隆文と菜穂子
隆文さんのヒーロー第一歩目です。皆さんのご意見を頂けてこの話の骨子が決まりました。本当にありがとうございます。この話は皆さまに支えられて作って行けます。本当にありがとうございます。
朝が来た。空も白み始めて現場の工事も終了の時間になった。
「隆文―!!投光器しまっておいてくれー!!」
「はーい!!解りましたー!!」
隆文は投光器の整理に入った。
最後の投光器の片づけに入った時、傍に誰かが蹲っていた。
こんな危険な工事現場に似つかわしくない存在だった。
女の子が膝を抱えて蹲っていた。
・・・どうして?
女の子はどうやら泣き続けているらしかった。
何かとても悲しい事があったらしい。
もう心が限界に来ていることが見て取れた。
なんでここに居るのかは解らない。しかし放ってはおけない。
「・・・すいません、どうかしましたか?具合でも悪いんですか?」
隆文は優しく語り掛けた。
女の子はビクンと震えた。なお一層縮こまった。
「もし迷惑でなければ救急車をよびましょうか?本当に具合が悪そうだ・・・」
女の子は首を振って断った。
隆文はどうしていいか解らなかった。女の子の扱いなんか解らない。
だから崇を呼ぼうとした。彼女がいる崇なら女の子も警戒心を持たないで話してくれるかもしれない。
自分のような大男、熊みたいな男よりよほど話しやすいはずだ。
「おーい!!!崇―!!」
女の子はまたビクンと震えた。
崇は別なバリケードの撤去をしていたため気が付かない様子だった。
まいったな・・・隆文は途方に暮れた。
「あー・・・ごめんなさい、俺しかいないみたいなんだ。もう少し我慢できるかな?そうすれば休める所へ行けるから・・・」
隆文は女の子の傍に蹲って優しく語り掛けた。
女の子は顔をそらして隆文と顔を合わせないようにした。
・・・ずきり・・・
唐突に隆文の頭が痛んだ。
自分の中にいる17歳の隆文が何かを訴えかけていた。
何か・・・この女の子を放って置いてはいけないような・・・
そんな17歳の隆文の訴えだった。
「本当に大丈夫なのかい?・・・俺に出来ることが有るなら何でも言ってくれ。君の家まで送ろうか?俺は身体がでかい。君を背負って送ることくらいはできるよ。」
隆文は優しく語り掛けた。
「ちょっと仕事終わりで汗くさいけどそれでもいいんなら・・・」
「優しくしないで・・・」
「え?」
「私なんかに優しくしないで!!!あなたを追い込んだ私に優しくしないでよ!!!」
女の子はさらに泣き始めた。大声で膝を抱えながら泣き始めた。
隆文はもうどうしていいのか解らなかった。
ただ女の子の傍に寄り添って背中を撫でつづけた。
「・・・大丈夫か?・・・大丈夫か?・・」
隆文の心からの心配が伝わって菜穂子はさらに泣き続けた。
どれだけ隆文につらく当たってきたのか思い知らされた。
こんな大切に扱ってきてくれた人に自分が何をしてきたのか思い知らされた。
菜穂子はもう隆文に合わせる顔を持てなかった。
自分は何をしてきた。隆文に何をしたのだ・・・
やがて菜穂子の身体を抱きかかえ、隆文は歩き出した。
天にも昇るような気持だった。求めていた安心に包まれるような幸せだった。
隆文の腕の中、それが菜穂子の求める場所だったのだ。
小さな休憩室に横たえられた。
そこで初めて隆文の顔をまともに見てしまった。
勝手に涙が浮かび、隆文に抱き着いた。
隆文はその女の子が菜穂子だと初めて気が付いた。抱き着いた菜穂子を振り払おうとした。
・・・ずきり
胸が痛んだ。なぜか胸が痛んだ。
訴えかけていた。17歳の隆文が訴えかけていたのだ。
ここで菜穂子を振り払い、拒絶したら本当に菜穂子は死んでしまう。
それは17歳の中にいる隆文がやめろと訴えかけていた。
・・・隆文・・・お前あんな目にあってもまだ菜穂子を大事に思っているのか?
改めて菜穂子を見ると酷い状態であった。
泣きすぎて目が腫れており、真っ赤になっていた。
顔中涙と鼻水でべちゃべちゃだった。メイクなどもうしてなかったのだろう。
泣きすぎて涙による肌の荒れが酷かった。
隆文を虐めていた時の面影が残らず消えていた。
一人寂しく泣いている迷子の子供、そんな存在であった。
菜穂子がいじめられていたのは知っている。
しかしそれは菜穂子が起こした結果であり、自分で行った結果であった。
だから隆文は何も言わなかった。自己決定、自己責任。
助けてと言われるまでは何もしない。
しかも菜穂子は17歳の隆文を追い詰めた人間である。
今の隆文が助ける義理もない。
しかし自分の中の17歳の隆文は菜穂子を放って置けないと訴えている。
自分にあんな事をした人間を放って置けないと訴えている。
・・・馬鹿だな・・・お前・・・
今の隆文は17歳の隆文に呆れながらも暖かい物を感じた。
そういう人間なんだな・・・お前は・・・
もはや記憶もほぼない一人きりの少年。
世界から拒絶され、追い込まれた少年。
自死を選ぶほど自分が消えてしまった少年。
それでも一番憎いであろう幼馴染を放って置けないと訴えている少年。
隆文は、自分の中にいる17歳の隆文に頭が下がる思いだった。
間違えていたのかな・・・俺は・・・
全てから隆文を切り離す。そして新しい優しい人と出会う。
それが17歳の隆文に一番救いになる方法だと思った。
・・・でも違ったのかもしれない。
どんな事をされても17歳の隆文は家族が大事だったのかもしれない。
憎いだろう、殺したいだろう、そんな気持ちも叩き潰されるほど拒絶されただろう。
それでも17歳の隆文は、孤独に生きていた少年は家族を幼馴染を大切に思っていたのかもしれない。
どれだけ壊れても求めていたのかもしれない。
いつかまた仲良くできれば、そう日記には書いてあった。
皆で仲良くできればと書いてあったのだ。
新しい人など必要なかったのかもしれない。
この自分である太った不器用な少年はただ求めていただけなのかもしれない。
家族が、菜穂子がまた自分と話してくれる。それだけで良かったのかもしれない。
・・・そうか、隆文、お前は戻りたかっただけなんだな・・・
また家族になりたかっただけなんだな・・・
自分の中の17歳の隆文が頷いた気がした・・・
繋がりたかっただけだったのか?俺は間違えていたのか?
・・・お前はそんな目にあってもまだ期待していたのか?
諦めていなかったのか?
・・・また頷いた気がした・・・本当に馬鹿な奴だな・・・
俺はそんな馬鹿だったんだな・・・俺はそうやって生きてきたのか・・・
・・・誇らしいよ、17歳の隆文、俺はお前が誇らしい。
20年、イルムトで戦ってこれたのはお前がそうやって生きてきたからなんだな。
だから俺は戦えたんだな、決してあきらめずに戦えたんだ。
自分なんかいらない。そう思ってたのは死んでいたからだ・・・
・・・そう思ってた。違うんだな・・・
お前に支えられてきたんだ。馬鹿なお前に支えられてきたんだ。
俺は弱い。誰よりも弱い。だからお前に助けられていた。
お前は死んでなかった。俺よりもよっぽど強かった。
心が強かった。本当ならそんな目にあったのなら全員殺してもよかった。
でもお前は自死を選んだ。そうすることで守ったんだ。
自分の憎しみと悔しさと虚しさと暴走する心から大切な人を守ったんだ。
・・・お前はすごいよ、勇者と言われた俺よりすごい。
俺はお前に教えられてきただけだ。お前の生き方に倣ってただけだった。
笑える、何が勇者だ。何が英雄だ。
虐められて、馬鹿にされて、溢れる殺意と悔しさから大切な人を守ったお前のほうがよほど強い。
・・・俺は何にもなかった。お前が支えてくれていた。
お前が勇者だったんだな。お前が生き方を教えてくれていたんだ。
俺は勝手に自己判断をしていただけだ。それが正しいと思って行動していたんだ。
自己責任、自己決定、それが正しいと思っていた。
間違っているとは思わない。自分の選択には自分が責任を取るべきだ。
でももっと大事なこともあるんだな・・・お前はそれが解っていた。
感情だ。自分がどうしたいか、相手に何をしてあげられるか・・・
大切なのはそれだった。お前はそれが解りすぎていた。
お前は相手の、大切な人達を守る為に懸命に生きていた。
そして考えすぎた。頭が良すぎたんだ。
多分普通の人だったら耐えられないようなことにも頑張れるほど馬鹿で優しすぎたんだ。
そして自分にしまい込んでしまえるほどに愚かで深かった。
お前は強い、俺は弱い、俺がお前の為と思ってやってたことは逃げていただけなのかもしれない。
・・・ああ・・・お前は菜穂子を心配できるほど深い、広い。
俺なら無理だ・・・自己決定をした上でこの結果だったら自業自得と思って切り捨てていた。
でもお前は助けたいと思った。・・・俺とは違うんだな・・・
20年の歳月をかけてもお前・・・17年・・・10年も孤独に耐えていたお前にはかなわなかった。
肉体的には強くなった。でも心はお前の足元にも及ばない。
17歳の隆文、お前はもうやりたいことが解ってたんだな・・・
・・・どんな事になってもまた戻りたい・・・
お前は、俺は自分の事を最後に考えていた。
そこに俺が肉体的な強さを持ってしまった。
本当は、お前はそんな物いらなかったのに・・・
俺がお前にしてやれることを考えて勝手に行動した。
・・・17歳の隆文・・・俺はお前の心が解った。
ならばもうやることは決まった・・・ごめんな、俺は間違えていた。
お前を守ろうとしていた。違う、お前は守られる事なんて望んでいなかった。
お前は守ろうとしていたんだ。
大切な思い出を求めていただけなんだ。
自分が最後、それは大切な人が大事、そう思ってただけなんだな・・・
隆文は菜穂子から離れた。
菜穂子は隆文が離れて行ったことで絶望した。
「あああああああ・・・うううううああああ・・・」
菜穂子の涙は止まらなかった。
当たり前だ・・・それだけの事をしてきたのだ。
もう取り戻せない事をしてきたのだ。
隆文にどんな事をした?最初は庇った。でも隆文は笑っていた。
腹が立った。そしていつの間にかいじめる側に回っていた。
隆文という人間を徹底的に追い詰めた。
そんな自分が隆文に優しくされるわけがない。
解り切っていた事だった。・・・でも・・・それなら・・・
見捨ててほしかった。ゴミみたいに捨ててほしかった。
そうすれば菜穂子は死ねた。何にも希望を持てずに死ねた。
なのに抱きかかえて運んでくれた。優しい言葉もくれた。
残酷だった。菜穂子は光を与えられてさらなる絶望へと追いやられた。
死にたい・・・本当に死にたい・・・殺してください・・・
誰に願っているのか解らなかった。
でもここで隆文に拒絶されたらもう終わりだった。
虐めよりも何よりも隆文に見放されたら死んでしまいたかった。
最初に見放したのは菜穂子自身である。だから菜穂子に何かを言う権利はない。
それが菜穂子が一番解っていた。見捨てられて当然の事をしてきた。
今の自分の状況が全部自分がおこなってきた事の結果だと解っていた。
だから言い訳などできない。もう菜穂子の心は壊れかかっていた。
菜穂子は泣くことしかできなかった。
・・・コトリ・・・
菜穂子の傍に何かが置かれた。
・・・缶コーヒーだった・・・
そして熱い者が隣に座ってくれた。
肩が触れ合うほど傍に坐ってくれた。
菜穂子にそこまで近寄ってくれる人などいなかった。
雅人も他のみんなも菜穂子の心の奥まで寄り添ってくれる人などいなかったのだ。
でもコーヒーを置いてくれた人は菜穂子の横、傍に来てくれた。
菜穂子に寄り添ってくれたのだ。
菜穂子の心に接してくれた・・・
もはや泣きすぎてふさがりかけていた瞼から見えたのは優しく接してくれた幼馴染の姿だった。
「・・・少し長くなりそうだから買ってきた。・・・話してくれないか?お前が何を思っていたのか・・・俺は馬鹿だからな・・・お前の心も解ってやれなかった。・・・ごめんな・・・」
その人は優しい顔でそんな事を菜穂子に言った。
菜穂子の心の堤防は決壊した。
菜穂子はその人に抱き着いて泣き続けた。
何を言ったのかは覚えていなかった。ただ泣き続けて甘え続けた。
10年の歳月をかけて初めて本心が言えたような気がした・・・
書き手が本当に望んでいる勇者の姿を書きたいと思っています。苦言、誤字報告本当にありがたいです。ぜひご意見、ご感想をよろしくお願いします。




