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帰ってきたその後で・・・  作者: ヒラゾウ
16/45

菜穂子そして

多分すっきりしない方もいらっしゃるでしょうが菜穂子編はこれで一区切りです。

菜穂子は起きた。

母親は変わらず菜穂子を優しく迎え入れてくれた。


せっかく用意してくれた朝ごはんも喉を通らなかった。

・・・また一日が始まる・・・

来てほしくなかった一日が始まる・・・

菜穂子は暗い気持ちとともに最低限の朝の準備を始めて外に出た。


「よう・・・おはよう、行こうぜ。」


そこには立っていた。入り口に立っていた。

諦めていた存在が立っていたのだ。

隆文が制服を着て立っていた。


他人と思われて、興味の対象外だと思っていた存在が立っていたのだ。

菜穂子は何も言えなかった。今のこの光景を現実と受け入れられなかった。


自分から突き放した人であった。辱めを与えた人間だった。

幼馴染はただの他人となっていた。そうしてしまった。


菜穂子はいまいち最近の記憶がおぼろげだった。

虐め始められてから後悔と自己嫌悪に壊れかかっていたのだ。


何かを求めてさ迷っていたのは解る。

毎日さ迷っていた。そして何かに会ったのだ。


「・・・あ・・・あの・・・」


菜穂子は何も言えなかった。

言える資格などない。

いっそ隆文に殺してもらえれば・・・そう思っていたのだ。



隆文を見た瞬間に世界の焦点が合った。

隆文を中心に世界が戻ってきた。


「・・・さっさと行くぞ。」


隆文は歩き始めた。


・・・おいて行かれる・・・

菜穂子は恐る恐る隆文の後ろを歩き始めた。


久しぶりに見る隆文の後ろ姿は大きかった。

身長は190㎝を超えていた。体重は130㎏・・・体格的にも巨大。


しかしそんな事は些末なことだった。

頼りがいのある大きな背中、ピンと立った背筋、

エネルギーに満ち溢れている魂、

・・・そして孤独。孤高・・・


遥かな高みに立っている一匹の巨大な獅子・・・


そんな存在だった。


かなり隆文から離れて後ろを歩いていた。

しかしそんな距離など感じない程隆文は遠かった。

決してもう手の届かない存在、それになってしまった。

そうしたのは自分だった。のぼせて馬鹿な事をしてきた自分自身だったのだ。


「・・・菜穂子・・・」


隆文が静かに語り掛けてきた。

心の底に響く低い声であった。それだけで全てを投げ渡したくなるような声だった。


「お前は許されるのを期待してはいけない。」


ずきりと菜穂子は心に刃物を突き入れられた。

足が止まりそうになった。


「お前は許されない事をたくさんの人にしてきた。だから許されると思うな。」


吐き気がこみあげてきた。視界が歪んで見えた。


「だから期待するな、何をされても当然だと思え。」


涙で見えなくなってきた。


「正直に言ってこのまま学校をやめて違う場所でやり直したほうがはるかに楽になれると思う。」


そうしようと思った。隆文が言うのならそうなのだろう。


「・・・それでも行くか?これから行くところはお前にとって地獄だ。さらなる地獄になるだろう。」


跪いて泣きたかった。


「どうする?それでも行くのか?俺は連れて行かん。止めもせん。お前が選ぶんだ。人が助けてくれることを期待してはいけない。一番大事なのは自分の意思だ。立って進むか。止まって戻るか。自分で決めて自分で選べ。どっちがいいのか解らない。だから自分で決めるんだ。」


菜穂子は足が出なかった。

ボロボロと泣き続けていた。


「・・・いぐ・・・」


やがて小さな声で菜穂子は言った。


「・・・そうか・・・ならば俺は幼馴染としてお前に接しよう・・・」


菜穂子は泣きながら歩くことを決めた。

チョコチョコと隆文の後ろを歩き続けた。


校門が見えたところで隆文は立ち止まった。


「ここからはお前ひとりで歩け、俺は後からついていく。いいか、誰かと一緒に付いてきてもらって行う行動には心は動かされん。お前が一番正しいと思う行動をとって誠意を示すんだ。本当に苦しくなったら俺に言え、それまで俺は手を出さない。まずは自分で率先して動くんだ。」


菜穂子は顔を真っ青にして立ちすくんだ。


「・・・いいか、菜穂子悩むな、悩むのは選ぶ時だけだ。選んだら悩むな。世の中には悩めば悩むほど強くなれるなんて言うやつもいる。それはある意味正しいのかもしれない。だがな、そんな奴はほんの一握りだけだ。世の中のほとんどの人間は悩まないほうがいい。悩めば悩むほど弱くなる。そこから這い出せるほど人は強くない。だから馬鹿になれ、他人に引かれるくらい馬鹿になれ。」


菜穂子は黙って隆文の言葉を聞いていた。



「馬鹿は強い、馬鹿は悩んではいけない。自分を馬鹿だと思え。悩めばマイナスにしかならない。だから進め、お前は行くと言った。だからもう行くこと以外は考えるな。何を言われようが誰に拒絶されようが馬鹿になって進め、悩むな、悩んだらお前は死ぬ。それぐらいでちょうどいい。」


「・・・私は・・・」


「お前がやった事は戻らない。取り戻せない。それは変わらない。だからそれを忘れろなど言わん。忘れてはいけない。全部食ってその上で悩むなと言う。お前は死ぬ寸前まで行った。悩む時間は終わった。馬鹿にされて来い。拒絶されて来い。唾を吐きかけられて来い。ゴミみたいに扱われて来い。それを当然の事として受け入れて進め、悩んで迷っている暇があったら進め、全部食って進め、死人になれ、死人は強い、自分の事など考えない。」


・・・・


「お前はもう死んだ。そして馬鹿になって生まれた。今までの菜穂子を食って受け入れて行くと言ったんだ。だから菜穂子がやった責任は馬鹿となった菜穂子が取れ。突っ走れ、他の事など考えるな。何度でも言うぞ。馬鹿は強い!!死人は強い!!だから行け!!菜穂子!!全部食ってやれ!!恨みも暴力も拒絶も全部飲み込んで進め!!悩むな!!!」


「・・・私は・・・馬鹿?」


「そうだ、馬鹿だ!!馬鹿なことばかりしてきた大馬鹿だ!!だからお前はもっと馬鹿になれ!!足りん!!!全然足りない!!!お前は選んだ!!!とてつもない馬鹿な道を選んだんだ!!!それは死ぬより辛い事だ!!普通の人間には耐えられない、出来ないことだ!!全部自業自得だ!!誇れることをやるわけじゃない!!どう頑張ってもプラスになることなどありえない!!!でもお前は行くと決めた!!それは大馬鹿のさらに輪をかけて馬鹿なことだ!!だからなるしかないんだ!!」


「私は・・・馬鹿・・・大馬鹿!!!」


「俺はそうしてきた・・・気づくのが遅すぎたがな・・・俺は輪をかけて大馬鹿だ・・・」


隆文は少し寂しそうに言った。



「私は・・・大馬鹿だ!!!」


菜穂子は歩き始めた。



当然のことながら菜穂子は拒絶された。

虐め自体は変わらなかった。変わったのは菜穂子の気持ちだった。

どんな事をされても心底心を込めて謝った。


殴られても蹴られても、唾を吐きかけられても謝り続けた。

情けなさと心からの謝罪を繰り返した。


虐めは相手が嫌がるから楽しいのである。

菜穂子は全部を受け入れた。どれだけやっても謝り続けた。

嫌がりもせず当然の事として受け入れた。


誰に対しても話しかけた。いじめた人、今まで話さなかった人。

苦手としていた人、出来ることなら何でもやった。


男子は菜穂子を都合のいいおもちゃとして扱おうとした人間もいた。

だが隆文は全て潰した。どうしても菜穂子の手に余る時だけ手を出した。


やった事はその男子の前に立って無言で見つめただけである。

それだけで男子は何も言えなかった。何もできなくなった。


やがて皆いじめるのも飽きてきた。

いじめがやんできた。面白く無かったのである。


そして菜穂子を守る存在も出てきた。

目立たない、今までの菜穂子からはかけ離れた影の薄い女の子たちが友達になってくれた。

大切な友達ができていた。不思議なもので一人勇気を出して話しかけ始めると友達が増えていった。


竹原の前に連れて行った女の子たちからは変わらず呼び出された。

友達はついてきてくれようとした。その気持ちだけで嬉しかった。


菜穂子は大丈夫、私がしてきた事だから大丈夫だよ。

そう言って笑顔で別れた。心配そうなその女の子の顔に励まされた。


菜穂子はまだその子に言ってなかった。


自分が隆文にやった事、どれだけ酷い事をしたのか言えなかった。

まともに女の子の顔を見れなかった。

・・・言おう・・・聞いてもらおう・・・そのうえで嫌われたら・・・

・・・嫌うだろうな・・・あたりまえだけど・・・私がやった事だもの・・・


友達、本当の友達と言える存在に隠し事はできない。

してしまっていた自分が恥ずかしかった。

この期に及んでまだ自分は隠していたのかと情けなくなった。


そして喜んで呼び出しに応じた。ぼこぼこにされた。


身体中あざだらけになった。切り傷と腫れで一回り身体が大きくなった気がした。

身体中が熱かった。気持ちのいい熱さだった。

自分は当然の事を受けている。そう思うと心地良かった。


ひたり・・・


何か冷たいものが押し付けられた。

熱い身体を冷やす気持ちのいい冷たさだった。


壁に寄りかかっている菜穂子に友達が近づいて手当してくれた。


ハンカチを濡らして菜穂子の頬に当ててくれていた。

心配そうに、泣きそうな顔で菜穂子を見つめていた。


ありがたかった。申し訳なかった。

こんな事をしてくれる女の子に隠していた事が恥ずかしかった。

菜穂子は女の子の手を取り、自分から話した。


「・・・静子ちゃん・・・私、あなたに言わなければいけない事があるの・・・」


菜穂子は全部伝えた。自分が行っていたことを全部伝えた。

自分が悪い事を伝えた。隆文にやっていた事、どれだけ自分が横暴に好き勝手に振舞っていたかという事。だから私と友達になると嫌な思いをするかもしれないと伝えた。


黙っていてごめんなさいと土下座して謝った。

でも、私と話してくれてありがとうと言った。


友達、静子は無言で肩をかしてくれた。


二人で保健室で話し続けた。

静子はさんざん菜穂子を責めた。目茶苦茶に言った。


最低、頭おかしい、なんでそんなことできるの!!

菜穂子は友達に謝り続けた。全てに謝り続けた。


静子は言いつくしたのか保健室から出て行こうとした。


・・・ああ・・またいなくなっちゃったな・・・当たり前だよね・・・


菜穂子は当然の事として受け入れた。


・・・隆文に会いたいな・・・


隆文とは自分が馬鹿になると誓った日から会わなかった。

でも今無性に会いたくなった。


・・・辛いな・・・辛いよ・・・隆文・・・ごめんね・・・


「・・・また明日ね・・・」


静子の声が聞こえた・・・


菜穂子は言われた意味が解らなかった。

拒絶されたはずである。去って行ったはずである。


ドアの向こうから静子の声が聞こえた。


「・・・友達だから・・・」


そして小さな足音は去って行った。


「・・・うう・・・うわあああああああああああんんんん・・・」


誰もいない夕暮れの保健室で菜穂子は泣き始めた。

初めてできた、自分の全てを知っても受け入れてくれた友達。


隆文は保健室の外で菜穂子の声を聴いていた。



次はラスボス登場の回です。数回にわたると思います。

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