族に会わないようにこっそりと入った。
改めてみると本当に何もない部屋だった。
机、椅子、パイプベッド、スカスカのマットレス、洗濯ものをつるすためだろう、壁から壁に紐が張られていた。本棚には勉強関連の本しかなかった。
思春期にありがちなポスターもエロ本などもなかった。
良く考えると異常な部屋だ。この部屋には人間性がない。
どういう人間がいたのか想像がつかない。
無、虚無、人としての匂いが一つも感じられない。
家族が入って片付けたわけではない。入られたらすぐに解る。
隆文以外はこの部屋に入った形跡はなかった。
未成年が家に寄り付かず帰らない。それなのに親も入ってこない。
この家の闇の深さが見えた。
机・・・おそらくここだ。
一つの引き出しだけの安物の机、引き出しには鍵がかかっていた。
冒険者としての技術の一つでピッキングなども習った。
鍵は簡単に開いた。
仲には大量の大学ノートが入っていた。
一番古そうなノートを開いた。
・・・隆文の日記だった。
最初のページは隆文が小学校6年の時に書いたらしかった。
〇月12日 晴れ
妹の朋子と花火をした。どっちが線香花火を長くともせるか勝負した。
朋子のほうが長く灯っていた。負けた。でも勝った時の朋子の顔が可愛かったのでまあいいかと思った。母さんがその後スイカを切ってくれた。みんなで食べた。朋子と母さんと種の飛ばしっこをした。僕が勝った。父さんはあきれながら見ていた。
〇月15日 雨
父さんが映画を見に連れて行ってくれた。映画の名前は忘れた。でも父さんが僕にポップコーンを買ってくれた。キャラメル味で美味しかった。父さんは映画の後面白かったねって言ったら頭を撫でてくれた。
×月2日 雨
朋子と一緒にカタツムリを捕まえに行った。なかなか見つからなかったけど大きい葉っぱの下に居た。朋子は気持ち悪がって触れなかった。僕が掴むとお兄ちゃん凄いねって褒めてくれた。朋子に褒められると嬉しい。また一緒に出掛けたいなと思った。
〇月5日 晴れ
皆でドライブに出かけた。泊りがけで温泉に行った。父さんと一緒のお風呂に入った。背中の流しっこをした。父さんの背中は大きくて逞しかった。僕も早く父さんみたいになりたいと思った。
〇月10日 晴れ
今日から中学生になった。幼馴染の菜穂子ちゃんと一緒のクラスになった。ドキドキして中々話しかけられなかった。そしたらこっちを見てにっこりと笑ってくれた。嬉しくて小さく手を振ったら振りかえしてくれた。いい中学生活になればいいなと思った。
〇月17日 雨
柔道部へ入った。僕は身体が大きいから柔道に向いているんだそうだ。だからみんな歓迎してくれた。期待にこたえられるように頑張っていこうと思った。
・・・思い出してきた・・・日記を見るたびに思い出してきた。
これは叫びだ・・・ほしかった思い出だ・・・ページのあちこちに染みがついている。
そうだ・・・俺は泣きながらこれを書いていた。妄想を書いていた。
嘘を書いて・・・ごまかして妄想することしかできなかったんだ。
ありえなかったこうだったら良かった。それを書いているんだ。
・・・ここまで俺は・・・17歳、いやもっと前から壊れていたのか・・・
日記を書いていた時はいじめられて特に辛かった時だ・・・
逃げる所が欲しかったんだ・・・でも逃げ場なんてどこにもなかった。
居場所なんてどこにもなかったんだ・・・
誰もいなかった。だから自分で作るしかなかったんだ。
なけなしの小遣いでノートを買ってそこに妄想の現実を書いたんだ。
〇月25日 雨
柔道が楽しい。みんなが一生懸命頑張って僕を鍛えてくれる。
でも先輩たちは強くてついていけない。そんな時竹原君に会った。僕と同じ一年生だ。
一緒に頑張ろうと言って仲良く帰った。
初めて竹原に会った日・・・そうだ、いきなり絞め技をかけられて初めて気を失った日だ。
竹原はその時身体が小さかったから大きな俺がちょうどいい遊び相手だったんだ。
その日から・・・ずっと竹原に付きまとわれたんだ。
毎日殴られておもちゃにされたんだ。
・・・もう日記に書いてあることの裏側が見えてきた。
読むたびに思い出してきた。
〇月5日 雨
竹原君と一緒に帰った(荷物を持たされて帰らされた)柔道では竹原君は僕を相手に乱取をしてくれる(技の実験台にされた)僕は頑張って竹原君に付き合った(好き放題に投げられた)体は痛かったけど頑張ってついて行った(相手をしてくれるのは竹原だけだった)僕は体が大きくて太っているから一緒に練習するのが楽しいみたいだ(無抵抗で素人だから気持ちよく投げられたのだろう)僕は自分が役に立てるのが嬉しかった(もう誰にも相手にされなかった)家に帰ると母さんが心配してくれた(そう思っていないと耐えられなかった)
朋子も救急箱を持ってきて手当をしてくれた(もう家族は自分を居ないものだと扱っていた)・・・明日も頑張ろう(明日なんて来なければいいのに)
〇月10日 雨
柔道部のみんなが僕と稽古をしたいと言って乱取をし始めた。(警戒心がなくなっていい実験台だと思われ始めた)
竹原君は休み時間のたびに僕に話してくれる(隠れて殴られていた。)
僕は竹原君に感謝した。(まだはけ口としてでも僕を必要としてくれる)
一緒にお昼を食べるようになった、(お金を僕が出し走って買ってきた)
竹原君は感謝してくれた(遅いと言って殴られた、土下座して謝った)
菜穂子が話しかけてきてくれた。
柔道の稽古で怪我をしたのが心配だったらしい(ただ情けない男と言われただけだった)
家では最後に風呂に入ることにした。
汗でどろどろになった体を流すのは他の家族に申し訳なかった。(もう家族からは汚いものとして扱われていた、朋子が一番嫌がっていた。眼も合わせてくれなかった)
最後に入った人が掃除するのは当然だ。
だから僕は率先して風呂の掃除を始めた。(そうしないと殴られた)
〇月20日 晴れ
天気もいいので菜穂子と公園に散歩に出かけた。(一人で出かけた。心のよりどころが欲しかった)
気持ちよくて菜穂子が隣に居て泣いちゃった。(一人でベンチに座り、二人分のジュースを買って泣いていた。)
家に帰ったら朋子が迎えてくれた。(腹を蹴られた。唾を吐かれた。)
部屋で今日の思い出に浸っていた(膝を抱えて泣いていた。)
幸せな気分で寝床に着いた(膝を抱えて丸まって泣いていた)
×月25日 豪雨
今日は僕の誕生日だ。みんな家族がおめでとうと言ってくれた(一人でコンビニでケーキを買って机で一人で食べた、自分に向かっておめでとうと言ってみた。悲しくて笑っていた。)
もう笑い顔しかなかった(他の表情ができなかった)
おめでとうって言ってくれたお父さん(言ってほしかった)
おめでとうって言ってくれた母さん(言ってほしかった)
おめでとうって言ってくれた朋子(言ってほしかった)
嬉しくて泣き続けた(もうなんで泣いているのか良くわからなかった)
皆がプレゼントをくれた。大切なことを忘れないために日記を買ってくれた。
(自分で買った大学ノートだった)
僕は母さんが生んでくれて幸せです(そう思ってほしかった。)
父さんの息子で幸せです(そう思ってほしかった)
朋子の兄で幸せです(そう思って・・・ほしかった・・・)
〇月30日 豪雨
皆の前でオナニーをさせられた。菜穂子の為と言われて頑張った(死んでしまいたかった)
竹原君も、菜穂子も笑っていた(死にたかった)
皆が楽しんで菜穂子の為だと思うと頑張れた(死にたかった)
恥ずかしい事を何度も言った。菜穂子の為だと思うと言えた(死にたかった)
呼び出された、菜穂子の為だったと思うといくらでも頭を下げられた(死にたかった)
〇月3日 台風
菜穂子と竹原君が抱き合ってキスをするのを見た。(死にたかった。殺したかった。)
竹原君と菜穂子はそういう関係だったんだと思った(死にたかった、殺したかった。)
菜穂子は竹原君と付き合っていたのか・・・竹原君はいいやつだから仕方がないと思った(みんな殺したかった)
僕は菜穂子のために菜穂子を諦めることにした(全員殺したかった)
菜穂子はとっくの昔に竹原君とそういう関係だったことを聞いた(本当に・・・本当に死にたかった・・・逃げたかった・・・折れた・・・何かがぽっきりと折れた。)
高校生になり、何かがどんどん消えて行くのが解った。
何が消えて行くのは解らなかった。でも僕の大事なものが消えて行ってるのは解った。
他にすることがなかった。僕は勉強しかしなかった。
お父さん・・・お母さん・・・朋子・・・
僕がいい大学に入って立派な仕事に着いたら・・・また話してくれるかな・・・
何にもないんだ・・・何も見えないんだ・・・
自分が泣いてるか笑っているか解らないんだ・・・
もうどう頑張っていいか解らないんだ・・・
悲しいとか楽しいとか何にも解らないんだ・・・
でも僕がこのノートに書いてるときは笑ってくれる。
遠い昔に僕にくれた笑顔に会える。
だから書き続けているんだ・・・他には何もないんだ・・・
僕には父さんと母さんと朋子しかいないんだ。
僕はみんなに嫌われている、それくらいは解る・・・
でも思い出がある・・・優しくしてくれた、家族だった思い出がある。
だから僕は何とか生きてられる・・・
それしかない、それしかないんだ。感情なんてよくわからない。
朋子、朋子、僕を頼ってくれた朋子・・・
僕はそのために生き続けている。
守る為に生き続けている。大事な妹を守る為に生きているんだ。
だから幸せになってくれ・・・素敵な人と結ばれて幸せになってくれ。
僕はそれを見れれば何もいらない。それしかないんだ。
頼ってくれた・・・それだけで僕は幸せだった。一生分の幸せをもらったんだ。
情けない兄貴でごめん、だけど懸命に生きる。
朋子の幸せ、家族の幸せに生きる。
もう何も解らなくなってしまった。世界に色がなくなってしまった。食べ物の味も、痛みも、何もかもどうでも良くなってしまった。
感じなくなってしまった。だから自分に優しくしてくれた家族。
頼ってくれた朋子に幸せを・・・それしかないんだ・・・
もう忘れてしまっているだろうけど僕を頼ってくれたのは朋子しかいないんだ。
だから・・・朋子、可愛い妹。僕は君のために命を使うよ・・・
〇月30日 終わり
朋子が死にました。
家族が死にました。
僕も死にました。
皆消えました。