別世界で
隆文はその後歩き続けた。
友達のいなかった隆文は小説をよく読んでいた。
どうやら自分は異世界と言う所へ迷い込んでしまったらしい。
ゴブリンという魔物を殺したせいでその疑問はなおはっきりと形になっていた。
もし、異世界と言う所に行けたのなら・・・
小松原隆文と言う人間を知らない世界に迷い込んだのなら・・・
それは隆文がいつも妄想していた事であった。
いじめられっ子が異世界に行きチートな能力をもらい無双をする。
いつもその主人公と自分を重ね妄想していた。
ならば自分にもチートともいえる能力が備わっているのではないか?
色々試した。しかし、小松原隆文は小松原隆文のままであった。
自分の全力を試したことはない。しかし自分に何ができるかは考えられた。
そして異世界、別世界へ来ても小松原隆文は小松原隆文のままであった。
しかし隆文は絶望しなかった。自分を知るものが居ない。
それだけで隆文は希望に満ち溢れていた。
自分の事が大嫌いであった。そんな自分を知らない世界。
それは希望であったのだ。隆文は歩き出した。
今までの自分を、家族を、全てを忘れるために歩き出したのだ。
異世界は隆文に厳しくも優しかった。
異世界の名はイルムトと言う名だった。イルムトは正直だった。
完全なる実力主義だった。必死になれば必死になるほど隆文は有名になって言った。
当然であろう、隆文はさんざん踏みつけられて来たのだ。もうイルムトに来た時点で死んでいたのだ。
死人は覚悟が違う。自分の命を2番目に考えられる。
一番は目的の達成、そして自分の命を軽んじているために他者を死んでもいいほどに身を挺して守る。
男も女も関係ない、自己評価が低いからこそ自分以外の全ての人間が尊いと思って行動できたのだ。
もしこれが庇ったのが女だけであったらいらぬ噂を招いたであろう。
しかし、隆文は全部守り通した。自分に関わったすべての人間を身を挺して守り通した。
そこには女も男も、魔物さえ関係なく、非道と思った事からは全てを賭して守り通したのだ。
自分の身がいらない。捨てる。もっと大事なことが有る。自分に絶望していたためその事が嫌と言うほど隆文と言う人間が解っていた。最初に死ぬべきは自分だと思っていた。
世界で自分が一番下の存在と言う事が解っていたのだ。
そしてそんな隆文は希望となった。
異世界では現実の世界程文明は発達していないらしい。
しかしその分人々の思いは純粋であった。好きな事は好き。嫌いなものは嫌い。
はっきりと感情を伝えられる世界だった。
隆文はそれがどうしようもなくうらやましかった。
もし竹原と会う前に菜穂子に気持ちを伝えられていれば・・・
家族に素直に感謝と愛情を伝えられていれば・・・
朋子に大事な兄弟と伝えられていれば・・・
全ては違ったかもしれない。
しかし今ではどうしようもない事であった。
隆文はイルムトに来てから10年がたっていた。
肥満体だった身体は歴戦の戦士の風格をもち、優しい心はその上から他者に安心と言う風を吹かせていた。
当然周りの女子、女は隆文に熱を上げていた。
しかしどれだけ露骨にアプローチされても隆文は気づかなかった。
それほど自分に自信がなかったのである。
どれだけイルムトで頑張っていてもそれは地球で隆文が思っていた事。
自分への自己評価が世界で一番低い隆文だから自分より他者を優先することは当たり前な話だったのである。
周りの女の子たちの好意は隆文には感じられた。
しかし、必要以上に、傷付けられ、幼いころから自分はダメな人間だと刷り込まれてきた隆文にとってはそれがすべてただの一時の幻だと思ってしまった。
この短い時にたまたま居合わせた俺が助けてくれた。
だから俺の事を救世主か何かだと思っているに過ぎない。
だから俺が手を出してはならない。純潔は、本当に好きで結ばれる人にしか差し出しちゃならない。
無理やり奪われたのならしょうがない。だけどそれ以外は、俺は本当に大事な人としか結ばれたくない。
心と心、体と体、全部一緒に結ばれたい・・・
隆文にとって性交は誓いと同じだった。
他の人が好んで自分に近寄ってきたくないのは自分が一番理解している。
鏡を見るたび自分を殺したくなるほど醜い姿だと思った。
そんな自分を・・・それでもいいと言ってくれる女性がいたら一生その女性のために生きようと思っていたのだ。隆文は自分と言うものがなかった。消え失せてしまっていた。
そんな自分を必要としてくれる人、それが隆文にとって自分の全てを受け渡していい存在だったのだ。
・・・ただこのイルムトという世界で一つはっきりしていることがわかる。
イルムトでは鏡は貴重品なのだ。それこそ王族くらいにしか手に入れられない代物なのだ。
隆文は自分の姿を確認できないまま10年が過ぎていた。
隆文はがむしゃらに10年を生きていたが・・・もう周りの反応は違っていた。
10年が過ぎた隆文のサイズはこうだ。
身長196㎝ 体重100㎏
9頭身、黒髪黒目、体脂肪率8パーセント、
純筋肉85%他の全ては骨と内臓である。
簡単に言うとスーパーマンの身体の構成比とほとんど同じである。
隆文はほぼ考えられる美形としての条件を満たしていた。
もともと両親は美形であり、妹も美少女である。
隆文だけが醜いことがおかしかったのである。
しかも隆文は両親のいい所だけを継承して生まれたような子供であった。
自分では確認がしようがないが男性の力強さ、
女性の華やかさその全てを兼ね備えたような美貌を有していた。
幼いころからゆがめられ、曲げられた精神のせいで醜くなってしまったのだ。
少し真面目に、まともに隆文を見ればその類まれな美しさ、高潔さを感じられたに違いない。
しかし誰もがその前に隆文から目をそらした.
無視、無関心と言う逃げ道に逃げ込んだのである。
隆文は17年と言う歳月をかけられ、自分の事が一切信じられない人間へと
育った。そしてそれは異世界、イルムトにおいて隆文を伝説の英雄へと導くことになったのだ。
イルムトでは人間と魔王が絶え間なく争っていることになっている。
どちらかが死んだ場合、50年は新たな魔王、勇者は現れずその時まで集簇の天下は続くことになっていた。
そして隆文は立ち向かった。
こんな自分でもいいと言ってくれた四人の仲間と立ち向かった。
隆文は自分の事は一番最後に考えた。何よりもまずついてきてくれた皆の事を考えた。
魔族が放った魔法は率先して盾となって受け止めた。
皆はその隆文の姿を見てさらに奮起して魔族を打倒していった。
そして隆文が転移して20年後やっと魔王の元へとたどりついた。
魔王は強大であった。それこそ今まで相対してきた魔族がお遊びに見える程であった。
隆文は関係なく突貫した。もとより自分などどうでも良かった隆文である。
魔王はヴァンパイアロードであった。永遠の命を持ち、無限の魔力を有する正真正銘の化け物であったのだ。無限の命を持つ、その心は無限の命を持つ同じ生き物しかわからない。
魔王はヴァンプと名乗った。本当は名前もないただ生き続け、他者の命を吸うしかない無能な生命体だと自分の事を思っていた。
世界の征服などどうでも良かった。
征服したところで自分が変わるのか解らなかった。
勝手に魔王と定められてしまったのだ。
隆文は同じような存在であった。
自分などない。他者のために生きる。自分に絶望している。
ヴァンプは初めて自分と同じ存在を見つけた。そう思った。
そして途方もない魔力を、力を隆文のために明け渡した。
自分の全てを隆文のために譲ったのだ。
結果、隆文は魔王を打ち滅ぼした。
世界から魔族の脅威は消えたのだ。
魔王が消えた瞬間、パーティーのみんなは大声をあげて喜んだ。
しかし隆文は何も言わなかった。
魔王が抱えていた孤独、悲しさ、辛さが解ってしまったのだ。
魔王は誰からも相手にされず、孤独に耐えてきた隆文と驚くほどよく似ていた。
世界の支配など望んでいない。誰かが一人傍にいて話を聞いてほしい。
隆文は無力で醜いため、魔王は強すぎて同列の者がいないため・・・
理由は違えど、根本は同じだったのだ。
その自分と同じ存在を斬ってしまった・・・
隆文は何も言えなかった・・・虚しさだけが心を支配していた・・・
・・・やがて隆文の身体を光が包んでいた・・・
ああ・・・帰る時が来てしまった・・・ありがとう・・・
魔王は邪悪な存在なんかじゃなかったよ・・・俺と同じ、ただの寂しがりの子供だった・・・
そう仲間に伝えた・・・声が届いたのかは解らない。
でもこの世界は隆文に優しかった。魔王はほとんど隆文と同じ事で悲しんでいた。
誰かに傍にいてほしい。話を聞いてほしい。叱ってほしい。
ただそれだけだったんだ。
同じだった。俺とおんなじだった。
ヴァンプ・・・俺と一緒に行こう・・・
俺とお前は同じだ・・・俺の話を聞いてくれ・・・お前の話を聞かせてくれ・・・
俺はそれだけで生きていける・・・一人じゃないって思うだけで大丈夫なんだ・・・
俺はお前がいる、俺の中にお前がいる・・・
ありがとう・・・ヴァンプ・・・これで俺は生きていける・・・
・・・ありがとう・・・我に会ってくれて・・・隆文・・・あなたに会えたことが我の最大の幸福なり・・・隆文・・・ずっと・・・一緒に居てください・・・
ヴァンプからの確かな言葉を聞いた・・・
もう俺はそれで満たされた・・・
ヴァンプ・・・俺たちはもう一緒だ・・・離れることはない・・・
恥ずかしいな・・・俺泣いてるよ・・・お前と一一緒になれた事に嬉しくて泣いてるよ・・・
ずっと虐められて、ほしかったんだ・・・友達が・・・
居なかったんだ・・・当たり前だよな・・・こんな俺じゃ・・・
家族にも見放された・・・好きな子はどっかに行っちまった・・・
・・・俺は世界で一番俺の事が嫌いだったんだ・・・
・・・でもそんな俺に付いていきたいっていう人がいた・・・
・・・ヴァンプ・・・お前の前に立ってくれた人達だよ・・・
皆俺の事を勇者とか、剣聖とか言うけど・・・・
本当に認めてくれたのは・・・その人達だけだったんだ・・・
・・・でもヴァンプ・・・お前に会えた・・・
解るんだ・・・お前は俺を裏切ったりしない・・・・
・・・俺がお前を裏切らないように裏切ったりしない・・・
魔王とか、勇者とかどうでもいい・・・俺はお前と分かり合えた・・・
・・・大好きだ・・・ヴァンプ・・・
隆文は孤独だった。生まれてからずっと孤独だった。
どもり癖、意思を上手く伝えられないと言う欠点はあったが決して無能ではなかったのだ。
もし冷静に、隆文の言葉を聞き、好きなように発言させるような存分に会えて居たら。
隆文の才能は世界をひっくり返すような事態を巻き起こしていたであろう。
それを全て棒に振ったのだ。
他でもない人類の手で可能性をつぶしたのだ。
もう取り返しはつかない事をしたのだ。
家族は、妹は、幼馴染は人類の最高到達点とも言うべき存在を潰してしまったのだ。
そして隆文は自分の理解者を取り込んでしまった。
情けない自分を肯定してくれる存在に出会ってしまった。
20年の経験を積んだまま現実の世界に戻る事になったのだ。
気が付いたら最後に立っていた場所だった。
もう何十年も離れていた場所だった。
自分の身体を見ると、転移した直前のような太った体だった。
隆文は笑い出した。もうすべての事がどうでも良くなっていた。
俺は地獄を見てきた。ならば何を恐れることがある。
隆文はこれからの事を思って笑い出した・・・