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平成30年3月、伊勢丹松戸店が閉店した。


ここ数年、かつて小売業界の頂点に君臨していた大手百貨店の閉店が日本全国で相次ぎ、その度にまたかやっぱりかとなかば飽きられつつも、国内経済の停滞と消費形態の変化を象徴する出来事としてメディアを賑わせている。

そして今回、東京近郊の中都市を舞台に、いよいよ力尽きたこの商業施設の撤退劇が静かに伝えられることとなった。


その2カ月ほど前。

新春を迎えてしばらく経ち、すっかり平常の生活に戻った1月某日。出不精であり、さらには年中行事なぞてんで関心のない私は、ようやく重い腰を上げ、一応は済ませておこうとまるで面倒な事務手続きを片づけるような気分で初詣に出かけた。過去には2月だったり3月だったり、さらには桜散りセミが鳴き木々が紅く染まる頃になってようやくその年初めて神域に足を踏み入れるようなことも珍しくない私のことだ、1月中に初詣とは随分と大人になったものだと思う。

松戸神社は江戸川沿いの住宅街にぽつりと佇む。さして広くもなく、有名な建築や宝物など、別段何があるというわけでもない。

そんなレア度低そうな我が地元の神社は、はたして日本全国津々浦々に名が知れる有名な神社仏閣に比して後利益はありやなしや、そんなことに拘りのない私はここで十分と形ばかりにお賽銭を投げ記念品感覚でおみくじを引くと、これで義務は果たしたぞとウルトラマンが地球に滞在するより短い時間で、そそくさと神域を後にした。


せっかくだからと、少し足を伸ばして松戸駅の方へ向かうことにした。


しばらく歩くと、冬の冷たい空気を裂いて、遠くから安っぽい電子音と少女の下手な歌声が聴こえてくる。音の方へ近づいてみると、そこは伊勢丹松戸店、その敷地でフリフリの衣装を着た少女が歌い踊っていた。小さなな即席ステージの隣には楽屋代りと思われるテントとワゴン車。ステージ前に並べられたパイプ椅子に座る人、その後ろでちょっとした興味で足を止める人、出演者の熱心なファンらしい人、それら全部を多く見積もっても30人といった寂しいものだった。


車止めの柵にA5くらいの派手なフライヤーと、もう一枚白い紙が貼られそこには無料アイドルライブと書いてある。

ハイソで鳴らした伊勢丹も末期ともなれば売れないアイドルなんぞに縋るのかと、私は思わず苦笑した。


アイドル文化にさしたる興味のない私は、呆れながらも迷うことなく観客の一人に加わる。

なぜなら、私は彼女たちを救いたかったし、それによって私も誰かに救われたかったのだ。


そこで私が見たのは、はアイドルアニメにお約束のとあるシーンそのものであった。

そのシーンはだいたい序盤に出てくる。ヒロインがまだ駆け出しで、なんだったらアイドルとして初めての活動だったりもする。

寂れた遊園地か小さなデパートの屋上、居眠りをする老人や追いかけっこに夢中の子供たち、井戸端会議で盛り上がる母親、ほとんど誰も聴いていないなかに一人二人の熱心なファンが居ればまだ良い方。そんな状況で歌うヒロイン。


アニメで観たその光景が、今、目の前にある。

であれば、ここで繰り広げられている物語の登場人物の一人に私はなろうと咄嗟に思ったのだ。


しょっぱい仕事でも全力で頑張っていたヒロインが、ようやく少し大きな会場で歌うようになっとき、握手会で一人のファンが現れてこう告げる。


「遊園地のライブで頑張って歌っているのを見てファンになりました」


あぁ無駄なことなんて何にもなんだ。頑張っていれば必ず誰かが見てくれているんだ。これからも貰った仕事はどんな時も精一杯のことをやろう。

決意を新たにして、ヒロインはアイドル活動に邁進する。


そのファンに、私がなろう。

そうすれば、私が生きるこの世界はアニメの世界になると、一瞬だけ本気で思ったのだ。


と同時に、私自身も自分の努力に報いを運んで来てくれるファンを欲していた。

近いうちに小説を書いてウェブサイトに投稿しようと考えていたからだ。

タイトルはすでに決まっていた。「小暮 so sweet」。少しひねってはいるが、要するに欧米のロックバンドが特にデビュー作でよくやるセルフタイトルというやつだ。

アニメの世界なら私にも、これから自分が目の前のアイドルにそうするように、私の小説を肯定してくれる人物が現れると考えた。そのような世界にしたいし、そのような世界であるべきだと、根拠のない信念と願望を抱いていたのだ。


こうして私は、今から観るアイドルのなかから一組だけ選んで後日ライブに足を運ぼうと決意した。


ところがだ、元来、気まぐれである私はものの10分も待たずに早くも先ほどの決意が揺らいでいた。

いかんせん彼女たちは観客もろくにいない無料ライブに出演するようなアイドルである。レベルは推して知るべし。心揺さぶられるものが何一つ感じられなかった。


二組ほど観たところで、私は先ほど頭のなかを駆け巡ったあれこれなど、単なる冗談だとすっきり片づけてしまった。妄想の微睡から目を覚まして、気持ちは一足先に帰路についていたのだ。


しかし簡単には脱出できない。

ステージ上から数えられるくらいの客数、私が離れるのは演者の目に映るだろう。そして、ただでさえ少ない観客から一人でも減れば、やはり気落ちするだろう。そんな気の毒なことはできなかった。

離脱するのは出演者が切替わる瞬間しかないと、私は居合切りに臨む剣士のごとき集中力でタイミングを計っていた。

だが、彼女たちも伊達に弱肉強食の戦国時代を生き抜いてはいない。一枚も二枚も上手である。

厳しいタイムスケジュールから与えられた僅かな持ち時間、一瞬たりとも無駄にできないということか二組目のMCが終わり舞台袖に捌けたと思ったら、反対側から出てきた一人の少女がもうステージの中央に立っているではないか。


撤退のタイミングを逸した。

私は観念して、仕方なくもう一組だけ付き合うことにした。


正確な時間は覚えていないが、それは17時を過ぎたころだったと記憶している。日の短い1月なので、すでに夕闇が街を包み込んでいる。一人ステージに立つ少女は最初の曲のタイトルを告げた。「太陽」。

日が落ちるちょうどその時間帯に太陽という曲を歌うとは何の皮肉だろうか。


お情けで残ったものの私はすでに飽きていた。

そろそろ足も疲れてきたし、早く終わらないかと極めて失礼なことを思いながら、きょろきょろと周りを見回したりもしていた。

場所が場所だけに通りかかるのは中年以上が多い。ある人は好奇の目でステージを一瞥してそのまま去って行く。ある人は何事も起こっていないというように目もくれず素通りしていく。これが彼女たちの見てる景色か。めげずに歌い続ける精神力に少し感心した。


最初の曲が終わるとそれで終わりとなるはずもなく、もちろん二曲目が続く。曲名は覚えていない。


惰性に任せてステージを眺める。するとどうだ、私は自分がだんだんと彼女のパフォーマンスに惹かれていくことに気付いた。

なぜだろう。たしかに、歌も踊りもそれまでの出演者より一段優れている。歌に関しては、リズム感に優れるためトラックに頼らずボーカルで客を乗せることができるし、ダンスの方は、それまでの出演者がいかにも素人という稚拙なものだったのに比べて、少なくとも素人に毛が生えたと言えるくらいには洗練されている。だが、私の彼女に対する感情は、単なる関心や好感ではない。では何かと、考えながらしばらく見入っているうち、それは畏怖と呼ぶべき性質のものだと理解した。

理解はしたが、依然としてその正体は掴めない。


彼女のステージが始まってから時間にして10分ほど。わずかな時の経過が街を夕刻から夜へと変える。気が付けば辺りには冬特有の純度の高い暗闇が満ちていた。


三曲目だったか四曲目だったか。ともかく、ステージ上の彼女は次の曲が最後だと告げた。タイトルは「JUMP」。

彼女にがっしりと心臓を掴まれた私は、曲が始まった瞬間に直観した、今ここで尋常ならざる何かが起こっているという感覚に突き動かされて、混乱しながら再び辺りを見回した。


紙やビニールの袋を下げて行きかう人々。さして興味なさそうにステージを見る観客。周囲の人間は先程までとなんら変わったところがない。私がよく知る地元のいつもと同じ時間が流れている。

それならばと振り返った私の真後ろには、これまた見慣れた伊勢丹松戸店が、地上10階の堂々たる威容を相も変わらず誇っていた。

しかし悲しいかな。私はその時になって初めて、自分が生まれてから毎日のように見てきた伊勢丹松戸店の建築から、すっかりと生気が抜け落ちていることに気付いた。

周囲はすっかり暗くなっているのに未だ夜営業用のライトアップが灯っていないため、廃墟めいた鈍い不気味さでどす黒い冬の曇り空に溶け込んでしまっているのだ。

今にも崩れ落ち、その破片がバラバラと覆い被さってきそうな恐怖を感じて、私は再びステージに目を戻した。


あれほど見栄えのしなかった粗末な即席ステージに、青と白の電飾がこれでもかと輝いている。それは死相を浮かべたような伊勢丹松戸店とはあまりに対照的で、電飾に照らされる彼女は、信じられないほど煌めいていた。


そして、ようやく、理解した。


彼女のパフォーマンスは終わりゆく伊勢丹松戸店への鎮魂歌なのだ。

百貨店に象徴される近現代へのレクイエムなのだ。

それは年老いた古い時代に対する死の宣告であり、これからは若い自分たちが築く新たなる時代だと叫んでいた。


真冬にもかかわらず薄く袖のないステージ衣装を纏う姿は、無理にやせ我慢をしているよな頼りなげな印象を抱いていたが、それが今では、夜になり一層鋭さを増す寒さに動じぬ凛とした態度と映る。手足はいかにも華奢でたおやかだが、激しく躍動して空気を切り裂く。

青い衣装と白い柔肌が電飾の色味と完全にマッチしていて、その日、そのステージは、彼女だけのために用意されたものと思えた。

失礼を承知で言えば、決して彼女のパフォーマンスに凄みがあったわけではない。どこにでもいるアイドルのライブ、その域を出ない。

にもかかわらず彼女は、伊勢丹が100年来の資本と人材で築き上げた伝統と格式に対峙して、たった一人、いとも容易く凌駕していた。たいしたことないダンスの振付一つ一つががどんな所作より美しく、その美しさにくらべれば伊勢丹の美意識など、もはや虚栄を張るしかできない色褪せた代物に感じられてしまうのだ。

再び振り返ると、あれほど巨大に見えた伊勢丹松戸店の建物は夜空に深く沈みこみ、小柄な女性アイドルの歌声に圧倒され、萎縮しきっていた。


彼女は時代に選ばれ、伊勢丹は捨てられたのだ。

時代という化物は、ただの少女をあそこまで偉大なものにする。

その事実に私は恐れ慄いた。


曲が終わり、私は今度こそタイミングを逃すまいと足早に逃走を試みた。

たった一歩踏み出しただけ、それだけで、ようやく肌を刺す寒さを思い出したかのように意識が急速にクールダウンしていく。集会は終わり、いつも通りの日常世界に戻ったのだ。

それでも私は、最初の決意を撤回するのは撤回することにした。何時になるかは分からないがきっと一度は彼女のライブに行ってみよう。そう考えて、伊勢丹の敷地を出る際に、ステージで何度か発していたものの聞き流してしまった彼女の名前を車止めの柵に貼ってあるフライヤーでチェックした。


「葉月あすか」


そうか。

太陽が沈み、月が昇ったのだ。


ビルの隙間、厚い雲の向こうに白い月が見え隠れしていた。

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