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氷下

1980年頃、パイオニア10号は予測されていた軌道を大きく逸脱していることが判明する。

パイオニアアノマリーである。


ニアは、この頃に義体を作成し、それによって探査機の操縦を行っていた。

木星の探査を行い、データを地球に送信し、その後何度もやり取りを行い、それは海王星を超えるまで続いた。

その後、地球からの反応が消えて数万年経つ間に、彼女は一人何を思ったのか。


たった、一人で。


* * *


ブシュゥゥゥ!!


もうもうと、超高温高圧力の湯気をアースがくぐり抜けてくる。


「今度この湯気に色を付けてみようかな。ちょっとは楽しめる」

湯気で濡れた顔を拭い、アースは言った。


『まぁ!浄化効果が落ちるわ···』

ニアが、プンっ!と現れる。

『今回はどんな報告が聞けるかしら。さぁ、モニタールームへ、行くわよ』


「いや」

先を促すニアを制し、アースは手を上げた。


「調査が終了したわけじゃない。ちょっと掘削(くっさく)機を取りに来た」

アースはそう言い、倉庫へ続く方向へ歩き出す。


それについていきながら、ニアは聞いた。

『掘削?地中に、何かあるの?』


「う〜ん、土というより、氷かな。ここは一面分厚い氷に覆われた星だ」

装置を取り出し、その動作を確認しながら、アースが答えた。


ニアは、口に手を当てて黙った。

モニタールームから、ピコピコと音がする。


『外気温は−170度···。貴方の活動に支障はないわね。でも、氷の奥は何度になるか···』


「よし、っと。大丈夫だよニア。周りの状況を観測しながら潜るから。相変わらず心配性だなぁ」

アースは笑う。


ニアはプンプンしている。

『掘り積んだ氷に潰されないでちょうだいよっ!』


返事の代わりにアースは腕を軽く上げて、再び外へと出て行った。



ガリガリ···。掘削機の音が、灰色の世界に響く。

雲は重く垂れ込めて、どんな小さな生物も居らず、動きのない静かな世界だった。


普通であれば、「ハズレだった」と即座に飛び立つ所であるが、アースには気になる点があった。


見える気がするのだ。

透明とは言い難い、この厚い氷の下。

直線的な、物体···人工物が。


何時間経ったろうか。掘削の音が止む。

「やはり···。これは、橋、か?」


鋼鉄の陸橋。コンクリートのアスファルト。

ここは、遥か昔、高度な文明のあった星だったのだ。


「くそぅ、何年前に辿り着いていたら会えたんだ···」

アースは悔しがる。

氷が分厚く、広範囲に穴を広げることができない。もっと大きく掘り進めれば、文明の記録を掘り出すことも可能であろうが···。


アースは諦めて、今掘り出した場所を記録に取り、氷を登り始めた。


アースの足に取り付けられている車輪が、軽快に回っている。

アースは今、平らな氷の上を走っていた。


とはいえ、水の氷はその状態になる時に体積が増える。ここの氷の成分が何かはまだわからないが、体積が増えるのは同じなようで、所々隆起している部分があり、アースはそれに足をとられないよう注意する必要があった。


向かう先は大地部分。

氷から突き出た黒い塊が、アースの目に映る。


「何が、出るかな···」

陸地にたどり着くとアースは、車輪を引っ込め登り始めた。


辺りは岩石地帯だった。

強い風を物ともしない大きな岩の塊のみが、ゴロゴロとそこらに転がっている。


植物は、その痕跡すら見当たらない。

「さっき掘った場所を海抜とすると···」


アースは道具を使うわけでもなく計算する。

「ここは標高7000mを超す。森林限界か···」


森林限界

草木の生息できなくなる限界のライン。温度や風などで誤差はあれど、4000mを越して生息することはかなわない。ただ、過去の氷河時代において、大規模な森林限界の垂直移動・水平移動が生じたことが知られている。


「垂直移動で高度方向にラインが上がったとしても、ここまでの高さでは無理か···」


アースは諦めて、岩を細かく砕き、いくつか持ち帰ることにした。

「くそ〜、せっかくの文明だったっていうのに!」



ピン、ピピピ···ピッピッピッ


いつものモニタールームにて、アースは持ち帰った岩石を分析している。


顕微鏡を覗き込むアースの背中を、ニアは見つめていた。


「これもだ。ほとんどが鉄だな。中心に収束しマントル化したものが隆起し冷え固まった物。要はただの、岩だ」

ふぅ、とため息をつくアース。


『いつものことだわ。これだけの水を有する星でも、いずれはその歩みを止めるのね』


顕微鏡から顔を上げ、目の前の大きなモニターを見ながらアースは呟く。

「岩石がぶつかり合い、やがて重力を有し、さらに収束し熱を持つ。いつもの事だ。だが今回ばかりは、自分のタイミングの悪さを呪うね」


文明の痕跡を見た。しかもかなり高度な。それがアースを焦らす。

ニアは、アースが撮影した、氷の中の人工物を小さなモニターに表示する。


『まるで里ね。どのくらいまでの科学力があったのかしら。宇宙に飛び立つことはできたかしら?』


アースは口を手で覆い、じっと黙った。


ニアはお椀に手をかけ、少し腰を浮かす。

『アース?』


「そうか。宇宙に···。その可能性はあるな。氷河期といえど、数年で起こることじゃない···」


そう呟くと、アースはニアのいるお椀に近づく。

「すごいぞニア。きっと出会える!楽しみだな」


コツン!ニアのお椀に、アースがキスをする。


『ひゃあっ!もう、アースったら!』


連日投稿して参ります。


ーあとがき

アース

ニアに作られた人造人間、アンドロイド。パイオニア探査機の金属板(pioneer plaque)を参考に作られたアースだが、パイオニアが出立した地球に住む人類とは全く異なる外見をしていて、ほぼほぼロボットである。内面情報と外見情報が著しく異なる為、それに気づくたびに記憶にエラーが起こる。そしてそのたびにニアに初期化修正されるため、覚えていることと覚えていないことが混在する。


ニア

探査機パイオニア10号に搭載されたAI(人工知能)

長い年月の末感情を持ち、孤独に耐えかねてアンドロイド「アース(earth)」を作る。アースには、自身が人間だと思わせている為にたびたび記憶にエラーが起こり、そのたびに初期化修正して共に旅を続けている。


地球内で氷とは、通常水の氷を指すが、宇宙空間では他の物質もありうる。

水の場合、凍ると体積が1.1倍になる。すなわち少し大きくなるので、行き場を無くした、あとから凍った部分が隆起する。水のような反応をする物質は極めて珍しく、普通物質が個体化する場合は反対の反応を示すことが多い。

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