溶解
長い年月が経った。
年月?
一年の単位が何になるというのだろうか。
月が変わり季節が移ろうとでも?
それでも他に表現のしようがない。
長い、長い、年月が過ぎていった。
* * *
「黄色いな」
アースが何やら操作し、黄色く丸い惑星が大きなモニターに映し出された。
ニアもその画像を見ながら口に手を当てる仕草をした。
『貴方を起こすこともなかったかもしれないわ。恒星の表面温度が7000度に満たずに安定していたから、もしかしらたら、と思ったのだけれど』
アースはニアに手を伸ばす。
「俺はいつでもニアに会いたいと思っているよ」
ニアはその指をはたいた。
「アテっ」
『これでは気体、もしかするとマントルだらけかもしれないわ。着陸は難しそうね』
モニターを消そうとするニア。それをアースは制した。
「地表のできる前の天体、か。ちょっと興味あるな」
ニアは、信じられないとばかりに目を見開く。
『まさか、近付こうと言うの?嫌よ、マントルが跳ね飛んで躰に付着したりしたら···』
アースはボタンを押してモニターを操作している。
「君の躰は素晴らしい。マントルごときで痛みはしないだろ?」
ニアは頬を膨らます。
『そういう問題じゃないわ。冷えて固まるとくっつくの。取れなくて汚くなってしまう···』
眉を寄せるニアを見て、アースは微笑む。
「なんだ、そんなの。次に着陸した時に俺が落とすよ」
『いやよ』
ぷるぷると首を振るニア。
「ちゃんと隅々まで丁寧にやるから」
ニアは両手を前に出して慌てて振った。
『い、いいわ。遠慮する』
アースはニアを覗き込む。
「優しくやるよ?大丈夫」
ニアは顔を真っ赤にしている。
『尚駄目よっ』
あはは、とアースは笑った。
「ニアは可愛いなぁ」
マントルが跳ね飛ぶ心配のない遠い離れた場所から、二人はその黄色い星を観測した。
「表面温度は5300度。溶けた岩が中心に向かって収束しているようだな。流れが激しい。お陰で周りの気体もそこに留まっているようだが、う〜ん」
アースは観測鏡から目を離す。
「水分がほとんど見受けられないな。これでは生物の誕生は望めない」
ピン、ピ、ピコ···。アースの観測結果をデータ化しまとめながらもニアは寛いた様子でお椀に座っている。
『かつて、里もそうだったと聞いたわ。元々は水分などほとんど存在していなかったって』
アースはカタカタとボタンを操作する。
「それがなぜ、あそこまで雄大な海を有するまでになったのか。それこそ、宇宙の神秘だ」
ニアは、遠くを見つめるかのように空に視線を泳がせる。
『ここまでの文明を有するまでに至る奇跡を、他に辿れた人がいるかしら』
ふっ、とアースは笑う。
「いてくれないと困る。じゃなきゃニアを風呂にも入れられない」
ニアは両手を上げた。
『今度のコールドスリープで、貴方を真っ裸にしてやるわ、えぇ、絶対してやるんだから!』
アースはニアの傍に寄る。
「それは困る。それでは文字通り風邪を引くだ。どうしようか」
ツーン、とそっぽを向くニア。
アースはコクリと頷くと言った。
「キスをしよう。女性は甘いお菓子と優しいキスに弱い。どこにして欲しい?」
あわわ、と、慌てたニアが咄嗟にプツン、と消えて見えなくなった。
アースは、たった今までニアがいたお椀の縁に、コツ、とキスをする。
「どう?ニア。機嫌は直った?」
にっこり笑うアース。
ニアは観念して言った。
『貴方には負けるわ。でも触るのは見えてる所だけよ···』
そうして顔をちょこっとだけ出すように表示した。
連日投稿して参ります。
ー用語解説
アース:宇宙を旅する技術者。恒星間をコールドスリープ状態で過ごし、星に降り立ち調査を行う。調査は大好き、報告は苦手。
ニア:探査機に搭載されたAI。2〜30cm程の大きさの、少女のようなホログラフィックで現れる。アースとは、万が一の有事の際には遠隔操作できる回線がつながっているが、普段は凍結させている。
里:探査機が作られ、出発した惑星『地球』