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帰ってきたその後で・・・  作者: ヒラゾウ
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タカフミ

進みが遅いですがよろしくお願いいたします。

・・・戻ってきた?


辺りは真っ暗だった。

イルムトでの隆文は碌に明かりもない世界であったため夜目も鍛えられてどんな状況でも見渡せていた。

しかし、今の隆文は転移する直前、何も鍛えられていないただの太った高校生の身体に戻っていた。

筋力も、だらしなくついた脂肪も、一番自分の事が大嫌いだった自分に戻ってしまっていた。


イルムトでも隆文の自己評価は低かった。

しかし、みんなが隆文を持ち上げてくれた。

助けてくれていた。そして勇者と言われる存在に望もうと望むまいとなっていた。

隆文は間違いなく世界で一番信じられないのは自分だと答えるだろう。

隆文の支えはイルムトのみんなの声であり、存在だったのだ。


そこからまた、ただ一人だけで放り出された。

本当に戻ったのかは解らない。

もしかしたら地球とは、イルムトとは別の世界に飛ばされたのかもしれない。


イルムトへ飛んだ時と同じことが自分に再び起きた事は解った。

しかし、その先がどこなのかまだ解らなかった。


隆文は自分の姿がまだ解っていなかった。

真っ暗なかろうじて深い森の中にいることが解った程度だった。

歴戦の戦士だった隆文は森の中など自分の家の庭のような感覚だった。

しかし・・・違う、異様に体が重い。

もう忘れかけていた体の重力が襲い掛かっていた。

イルムトでは筋力が圧倒的に増え、身体の重さなど15年程感じなかったのだ。


今は体中に鉛を巻いたように重かった。

・・・状況が解らない。自分がどこにいるのか判断がつかない。

こういう時は動かないで状況を的確に判断するほうがいい・・・

隆文は動かず身を潜めた。どうやら経験、知識、身体の動かし方は覚えているらしい。

大丈夫だ・・・感覚もそのままだ・・・ただ身体が追い付いていないだけだ・・・


隆文はそのまま朝を待った。最悪なのは朝、太陽もない世界であるという事だった。

しかし、緑があるという事は光合成が行われている。朝は来る・・・

もし植物の構成が違い、太陽を必要としない世界であったら。

もうその時はいい、死のう。あっけらかんと隆文は考えた。

自分の命など隆文には重要ではなかったのだ。

イルムトでは周りのみんなにささえられてきた。

逆を言えばみんながいなかったら隆文はさっさと死んでいただろう。


自分が庇って命を助けられた小さな女の子にありがとうと言われたから隆文は生きれた。

自分が全身を焼かれながら魔物を倒して、助けた人が生きて家族に会えた喜びで生きられた。


オークとゴブリンに攫われた村娘を助けるために単身で巣の中に突っ込み、身体をなますのように切られ、汚い汚液を身体に入れられて吐物と血を吐きながら殺しつくして娘を助け、汚い魔物に弄ばれた娘は気が狂う寸前だったが何とか助けられた。

その娘の親は泣いた。娘を殺して自分達も死のうとした。


隆文は土下座した。ぼろ屑のような身体で土下座して謝った。


「俺が遅くなってすみませんでした。俺がもっと早く来ていればこんな事にはなりませんでした。全部俺が悪いんです。だから死んでしまう前に俺を殺してください!!・・・俺が悪いんです。だから、間に合わなかった俺を殺してください。あなたたちを不幸にしてしまった俺を殺してください。」


全身血だらけで、毒にやられて汚物を噴き出しながらそんな事を隆文は懇願した。

助けてくれた、誰よりも苦しい思いをして救ってくれた存在がそんな事を言ったのである。

娘は蹂躙されたとは言え、五体満足な状態で戻ってきた。


だけど恩人は今にも死にそうな恰好で、嫌、死んでいるのが当然なほどの惨状で娘を取り戻してくれた。

そのうえで自分の無力さを詫びて自分の情けなさに泣いている。


もう家族は何も言えなかった。

生きているだけで十分、そのことを感謝するべきだったと思った。


何も言えず詫び続ける隆文に泣いて感謝をささげた。

娘はもう心がどこかに旅立っているような状態だった。

隆文は付きっ切りで介護をした。どんな事でもした。

気を引くために犬の真似をした。食事も、下の世話もできることは何でもした。

両親は精神の限界が来ていた。もしそのまま娘の世話をしたら先に両親の心が壊れてしまう。

隆文は両親と娘の関係を一時切り離した。両親と会う時はずっと謝った。

殴られた。罵倒された。時には農具で思い切り打ち据えられた。

それでも隆文は謝り続けた。隆文は他人、家族の痛みが、辛さが身に染みて解っていたからだ。

どうしようもない怒り、悲しみ、切なさ、それがぶつけられない時の苦しさ。

全部隆文は解っていた。罵倒されるたび、殴られるたびに隆文はすべて受け入れて喜んだ。


殴ってもいい存在、罵倒されても受け入れてくれる存在。

それがどれだけ大切な人か、手に入れられなかった隆文はそれが自分であることに感謝を感じていた。


隆文は毎日娘を胸に抱いていた。

性的なことなど一切しなかった。

だが、ここでもし娘が人と、他人と触れ合うのを心の底から恐怖してしまったらもうこの娘は誰とも触れ合えなくなる。それは駄目だ。他人は怖くないと思ってくれないといけない。


「・・・ごめんな・・・ごめんな・・・」


隆文は謝り続けながら娘の頭を撫で続けた。

やがて娘は隆文に抱かれて穏やかに寝息を立て始めた。

隆文はそんな娘を見て泣きながら感謝をした。

自分がこの可哀そうな子を安心させてあげれた・・・

それだけで隆文は満たされた。


この子は耐えようもないほど辛い目にあった。

両親もこの子が大事だったからあそこまで追い込まれた。



・・・次は・・・


次の日から隆文は村中を回った。村の中を歩き回りお願いした。

あの家族を大事にしてください。女の子に優しくしてください。

決してあの子は汚れていません。全部俺が悪いんです。のろまで間抜けだった俺が悪いんです。


全部の家を回って謝ってお願いした。

村の人は解っていた。可愛そうな女の子を解っていてくれた。

やがて女の子は隆文と家族、そして暖かい村の人に支えられて回復していった。


そして同じくらいの村の男の子と結婚式を挙げた。

隆文は物陰からその姿を見て村を去った。


隆文とはそういう人間だったのだ。

自分の評価は最低でいい。最低で当たり前だ。

行動原理は他人。自分が一番最後、なくてもいい。

もう物心ついた時からしみ込まされた考えだった。


歪んでいた。だけどもうどうしようもなかった。

自分の情けなさに毎日泣いて、寝床で体を丸めて謝っていた。

何に謝っているのかは隆文自身にも解らなかった。

自分と言う存在が申し訳なく思えた。


そのままイルムトへと放り出された。

自分がない。それは隆文の一番のコンプレックス。

そして他人への救いとなった。隆文は自分の事が世界で一番嫌いである。

だからこそ他の存在に必要以上に敬意を払う。


それは人間が生活していく環境でマイナスにしかならない。

自信を持ち、思い切り前向きに生きていくことが最上とされている世界でマイナスにしかならないのだ。


他人を思いやる。それは他人の心を慮ると言う事だ。

しかし、現実では大多数の正しいとされる意見が受け入れられ、少人数の意見は無視される。

後で見ればそれが正しい事だったのだろう。

少数の意見は少数だったからこそ無視されてきたのだ。


どこにでも理由がある。どんな事にでもそうせざるを得なかった理由があるのである。

そんな意見は無視されたのが現実だった。

どこでも同じだ。強くなるしかないのだ。

そして隆文はその少数の最前線にいた。物心ついたころには迫害され続けた。

世界から拒否された。世界とは家族だった。

自分についてきてくれた妹には死ねと言われた。


大好きな幼馴染には強制的な自慰をさらけ出された。

両親は無視し、邪魔者として隆文を扱った。


そして異世界へ飛ばされた。隆文はだから自分の精神が死んでいた。

だから他人の為だけに全てを捧げられた。

もうイルムトへ来た時点で隆文は死んでいたのだ。


でもイルムトは隆文へ希望を与えてくれた。

他者の役に立つと言う喜びを与えてくれた。

隆文はそれに狂った。みんなのために自分が役に立つ。


そのことだけが隆文の全てとなった。自分がどうなってもその結果喜んでくれる人がいる。

隆文は喜んで死地へ身を投げ出した。


ヴァンプと会った。イルムトへ来てから初めての理解者だと思った。

そしてヴァンプは自分と一緒になってくれた。

理解者、どこまでも孤独な存在、一番隆文が欲しかった存在であった。


隆文は魔力をほとんど持っていなかった。

イルムトでは魔力と言うモノをほぼすべての人が持っていた。


魔法、炎や風の刃を生みだす。魔力があるからできる事であった。

しかしこの世界で異物である隆文は魔力を感じられなった。

それでも生きてきたのである。


考えてほしい。もし言葉を話せなかったら、いつも行っている排せつという行為がどうすればいいのか解らなかったら、隆文はそんな状態で放り出されたのだ。


最初はゴミだった。冒険者ギルドという所は誰でも受け入れる。

しかし隆文は言葉が解らなかった。何にもできないただの17歳の醜い人だったのだ。

どぶ攫い、だれも受けない反吐が出そうな依頼から受け始めた。

2年間は路上で寝た。糞便にまみれて過ごした。


やっと討伐の仕事を受けられ始めた。

大ネズミに噛まれた。雑菌だらけの牙に噛まれて三日は吐きながら震えて丸まっていた。

まともに宿屋に泊まれるようになったのはイルムトへ来てから4年がたっていた。


初めて剣を買ったのは5年が過ぎていた。

隆文はその剣を大事にした。毎日欠かさず手入れをした。

どんなに名前が売れてもその剣だけを愛用した。

量産の鋳型に作られた安物の剣である。隆文はその剣を相棒とした。

いつの間にかその剣は聖剣と言われるようになった。


どうでも良かった。自分が何と言われようがどうでも良かったのである。

隆文は変わらなかった。自分の事は一番後、それだけが変わらなかった。

どんなに有名になってもどぶ攫い、他人が嫌がる事は率先して引き受けた。

自分がない。イルムトではそれがとてつもない事として見られた。


やがて人々は進んでどぶ攫いをやり始め、国を挙げて下水道の工事がはじめられた。

そして隆文は国王に招かれた。


隆文はいかなかった。どうでも良かったのである。

そんな事をしているのなら溝を攫って、苦しんでいる人の元へ行くことのほうが大切だった。


そしてやがて隆文は勇者と呼ばれることになった。

ただ魔物に苦しんでいる人が多い、魔王と言う存在を倒せば魔物は減るらしい。


だから隆文は魔王を倒そうと思っただけであった。

その後の事など何一つ考えないで行動した。

だから魔王を倒せたのだ。魔王と一緒になれたのだ。


・・・そしてまた転移した。

やがて空が白み始めた。太陽があることが嬉しかった。

周りの状況が解り始め、隆文は歩き始めた。

そして、人家が見えた。


隆文は絶望した。見た事のある風景だった。

自分が生まれた世界に戻ってきたのだ・・・

戻ってきてしまったのだ・・・違う世界だったならまだ救いがあった。

自分が一番大嫌いだった世界に戻ってきてしまった・・・


そして隆文はふらふらと街並みに入り、家の窓ガラスを見た。

一番大嫌いな自分が映っていた。太って、卑屈で何もできなかった自分がそこに居た。


・・・ああ・・・戻ってきたんだ・・・


地球は日本は隆文にとって嫌な思い出しかなかった。

イルムトで過ごした20年が無駄になってしまった気がした。


とぼとぼと隆文は歩き出した。

記憶も定かではない自宅と思う所へ歩き出した。

そこしか思い浮かばなかった。そこへ行くしかなかった。

もう家族だった者の顔も思い出せない。誰が誰だったか解らない。


世界に一人きり、隆文はまたそこに戻ってしまった。


泣きながら走り続けた。お金など持っていない。自分しかいない。

だから走った。静岡から千葉の家まで直線で100キロはある。

しかしイルムトへいた時はどれだけ動いても平気だった。だが今の隆文は戻ってしまっていた。

何もできなかった自分へ戻ってしまったのだ。


何度も休んだ。側溝の水をむさぼるように飲んだ。

栄養だと思って虫でもなんでも食った。


そしてやっと家だと覚えている所まで戻ってきた。

入口へ入った。

思い出してきた・・・確かここを通ってすぐ横が自分の部屋だった・・・


入口へ入ると若い女の子と歳を重ねた女性がいた。

・・・誰だっけ?



「この豚!!余計な手間かけさせてんじゃないわよ!!死ぬならだれにも迷惑かけないように死になさいよ!!」


「あんたいい加減にしなさいよ!!世間体ってもの考えたことあるの?あんたのせいでどれだけ私たちが迷惑してるか解ってるの!!」


なんの事か解らなかった。見知らぬ人たちに何か言われた。

それだけの思いしか浮かばなかった。


何かで思い切り叩かれた。痛くもかゆくもなかった。

どうでもいい事だった。考えた・・・


・・・思い出してきた。この人たちは自分の家族と言うモノだったんだ。

でも顔は思い出してきたけど、他人にしか感じなかった・・・


そうか、家族と言うモノだったから怒っているんだ。

でも解った。この人たちは自分の事しか考えていない。

隆文なんてどうでもいいと思っている。自分の立場を考えて怒っているだけだ。


・・・ああ・・・なんて可哀そうな人なんだろう・・・


「・・・ああ・・・そうか・・・ごめん・・・」



俺はこの人たちに何もしてやれない。何もできない。

なんでだろう、この人たちに対しては何もする気にならない。


「・・・疲れたから寝るよ・・・君たちの前にはなるべく姿を出さない・・・それでいいだろう?」


この人たちにはもう会わないほうがお互い幸せなんだろう。

俺もこの人たちもそのほうがいい。そうとっさに思った。

まずはこの世界の事を思い出さないと・・・どうすればいいのか考えないと・・・


俺は時間がもったいなくて自分の部屋だった所へ入った。


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