表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰ってきたその後で・・・  作者: ヒラゾウ
5/45

隆文だった者とその先に行った者

ブックマーク登録ありがとうございます。皆さんのおかげで書き続けられてます。

隆文は自室に20年ぶりに入った。

簡素なベッド、机、椅子、本棚には大量の参考書、暗い明かり、

水場、トイレ、必要なものしかない粗末な部屋だった。


隆文は自室を見て思い出してきた。

ここに移動させられて過ごした日の事を。

毎日アルバムを見て過ごしていたことを。

アルバム・・・自分にとって一番大事だったはずだ。

思い出すのに役に立つかもしれない。


イルムトでの生活は激しすぎた。余計な事は全て隆文は忘れてがむしゃらに動いた。

地球でのことなど朧気にしか覚えていなかった。

知らなければならない。どういう風に隆文が育ってきたのか知らなければならない。


実はヴァンプと同化したことで隆文の感情は変化していた。

非常に合理的な考えを持てるようになっていた。

その分隆文自身の記憶もあいまいになってしまっていたのだ。



アルバムを開いた。可愛い子供と美しい両親の姿が写っていた。

・・・これが俺か?・・・どうして今の俺とここまで違う。

今の姿からは考えられないほどに可愛らしい子供がいた。

何故俺はこのような姿になった?・・・アルバムを見続けた。


小学生低学年を最後に隆文の姿が消えた。

・・・何かがあった・・・なんだ・・・俺は知っている筈だ・・・


・・・・思い出してきた、いじめられていたんだ。

毎日、泣きながら洗濯していた。どろどろになった服を必死で洗っていた。

ケガをごまかそうと長袖ばかり着ていた。みんなの前で自慰を強制された。

幼馴染だった女に・・・名前も思い出せないが陰部に湿布薬を塗られた。

家族にも見放されていた。この部屋から出ないで顔を合わせないようにしていた。

妹と言うあの女の子に死ねと言われた。そして死にに行った。


そして死ぬ瞬間イルムトへ飛んだのだった。


もう昔・・・自分では思い出せない程昔の事だった。

・・・哀れだ・・・この自分である隆文と言う少年が哀れであった。



地球で生きていた時間以上の時間を向こうで過ごしてきた。

死ぬか生きるか、濃密で比べ物にならない程濃い経験を積んできた。

その日々は隆文を別人へと作り上げるのに充分な時間であった。


性根は変わらない。しかしこの場に居た小松原隆文と言う人物が同じ自分とも思えない。

よほど・・・忘れたかったんだな・・・俺は・・・


弱い者の為、自分の事は一番最後な隆文であった。

隆文は今弱い者を見つけた。救うべき人を見つけた。

他でもない、この哀れな少年を救わなければならない。


隆文は20年前の追い込まれた自分を救う事にした。


・・・考えたのは何が必要なのかという事だった。

・・・お金・・・知識・・・そして何より強い身体・・・不幸にしてきた存在との決別。


隆文は一つ一つ進めることにした。

次の日から学校に電話してしばらく休むと伝えた。

知識が足りなさ過ぎた。勉強、学校で教える事しかしてなかった。


もっと必要な知識がある。隆文は図書館に通いつめ本を読み漁った。

何が必要なのか、必要でないのか、判断がつかなかった隆文はどんな本でも読んだ。

会館してすぐに入り閉館まで読み、借りられるだけ借り読んだ。


重要なのはお金の稼ぎ方、強い身体の作り方、この世界での人間関係、およそ生きるための知識全てを学んだ。特に語学は集中的に読み込んだ。言葉が通じない辛さは隆文自身が身をもって経験している。

言葉、気持ちを伝える手段、隆文にとって何よりも大事なことであった。


そして隆文は当面やることを決めた。

お金を稼ぐ。決別するためには今まで育ててもらった対価を払わなければならない。

隆文に支払ってきた養育費、全てを返すことにした。

もう他人と認識してしまった家族に借りを作ったままにはできない。

これ以上他人に甘えるわけにはいかない。


とりあえず学校を卒業して時間がかかってもいいから進学する。

この世界では大学を卒業することがその後の人生を生きるのに有利らしい。

なるべくいい大学へ、そのためにはやはりお金が必要だ。


身体を作り直す。もう隆文はイルムトで完成された自分の肉体の記憶を持っていた。

どうすればいいのかある程度解っていた。体も記憶している筈である。

必要なのは栄養、たんぱく質、限界を超えた疲労、超回復、この世界にはそれを効率的にできる薬などがあるらしい。ならばそれを手に入れて早急に体を戻す必要があった。


隆文は仕事を探し始めた。未成年の隆文を雇ってくれるところはなかなかなかった。

コンビニなどは雇ってくれそうだったが賃金が安すぎた。


探した・・・そして見つけた。

夜間の道路工事、完全なる肉体作業、今の隆文にとって願ってもない仕事だった。

身体をいじめながら高い賃金を稼げる。隆文は現場監督に頭を下げて雇ってもらった。

本当は18歳以下は働いてはいけない。しかし他にもドロップアウトしてしまった未成年がどうしようもない理由で歳をごまかして働いていた。隆文も生まれて初めて嘘をついた。18歳だとごまかした。


日雇いの土木作業員、隆文はがむしゃらに働いた。

もともとイルムトではなんでもやっていた。土にまみれて働くのは大好きだった。

毎日限界を超えて働いた。限界を超えることなど慣れていた。そうしないと生きてこれなかった。


食事も最低限にした。サツマイモ、鳥の胸肉をゆでたもの、青汁、プロテイン、ビタミン剤それだけで済ました。まずい携行食になれた隆文にはごちそうであった。


土木作業は楽しかった。外国の人もいっぱい働いていた。

言葉の重要性を理解していた隆文は率先して話しかけた。

本で学んだ知識を実践で使おうとした。やがて隆文は現場の中心となって行った。

誰もが隆文を頼りにするようになった。中身は37歳の精神、しかも20年の地獄のような思いをしてきた男である。性根が違う、考えが違う、懐の広さが違う、優しさが違う。


隆文は誰にでも優しい、敬意を持って接してくれる。

東南アジア系、インド系、アフリカ系、遠い日本で孤独に生きていた人達は隆文に依存した。

そして隆文も応えていた。言葉の交換隆文は言葉と故郷を教えてもらい、みんなは日本語と文化、何が必要か隆文から学んだ。ドロップアウトしていた少年たちも隆文とかかわっていくうちに勉強を始めた。

懸命に生きている隆文の姿に自分を比べて恥ずかしくなってきた。


隆文から学びたい。このままではいけない。そんな気持ちがわいてきていた。


ある時、父に呼び出された。


・・・ああ・・・こんな顔だったかな?

それしか隆文は思わなかった。


父は隆文を見て何か驚いている様子だった。

しかし、気を取り直して話し始めた。

ようは隆文にこの家から出て行けという事らしい。


願ってもない事だった。しかし隆文は条件を一つ付けた。

お金は自分が出す。保証人も必要ない。それでいいなら出ていく。


父はその条件をのんだ。心底隆文などどうでも良かったのだろう。


高校の進級の為の欠席日数がギリギリだと言う電話が来た。


隆文は数か月ぶりに登校することにした。

隆文の外見はさほど変わっていない。筋肉をつけるためにはどうしても脂肪が必要になる。

身長は189㎝体重は変わらず130㎏

しかしよく見れば体系がまるで違ってきていることが解った。

胸が大きく張り出し、腕も太くなっていた。

ビヤ樽のような身体は巨大な冷蔵庫のようになっていた。


いきなり後ろから蹴られた。

隆文はもちろん蹴られることが解っていた。

そしてその蹴りが全く効かないことも解っていた。

よける必要もない。だから蹴られた。


「おい、豚、てめえ何いまさら来てんだよ。ちゃんと死ねって言っておいたろう?来た以上は覚悟してんだろうな?取りあえずまた可愛がってやるからよう。」


何だ?この小さい弱そうなやつは?・・・誰だ?


「あんた。まだ生きてたの?さっさと死んどけば良かったのに。雅人にまた虐められるよ?もう引っ越せば?」


誰だこの醜い女は?顔中にけばい化粧をしている。

・・・ああ・・・菜穂子とかいう俺の幼馴染か。変わったな。

まあどうでもいい事だが。



数か月振りの教室へ入っても隆文は誰にも相手をされなかった。

・・・そうか、こういう存在だったんだな。俺は。


授業が始まっても教師は隆文の事を居ないモノのように扱った。

来てしまったらそれで終わり。自分の査定に響かない。ならばもういい。

それだけだった。隆文はその考えがよく分かった。


この世界ではそれが当たり前なのだろう。

・・・俺がいじめられるわけだ。さぞ俺は生きづらかったんだな・・・


仕返し・・・それも考えた。いじめていた奴らに思い切り仕返しをする。

それは甘美な響きだった。・・・しかし隆文はそんな気にどうしてもなれなかった。

そんな事をしたらイルムトのみんなを裏切ってしまう気がする。

勇者と言ってくれた人たちを裏切ってしまう気がする。


・・・この少年である不幸な生い立ちの隆文を救う。

それは仕返しではない。触れ合いだ・・・家族ではない、妹ではない、菜穂子でもない。

本当に優しい人との触れ合い。認めてくれる人。

それが自分に必要だった。だとすればこの空間に隆文は何の興味も持てなくなってしまった。


工事現場の日本で孤独に生きてきた出稼ぎのみんなの方がよほど素敵な人たちだと思った。

一生懸命、勉強しなおそうと隆文に勉強を教えてくださいと頼んでくる髪の毛を金色に染めた少年の方がよほど純粋に見えた。


イルムトの人々と重なって見えた。

一生懸命にできることを考えて成長しようとしている。

国に置いてきた家族のために必死で働いて文句も言わず耐え続けている人達。

過去の過ちを反省して立ち直ろうとしている少年たち。

隆文はそんな人たちが大好きだった。少しでも役に立とうとしていた。


昼休み・・・竹原と言う生徒に呼び出された。


誰も来ない旧校舎の便所の中、男女10人に囲まれて隆文は立っていた。


「お前がち〇こに塗られて泣きわめいてる姿、ネットにアップしたからよう。これでお前も有名人だぜ♡良かったな♡学校中にも広がってるからもうお前の場所ないぜ。さっさと学校辞めたら?まあやめても虐めてやるけどな♡」


ネットにアップ?ああ、あの取るに足らないことか。

なんでそんな事を楽しそうに言うのだろう。

人が自分の事を何と言おうがどうでもいいではないか。

俺の立ち位置が変わるわけではない。言わせておけばいい。

自分をこれ以上嫌いになることなどない。一度俺は死んでいる。

死人に恥はない。学校中に広まっていようが俺も学校に興味はない。

どうでもいい事だ。


「・・・あんた?何か変わった?」


菜穂子が違和感に気づいて尋ねた。

笑ってなかった。いつも浮かべていたへらへらした笑い顔が全く見えなかった。

無感情、無表情、冷めた目で周りを見渡していた。

身体が何か一回り大きくなっている気がする・・・体つきも違う。


・・・この数か月に何かあったのではないか?

菜穂子は少し不気味な者を見るような眼で隆文を見た。


取り巻きの一人、柴田と言う男子生徒が反応しない隆文に苛立ち殴りかかってきた。

柴田は空手の有段者である。人を殴ることは慣れていた。

急所であるみぞおちをめがけて突きを撃ち込んだ。


・・・ああ・・・そんな弱そうな拳で思い切りついちゃだめだよ。

かえって拳を痛めることになる。俺には全く意味がないって解らないんだろうな。


・・・グキ・・・


柴田の拳から変な音がした。

隆文は子揺るぎもせずそのままだった。

分厚い筋肉に思い切り拳をぶちあてたのだ。

柴田の手首が外れてしまった。


「うううおおおおお???・・・」


柴田は手を抑えながらうめいた。

無言で隆文は外れた柴田の手を持ち、はめなおしてやった。


「少し我慢しろ。」


ぼくん・・・


「ああああ!!!」


柴田の叫びが響いた。

手首は元通りにはまった。


「後で病院に行ってみてもらえ、はまったと思うがしばらくは痛みがあると思う。きちんとした医者に診てもらったほうがいい。」


周りの人間は動けなった。あっけにとられていた。

柴田は取り巻きの中でも竹原に次ぐ喧嘩の強さを持っていた。

その拳を受けて全く問題にしない。・・・隆文が別人のようになってしまった感じがした。


・・・誰だ?こいつは・・・


皆そう思った。何も言えなかった。


「・・・用がないなら俺は行く。あまり暇でもないんでな。」


隆文はそのまま出ていった。


柴田のうめき声だけが響いていた。


すいません、進み遅いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ざまぁ!……ざまぁ? ( ˘•ω•˘ ).。இうーん? ジャブかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ