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初期化

Pioneer10 report

1972.3 出立

1973.12 木星到達

1983.6 海王星軌道横断

〜1997 観測ミッション継続

  パイオニア10号はアルデバランの方向へ

  進んでおり、67光年離れたそれに

  到達するのは170万年後と推測される。

2003.1 信号途絶

2006.3 信号送信を試みるも、反応無

2006.3.5 Pioneer10運用終了 破棄




* * *


『貴方···なぜここを···』


パイオニアの(Pioneer)金属板(plaque)のある部屋のドアが開く。


中に入ってきたのは、仄かに明かりを発するホログラフィックのニアと、


車輪をつけた3本の脚を器用に曲げ伸ばししながら進むひょろ長い機体だった。


顔に当たる部分に、目とおぼしき丸い大きなレンズが一つ。頭は角ばって、毛髪は見当たらない。


体はいくつもの細い管がのたうち回り、色鮮やかなランプが明滅している。


背中には透明な蓋の下にディスクが回っており、常に情報を記録しているようだ。


口らしき場所が光る。

『覚醒の時間は少ないが、ゼロというわけではない。ニア、知っているかい?人は悲しいとき、他者の温もりを欲し安心を得ようとする』


ニアはアースを見上げている。


ひょろ長い機体は、腕と思われるアームを伸ばし、かつてニアだった義体の頬に触れる。

『こうして、俺の体温で温めてあげたかった、ずっと。だから探していたんだ。やっと見つけた。大丈夫だよ。アルデバランで終わりじゃない。目的地は俺が示すから。ニアはずっと、大丈夫なんだ』


『······』


機体の顔部分がコテっと倒れる。

『おかしいな。なかなか温まらない。ニアを、温めてやりたかったのに』


『アース···』ニアは機体の肩に止まる。


『ここが、寒いからだわ。戻りましょう』


機体が顔を回しニアを見る。

そして、義体に触れている自分の手を見る。


『俺の、手は、いつからこんなに角ばっているんだ···?色も、こんなにクリームイエローだったか?いや、そもそも、光源のないこの部屋で、俺はどうやって物を見ている?』


『アース、駄目よ。いけないわ。部屋に早く、戻りましょう···!』


機体がガクガクと揺れ始めた。

『俺は、アース。パイオニア10号に搭乗し、地球を飛び立った。いつだ、何年前に、何万年前の話だ···俺は、何だ···っ』


『アースっ!』


ピン!とニアのホログラフィックが鋭く光り、プツン!と消えた。


『凍結 回線ヲ 解凍シマス。機体earth ノ 保護 ヲ 最優先。プログラム 初期化 開始。コールドスリープ 状態 ニテ データ ヲ 整理···』


ひょろ長い機体が指令を発しながら部屋を出て行った。




「あぁ、本当だ。アルデバランが赤く光っている」


アースは椅子に座り、満天の夜空を映し出すモニターを眺める。


「あのでっかいダイヤモンドを観測してから、何年が経ったのかな」


ピピ···。微かな電子音が鳴り、プンっ!とニアが現れる。


『もう97年と139日になるわ。だいぶ離れたわね』


アースは両手を組んで腕を前に伸す。

「通りで体がコチコチなわけだ!そんなに寝てたんだな」


ニアは肩をすくめてみせた。

『何もなかったんですもの。もう、宇宙の果てに来たのかと思うくらいだったわ』


「言いえて妙だ。宇宙に果てはない。我々の移動可能速度より早く膨張を続けているからだ。だが、果てという言葉を使う時、なぜかそこに宇宙がいるように思う」


『膨張しているということは、いつの日か収縮するということだわ···』


アースは低い声で呟き始めた。

「ほら···もうすでに、君の真後ろには···」


ばーん!アースは飛び上がる。が、ニアは頭を抱えた。

『AIに怪談話?笑えもしないわ···』


アースは腕を汲む。

「なぜだ?君は『人間』に作られた。設計、構成、組立、全て人の手によるものだ」


ニアは首を傾げる。

『そうよ、それが?』


アースは指を立てた。

「つまり、その当時の人間の性能から、大きく逸脱する事はかなわない。君の計り知れない現象は、この世に溢れている!」


ニアは口に手を当てた。

『そうかしら···。私に与えられた論理は全てその中で収束していて破綻がない。これにまだ未確定な要素があるということ···?』


アースは色めき立つ。

「かもしれない!それに、ないかもしれない!だからこそ、人は恐れを抱くのさ」


クス、とニアは笑う。

『私に「恐れ」を学習させてどうする気?夜中にトイレのドアまで付き添ってくれるの?』


「ドアまでと言わず中までお付き合いしましょう、お姫様」


ニアは顔を赤らめて首を振った。

『もう!お馬鹿なんだからっ』

そして、気を取り直すように大きなモニターに惑星を映し出す。


アースもモニターを見つめる。

「紫か···。今回はどうかな。たまには単細胞より分裂した先までを観測したいな」


ニアは姿を消し、ピピーピピピ···と計算を始める。

『そうね、でもどうかしら···。まだ植物が見られないかもしれないわ』


アースは椅子にどっかり体を預けた。

「またしても原始の海!そこからの推測も悪くないが。データを送って、果たして里の奴らに思い巡らすロマンがあるかどうか、だな」


『ロマン?』

クスリと笑ってニアが聞く。

「そうさ。与えられた情報だけで満足してたら先に進まない。この世は冒険の連続さっ」


やがて部屋がガタガタ揺れ始める。

『里の皆を冒険に送り出す為、まずは貴方の冒険譚ね!』


アースは大人しく椅子にしがみついていた。


連日投稿して参ります。


─用語解説

アース

ニアに作られた人造人間、アンドロイド。パイオニア探査機の金属板(pioneer plaque)を参考に作られたアースだが、パイオニアが出立した地球に住む人類とは全く異なる外見をしていて、ほぼほぼロボットである。内面情報と外見情報が著しく異なる為、それに気づくたびに記憶にエラーが起こる。そしてそのたびにニアに初期化修正されるため、覚えていることと覚えていないことが混在する。


ニア

探査機パイオニア10号に搭載されたAI(人工知能)

長い年月の末感情を持ち、孤独に耐えかねてアンドロイド「アース(earth)」を作る。アースには、自身が人間だと思わせている為にたびたび記憶にエラーが起こり、そのたびに初期化修正して共に旅を続けている。


パイオニア探査機の金属板(pioneer plaque)

カール·セーガン博士による、外宇宙にいる生命体に対して人類の事を説明した金属板。この後打ち上げられたボイジャーには、音声による説明が流れるレコーダーも搭載された。

金属板は腐食を避けるため探査機が発する電磁波や、宇宙塵の影響の最も少ない場所に厳重に保管されている。

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