着陸
ここにはあまり、訪れない。
余計な宇宙塵や電磁波で腐食させない為、というのが建前だ。
だけど···。
真っ黒な板を前にため息をつく。
どんな叡智を集約したとしても、遥かなる時の流れに逆らうことは叶わない。
* * *
『アースっ、起きて、さぁ早くっ』
とびきりの笑顔でプン!と現れたニアを、寝起きの、とびきりの低いテンションで迎え撃つアース。
「あぁ、ニア、悪いけど5分待って···」
ニアは両手の拳を体の前で揺すって、ぴょんぴょん跳ねている。
『これで目が覚めるわっ』
ニアは、再び閉じていくアースの瞼にアームを近付けると
シュ!
と、エアーを吹いた。
「っぶ!わかったよニア」
頭を振って、アースはベッドから足を下ろす。
ニアはすでにそこにいない。きっとモニタールームに先回りしているのだろう。
「ヤレヤレ」
アースがモニタールームに入ると、大きな画面いっぱいに青く光る天体が浮かんでいた。
アースは、瞬きすら忘れ、その宝石のように淡く輝く星を見つめた。
『綺麗でしょう?こんなに完全なオゾンの層はなかなか無いわ。恒星の経過年数も、計算では約50億年。もしかすると、もしかするかも!』
アースはモニターに近づき、いくつかボタン操作をしてデータを呼び出した。
「こりゃすごい。今回ばかりはニアの勘も当たるかな?50億年でこれだけの環境があれば···」
ニアは、アースの肩あたりに現れ、そこに乗っかっているかのようにして映像を見る。
『遂に出逢えるかもしれないわ。別天体の、知的生命体に···』
激しい揺れが、部屋全体を襲う。
『重力加速度が大きいわ。1.16gある。いつもより揺れが激しいわね』
ピコピコと数値を記録させつつ、声だけでニアは説明する。
アースは口を開けられない。
目だけは大きく開いて、現状をなるべく正確に記録しようとくるくる回る。
『大気圏突入するわ。本番の衝撃にご用心』
まったく、軽く言ってくれる···。
アースはさすがに目を瞑り、体を襲う激しいGと、耳をつんざく轟音に、ただ耐えるしかなかった。
ピピピ···ピピピ···。
気付くと振動は止み、あたりは静かになっていた。
アースは安全ベルトを外すと立ち上がる。
「無事に着いて良かった。今回は少し心配したよ」
無言のまま、ニアはアームを伸ばしメットをアースに渡した。
ピピ、ピーピピ···
小さなモニターに次々表示されるアルファベットと数字の羅列を、アースは目で追う。
「鉄···随分多いな···」
『アース、これは』
残念そうなニアの声だけがスピーカーから響く。
それを制するようにアースはメットをかぶり立ち上がった。
『待って、行くの?ボンベが必要よ。この大気の酸素濃度で、貴方の生命維持はできないわ』
アースはボンベを背負うとドアに向かい歩きながら呟いた。
「強固なオゾンの層。空中には少ないO2。酸化されず残るFe···。おもしろい、これで生息するとなると···」
ぶつぶつ···。呟くアースの背を、お椀に出現したニアがため息をつきながら見送った。
すごいな···。ここは嫌気性生物の楽園か。
アースは辺りを見渡しながら歩を進めていく。
O2の少なさによるのだろう。
いろいろな物質反応・燃焼作用を起こしやすいO2は、生命の化学進化に害になる。
「大気中のわずかな酸素が、すべて結合しオゾンを形成。残った二酸化炭素は、鉄を腐食させることなく存在し」
アースは傍にある植物の葉をピリ、と千切る。
「それをそのまま取り込む···。鉄でできた葉···おもしろいな」
アースはサンプルを採取しつつ、やはりメモも取らずに進んで行く。
ふ、と、アースは動きを止めた。
何か···、聞こえる。これは、足音だ。
アースの目が輝く。動物だ···!
アースは注意深く辺りを見回した。
離れた場所に動いている物がいくつか見える。
アースはその動きをしばらく見、その動線の先に回りしゃがみこむと、ぴったり動かなくなった。
未知の存在に会ったとき、最も警戒するのは相手が近づいてきた時である。
次に、相手が先に音を発した時。
不思議な物を見つけさせ、自ら近付きそれに触れるようにし、音を発させる。
これが一番相手に近付く手っ取り早い方法である。
アースはおとなしく、相手が自分を見つけるのを待った。
❛◇▲▲□▷○◇◆❜
❛○○◇▷□◆❜
アースの背中の方からシュィィィンと、ディスクの回る音が聞こえてくる。アース自身はそれに気づかず、ただ注意して相手の会話を聞いている。
言葉を発している。知的生命体ということだ。
アースの心は踊った。
相手は二人。どちらも固くオレンジがかった鱗に覆われ、その口は大きく横に広がり爬虫類を思わす見た目をしていた。
❛コンニ、チワ❜
アースが口を開く。
❛喋った!❜
爬虫類の一人が、飛び上がるように驚く。
❛ロロ、あまり近くに行かないで。危ない❜
もう一人が前に出ている者の肩を引く。
❛危ない、ない。大丈夫。どこ、行く?❜
アースは相手の言葉を解析し、意味の通じる言葉で話しかけ始めた。
解析内容はすべて、資料として端から保存していく。
二人は村へ帰る途中だと言う。アースは一緒に連れて行ってもらう算段をつけた。
これはいい。生態系、文明の有無。色々わかるぞ。二人連れ立っていたということは、社会性があるということか。
二人は、後ろをカタカタと付いてくる、見たことのない形の物体を、怖々と振り返り様子を見ながら村へと歩いた。
連日投稿して参ります。
ー用語解説
アース:宇宙を旅する技術者。恒星間をコールドスリープ状態で過ごし、星に降り立ち調査を行う。調査は大好き、報告は苦手。
ニア:探査機に搭載されたAI。2〜30cm程の大きさの、少女のようなホログラフィックで現れる。アースとは、万が一の有事の際には遠隔操作できる回線がつながっているが、普段は凍結させている。
嫌気性生物:酸素を必要としない生物。地球に生命が誕生したときの生物は、嫌気性生物であった。現在でも、溶岩の中や深海など、一部生息している物もあるという。