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起動

 ピッピッピー プシュウ······


目を開ける。いつもの無機質で金属質な壁。


『気分はどう?アース』


スピーカーから声がした。


「んん、おはよう。ニア。気分はまぁまぁ、かな」

アースはそう答え、体を起こした。

目の前を覆う透明なカバーが、ゆっくりと開いていきアースは伸びをした。


「ちょっと体が硬いや。今回はどのくらい?」


『そうね···53年と40日と22時間になるわね』


プンっ!と音がしてアースの目の前に半透明の小さな少女が現れた。その体は端から端まで合わせてもアースの顔くらいしかなく、羽もないのに浮かんでいる。


アースはそれを見ると微笑む。

「ニアは変わらず可愛いね。じゃあ久しぶりなわけだ」


透明な少女に手を伸ばす。

ふにふに、と、触れないのに頬のあたりで指を動かす。


ニアは頬を膨らました。

『んもう、AIをからかわないで!モニタールームへいらっしゃいな』


アースは、へ〜い、と返事をすると、コールドスリープベッドから足を投げ出し、立ち上がる。


部屋に窓はない。

コツコツと歩いていき、アースはドアに近づいた。すぐにプシュっとドアが開く。きっとニアが開けてくれたのだろう。


廊下にも窓はなく、外は見えない。

至るところにランプが並び、様々な色で光ったり点滅したり沈黙したりを繰り返していた。


アースは音のないうるさい廊下を抜け、突き当りまで歩く。

再びいいタイミングでドアが開く。


目の前には、大きな恒星が光り輝いていた。

「へぇ、随分大きいね。何度?」


よく見ればそれは、正面に取り付けられた大きなモニターに映し出された映像で、他に小さなモニターがあと3個あり、それぞれ青と緑とオレンジに光る丸い玉を映し出している。


その下にはいくつものボタンが並び、少し端にまーるい浅めのお椀のような凹みがあり、そこにプン!と、再びニアが現れた。


『恒星の表面温度は約6000度。この惑星の色を見て?どっちもイケそうな気がするの』


アースは考え込むように口に手を当てた。

「オレンジはどうかな。気体だろこれ。青はいいね。ここに行ってみたいな」


『まぁ。私のお薦めは緑だけど?』


アースは片眉を上げて端にいるニアを突く素振りをする。

「ニアの勘は、アテにならない」


ニアは小さなほっぺをまぁるく膨らます。

『私、AIなんですけどっ』


ははは、とアースは笑って言った。

「まぁまぁ。技術者の俺に任せなってばさ」



1972年、地球を飛び立ったパイオニア10号は、予定されていた木星の探査を終え、そのまま太陽外系へ向けて進んでいった。


アンテナの支柱の、宇宙塵から守られた場所には(Pioneer)属板( plaque)が取り付けられ、遠く離れたその先に、人類からのメッセージを映す。



ピ、ピピピ、ピーピピ···

ニアがなにやら必死に計算をしている。


アースはまったりと椅子に座り、大きな画面に映し出した青い惑星を眺めていた。


ニアに起こされて一ヶ月。もう3日もすれば、あの星に降り立つことができるだろう。

アースは久しぶりの重力にわくわくしていた。


『う〜ん、知的生命体はちょっと怪しいわ。生命はいると思うけど。植物があるから空気の存在は大丈夫そうね』


アースはお椀を見る。

計算に忙しいのか、そこにニアの姿はない。

「土があるな。いいね。情報取り放題だ」


ニアは、声だけで嫌そうな雰囲気を伝える芸当をこなした。

『土ですって?あんなもの···。要は生き物の死骸の塊じゃない。汚染させられるわ、もう持って帰ってこないでちょうだいよ?』


アースは組んでいた腕をぱっと離す。

「おいおい、俺らに必要なもの、その一番は何だ?···情報だっ!この星のなにがどうなってるのか。調べて里に送る、手っ取り早いのは生物の体そのもの。しかも一気に大量に、だぞ?」


『一気に大量に、だから処理がおっつかなくて病原菌が発生したのでしょ。貴方また体全身が緑色になりたいの?』


むぅ、とアースは腕を組む。

「少し···で、滅菌処理した上に、密閉装置に入れ、よう···」


これはアースの最大限の譲歩だ。ニアにはすぐにわかる。

くすくす笑うと、ニアは幼子をあやすように言う。

『まぁなんて聞き分けのいい子。それならきっと、たくさんの情報を里に送れるわ。楽しみね』


アースはツン、と唇をとがらせ立ち上がる。

滅菌装置と密閉の容器を準備しておかなければ。

あっちについてから壊れてました、では遅い。


アースが倉庫から容器を引っ張り出し、ニアの計算もすべて終わり、お椀の中であくびをしている頃。


『いけるわよ。準備はいい?』

ニアはのんびりとそう聞いた。


アースはいつものようにまったりと椅子に座り、もう端から端まで見えないほどに大きく映し出された青い星を、大きなモニターで見ながら頷いた。

「いつでも」


やがて部屋中がガタガタと揺れ始め、椅子にくくりつけられたアースの体までもが大きくしなり始める。

「ん、くくく···」

口は開けられない。今喋れば、あっという間に舌を噛み切り大惨事だ。

そんなことになれば、ニアは即座に体を反転させ、再び宇宙空間に戻ってしまうだろう。

そうなれば50···何年か振りの遠足は中止になってしまう。


『さぁ、青い星の重力に捕まった。大気圏突入するわよ』


ゴォォォ!とものすごい轟音の中で、ニアの声だけが涼やかに伸びやかに聞こえてきた。


連日投稿して参ります。


ー用語解説

アース:宇宙を旅する技術者。恒星間をコールドスリープ状態で過ごし、星に降り立ち調査を行う。


ニア:パイオニア10号に搭載されたAI(人工知能)。2〜30cm程の大きさの、少女のようなホログラフィックで現れる。


恒星:自らエネルギーを発する星のこと。太陽。


惑星:ある恒星を中心として公転する星のこと。恒星の温度、恒星からの距離、構成される物質により様々な形態をとる。ニアとアースの調査対象は生物。

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